第一話 差し込んだ光 ②


 なんだろう。その紙を取り出して広げてみると、宿泊研修の予定が書かれたプリントだということが分かった。


 十一月十五日(木曜日) 隣町の宿泊施設にて、一泊二日の宿泊研修を実施。


 そっか、机の中に入れっぱなしだったんだ。


 お母さんは「悠理ゆうりが行きたいなら、行ってもいいからね」と言ってくれていた。この宿泊研修で友達ができればと思っていたが、研修中に体調を崩した場合、クラスメイトに面倒をかけてしまうことになる。


「宿泊研修かぁ・・・・・・」


「行くのやっぱ難しいの?」


 独り言に返事がもらえるとは思っていなかったため驚いた。


 私に話かけているんだよね? と疑いながら、顔を上げて声の主を探す。数人の小さなグループの中にいる綾芽君と視線がぶつかった。


「あ、えっと」と詰まらせながらも、なんとか言葉を紡いでいく。


「難しい、かな。もし研修中に体調悪くなったら、班の人たちに迷惑かけちゃいますから」


「迷惑じゃなければ、行けるってこと?」


「えっと、そういうわけじゃ・・・・・・いや、そうなのかな。私、仲の良い人とかいないから、私がいることで、水を刺してしまうような気がするんです」


 綾芽君は「うーん」と顎に手を当てて考える素振りを見せる。


「俺、まだ仲良くなれてない?」


「あ、どうなんだろ。まだ、少し緊張します」


「あはは、そっかぁ」


 傘を忘れたあの雨の日から、綾芽君は良く話しかけてくれるようになった。私が登校をした日は必ず挨拶をしてくれて、休み時間だって話かけてくれた。


 これだけ話せば、緊張も解けて普通に会話ができるようになるのだろうが、異性だからと意識しているのか、いつまでも肩の力は抜けてくれず、それが申し訳なかった。


「じゃあ、仲良くなれそうな人、見つけないとね」


「私と仲良くなってくれる、気前の良い人はいますでしょうか」


「何それ。でもまぁ、このクラス悪い人いないから大丈夫だと思うよ。それとさ、体調悪いときは遠慮せず、周りに助けてもらっていいと思う」


「遠慮せず・・・・・・」


「そうそう。んで、助けてもらったら、次はその人のことを助けてあげればいいんじゃないかな。人にやってあげたことより、やってもらったことのほうが案外覚えてるもんでしょ。俺だったら嬉しくて、もしも助けたことが面倒だったなって思うことがあったとしても、そんな気持ち吹っ飛んじゃうと思うな」


 彼は、あどけない笑顔を浮かべて「違うかな?」と首を傾げる。


 そうやって優しい答えを出せるのは、綾芽君だからなんだろうな。


 我ながら単純だと思うけれど、彼の言葉が素直に心の中に染み込んでいく。


「助けてあげる・・・・・・私にもできることあるのかな」


「あるある。もし難しかったら、俺に相談してよ。一緒にお返しを考えてみるからさ。だから、今から迷惑かけるとか考えて、やりたいことに制限かけなくていいじゃん。迷惑は誰だってかけながら生きてるだろうし、大事なのはその後のことなんじゃないかな」


 私と同い年のはずなのに、綾芽君は私なんかよりもずっと大人なんだ。優しいその笑顔を見ていると、うじうじ悩んでることがちっぽけだと思えるくらい、心強くて、安心する。


「そうだ。竜森たつもりが班の調整してるから、早めに声かけとこうよ」


「え、今からですか」


 まだ行くと決めた訳ではなかった。けれど、悪戯っぽく笑って「行かないの?」と言った彼の目の奥が少しだけ寂しそうで、思わず「行きます」と返事をしていた。

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