第3話 波乱の始まり

いつも通り、地味に、なんてことなく一日を過ごした。このまま家に帰れたらどんなに良かったか。来てしまった、地獄の放課後が。

ホームルームを終えた後、毎日のごとくカラオケに行きたがるやつが現れる。そんな陽キャの誘いを断る陽キャ代表。そして、陽キャの群れの中心にいた人物は俺の元へやってきて、こう言いやがった。


「さ、帰ろ!佐藤くん!」


こ、い、つ!!!!クラスメイトの前でわざわざ俺の名を呼ぶ必要があったか?ありましたか?無いですよね?!ね!!!

教室内がざわめき始めた。神様的存在が、底辺で這いつくばってるようなゴミと一緒に帰ろう、とか言い出したんだ。うわぁ、めっちゃ痛い。俺にそんな視線を向けないで。今すぐにでも彼らに、彼女の隣を譲ってあげたい。


校舎を出るまで、俺たちは無言だった。気まずい!せめてなんか喋れよ!いや、むしろ無言の方が良いのか。くそ!よくわからんこの状況!とか一人で考えていた時に突然彼女に話しかけられた。


「ねえ」

「ひゃっ、はい!」

「ぷっ、なにそれ」


俺の変な返事の仕方がツボに入ったのか、めっちゃ笑いだしたぞこいつ。陽キャの笑いのツボは謎だ。


「佐藤くんってさ、どうしてクラスのみんなと馴染もうとしないの?」

「またそれですか」

「それ!敬語!私たちクラスメイトじゃん。同い年。タメ語でいいよ」


俺のキャラは気弱な陰キャだ。そういう設定なんだ。クラスのリーダー陽キャにタメ語で話しかける奴を気弱とは言わない。


「いや、それは無理です」

「まあ、それはおいおい何とかしていくとしてっと」


そう言うと、再び俺たちの間から会話がなくなってしまった。この学校に通う生徒は、基本電車か自転車のどちらかだ。俺は電車。彼女もおそらく同じだろう。最寄りの駅がどこかは知らないが、少なくとも駅までは一緒に帰らなければならない。

ちらり、と彼女を盗み見る。俺は今まで、彼女を陽キャの中の陽キャとしか見てなかった。クラスはもちろん、他のクラスからも彼女の評判は高いと聞く。もちろん、これは周りがクソでかい声で喋ってたから聞こえただけだ。

それくらい、彼女は周りから注目を浴びるような人間なのだ。容姿端麗。文武両道。性格も良し(?)つまり、欠点がない。性格に関してはなんとも言えないが。

だが、よくよく見てみると、確かに彼女は綺麗だった。人に興味がない俺でも、彼女の見た目の良さを理解出来る。陽キャと言えばギャル、みたいなイメージがあったが、彼女は違う。どちらかと言うと、清楚だ。髪は短くもなく、長くもない。黒髪をハーフアップにして綺麗にまとめている。そして何より、顔が良い。言動に反してお淑やかさが滲み出ている。私、実はかぐや姫なの、とか言って天女の格好をし始めても全然違和感がないぐらいだ。こいつ、流石陽キャの神様と言われるだけはある。まあ、俺が勝手に言ってるだけだが。

もしかしたら、俺がずっと彼女を見ていたのがバレたのかもしれない。彼女と視線がぶつかった。俺は急に、何かいけないことをしてる気分になって、慌てて視線を逸らした。


「それで、なんでそんなに俺に関わろうとするんですか」


俺は誤魔化すように、ずっと気になっていたことを尋ねた。


「ただ仲良くしたいだけだよ?」

「それがおかしいんですよ。なんで俺なんかと」

「佐藤くん、だからかな」

「は?」


ますます意味がわからない。

俺だからってなんだ。

はっきりしない答えにモヤモヤだけが残る。


「もうすぐ中間テストだねー」

「あー、そういえばそうですね」


もうそんな時期か。早いな。テストまであと大体2週間程度だ。真面目な人間ならとっくにテスト勉強を始めているだろう。俺はいつも、2週間前から少しずつ始めて、1週間前には本格的に始めるタイプだ。かといって、トップを目指すなんてそんなことは決してしない。俺が目指すのは、あくまで平均以上だ。

しかし、学生間での、もうすぐテストだねー、は話題が尽きた時に出てくるワードだ。早速話すことがなくなったのか。

俺がつまらない人間だとわかって、近寄らなくなるだろう、という見当違いなことを考えている時、彼女からトンデモ発言が飛び出した。


「次のテスト、賭け、しようよ」

「…は???」

「総合点で高い方の勝ち。どう?」

「なんで急にそんな」

「勝ったら、好きなこと何でもお願い出来る」

「…」

「つまり、もし佐藤くんが勝って、私が負けた時、私に『もう関わらないで』ってお願いしたら、私はこの先、佐藤くんには近づかないし、話しかけないの。」


なるほど。それはなんとも俺にとって好都合な話だ。要するに、俺が勝てば再び平穏を取り戻せる、ということだ。


「わかりました。その勝負、受けます」


本気を出せば、なんとかなるだろ。多分。さあ、待ってろ!俺のボッチ平穏ライフ!


この時の俺は、清水真季の策にまんまと引っかかったことに気づく余地もなく、まじで勉強した。

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