第一話 差し込んだ光 ①
日中暖かい日が続く中で、朝と夜に冬の気配が漂い始めた時節のこと。
通学途中の電車で貧血を起こした私は、朝から保健室のベッドを借りて眠っていた。
貧血で具合を悪くするのは初めてではない。普段から疲れやすく風邪も引きやすい私は、いわゆる虚弱体質なんだと思う。
何時間、保健室で眠ってしまっていただろう。治り切っていない頭痛を我慢して体を起こし、壁掛け時計に目をやると、針は十二時五十分を指している。午前中一杯寝てしまっていたようで、もう昼休みだ。
「もう少し寝ていてもいいのよ。勉強なんかよりも、自分の体のほうが大事なんだから」
ベッドの軋む音に気付いて様子を見に来てくれたのか、養護教諭の佐伯先生がカーテンの間から顔を出して言った。
「えっと、もう大丈夫です。たびたびお世話になってしまって、すみません」
「気にしないで。生徒の不調不良のために保健室があるんだからね。高梨さんは貧血になりやすいのかな。また気分悪くなるかもしれないから、そのときは休みにおいでね」
「はい。ありがとうございます」
ベッドから体を下ろして、畳んで置いておいた制服の上着を羽織る。
授業中に戻るのは目立つだろうから、今のうちに教室へ戻っておいたほうがいいかもしれない。
私は佐伯先生に会釈をすると、そそくさと保健室を後にした。
私のクラスは、普通科教棟の三階にある一年A組だ。階段を登るだけで息が上がるが、一年のうちは仕方がない。学年が進むにつれて階が下がっていくため、来年再来年はうんと楽になる予定だ。
教室へと続く廊下の窓際には、鉢植えに植えられた花が飾られている。私は教室へ入る前に、花殻の処分と水やりをすることにした。
日課になりつつあるこの作業は、私の心に安らぎをもたらしてくれる気がする。
特別誰かにお願いされたとかじゃないけれど、ただ単純に、花が綺麗でいてくれることが気持ちが良かった。逆に、花が萎れていくのを見ると、悲しくなった。
廊下の片隅で佇む花を、自分に投影しているのかもしれない。学校を休みがちな分、些細なことでもみんなの役に立ちたいという気持ちがあった。
作業を終えて教室に入る前に、一つ大きく深呼吸をする。急な発熱で休んでいたため、三日振りの登校だった。
静かに扉を開け、そろりそろりと教室に入る。
「そーだ、高梨さんはどうする? 誰かと喋ってるとこ見たことない気がするけど、あの人誰と仲良いんだったっけ」
私の名前が耳に届き、肩に力が入った。
「うーん・・・・・・あの人、来るのかなぁ? 体弱いみたいだしー、無理して来なくてもいいんじゃない? って思っちゃう」
「宿泊研修はやっぱ厳しいかな。学校も毎日来てるわけじゃないし、宿泊となると親も心配するよね」
意識して聞き耳を立てているわけではなかったが、一度気になるとどうしても耳に入ってくる。彼女たちは、来月予定している宿泊研修の話をしているようだ。
ごめんなさい、仲の良い友達は一人もいないんです。
休みがちな日が続くと、消極的な性格も相まって、クラスの輪に溶け込むことが難しくなった。すでに出来上がった関係の中に、割って入ることも憚られた。
今ではもう、クラスの一員として認められていないのではないかと思うと怖くて、余計に話かけるのが怖くなっていった。
私は窓際にある自席に腰を落ち着け、午後からの授業へ向けて準備を始めた。通学鞄から取り出した教科書を机の中に入れると、くしゃりと紙が潰れる音と感触が伝わる。
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