第6話 新たな刺客(?)


なんて事ない日々。俺はただ普通に授業を受けて、たまに居眠りしたりして、適当に過ごしていた。そして、6月に入った。

ついこの前まで春日和で、暖かいようでどこか肌寒い。それでも通学路に坂があるせいで、教室に着いた時には汗だくだ。そのまま汗が体を冷やしてしまうせいで、午前中は腹痛との戦いが繰り広げられる。


「おはよ」


ついこの前までは、ありえなかった光景だ。俺に話しかけてくる人物は、入学してすぐの友達作り期間中以降、必要事以外では一人もいなかった。


「おはよう」


挨拶されたものは返さないと、人としての常識だ。いくらボッチを目指すとは言っても、性格の悪いやつと認定されれば、むしろ悪印象を持たれてしまうことになる。目立たない陰キャとはかけ離れている。


俺に唯一関わってくる人物、清水真季は俺の隣の席につくや否や、俺に話しかけてきた。


「もう夏だねー」

「そうだな」

「夏といえば、夏休みだね」

「そうだな」

「どこいく?」

「行かない」

「そこは、『そうだな』じゃないの?」

「俺が話を聞いていないとでも?」

「むしろちゃんと聞いてくれてたんだね」


それはそれでなんか違う。俺はただ墓穴を掘らないように細心の注意を払っていただけだ。

珍しく、俺の方から話題を振った。


「そういや、今日は席替えだな」

「おっ、佐藤くんってこういうイベント好きなタイプ?興味無い系かと思ってた」

「まあ、今の席自体は気に入ってる」

「それは私が隣で嬉しいってことかな」

「自意識過剰過ぎないか?」


昨日の終業のホームルームで、担任が、明日の朝席替えするから荷物ちゃんとしとけよー、と言っていたのを思い出したのだ。そう、とりあえず清水真季の隣から解放される。それだけで十分だ。

小太り中年女性の担任が教室に入ってきた。それを見て、教室中に散らばって雑談をしていた生徒も黙って席につき始める。

そんな中、清水真季は俺にこう言った。


「実は今日の星座占い、しし座が1位だったんだ」

「まさか、占いとか信じてるのか。やめとけ子供じゃないんだから」


とか言って馬鹿にしてた俺を今すぐにでも殴ってやりたい。

そう、また隣だった。

俺のクラスの席替えはクジで決まる。つまり完全なる運。どうしようもない不可抗力。それに打ち勝つのが、この陽キャだ。

いや、そうはならんだろ。

しかも今度はど真ん中センターだった。

最悪だ。最悪すぎる。

四方八方誰かに囲まれ、しかも教師とすごい目が合う。正直、一番前の次に行きたくない席だった。


「いやぁ、ほんと、偶然って怖いねー」

「怖いなんてもんじゃないだろ、これ」


俺はハッとした。前の席と同じように清水真季と会話をしてしまった。前の席は、斜め後ろで人から注目されない位置にいたから、大して何も思われなかったが、今は違う。教室のど真ん中でクラス一の陽キャとこんなやついたっけっていうボッチ陰キャが話すのは明らかに不自然だ。


昼休憩に入るなり、俺はトイレに駆け込んだ。

腹を壊したのだ。

汗のせいで思ったより体が冷えた。すぐにお腹を痛める体質故に、年中ちょっとしたことでお腹が痛くなる。授業中にトイレに行くのは目立つからしたくない。だが、授業の合間の休憩に行くには時間が厳しい。だから俺は昼まで待ったんだ。

それなのに!どうして今日に限ってトイレが混んでるんだよ!

トイレの入口の前に死ぬほど沢山の男が群がっていた。中には黙って列に並ぶものから、くだらない話で道を塞ぐものまで。こういう人間はまじで消えてくれ、と俺はじっと睨みつけるも、俺の視線なんぞ気にもしない。まあ、それでいいんだが、いや、良くない。

俺は戦っていたのだ。己の自制心と。そう、頑張れ俺。あともう少しの辛抱だ。そう自分に言い聞かせて落ち着かせていたところに、俺に話しかけてきたやつがいた。

もちろん、ここは男子トイレだ。つまり、清水真季ではない。逆にあいつが来たらもう引くレベルだし。


「ねぇ、佐藤くん、だっけ?」

「あっ、ど、、どうもっ、、」


俺は腹を抱えながら必死に返事をした。今気を抜けば、俺は終わる。


「あー、えっと、俺の事知ってる?」


知りません。と言いたかったが、同じクラスの人間かつ陽キャに言うのは憚られた。


「高橋くん、ですよね」

「そ、良かったぁ、これで知らないとか言われたら俺めっちゃ凹んでたわー」


そうケラケラと笑うこの男の名は高橋洸太。俺のクラスの男子の中でかなり目立つポジションにいる。所謂、男版清水真季みたいなものだ。こいつもこいつで評判はいい。明るい茶髪で言動からも一見チャラ男のようだが、実は爽やかだの、優しいだの、スポーツ万能のイケメンだの。女子からの人気は高い。確かこいつはバスケ部のエースだったか。高橋目当てで後輩バスケ部女子が教室にやってきて騒ぎが起きたのをよく覚えている。まあ、他人ごとだから大して気にも止めていなかったが。


「えっ、と、何のご要件で?」

「あのさ、今時間ある?」


あると思いますか?俺は今絶賛トイレに並び中なんですが?今にも漏れそうなんですが?


「ちょっと来てくんない?」

「お腹、痛いのでっ、後にしてもらっても?」


俺は懇願する目を向けて必死に頼んだ。それに気づいたようで、あ、悪い、とだけ言って気まずそうに高橋はその場から離れていった。


俺は目的を達成し、清々しい気持ちでトイレから出てきたところを、待ち伏せしていた高橋にとらえられてしまった。


「よっ、待ってたよ」

「…な、ん、で???」


なんで待ってたのこいつ暇人なのかぁああああ?????

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