第2話 俺に関わらないでください

「いやぁ、偶然ってすごいね」


ほんとにね!なんで昨日の今日で、お隣に貴方が来るんですか?!と声を大にして言ってやりたい気持ちを必死に抑える。


「清水さん」

「ん?なーに?」

「俺に話しかけないでくれませんか?」

「昨日も言ったけど、それは無理だね」


くそ、こいつに何を言っても無駄だ。そもそもどうして俺なんかに構うんだ。狙いは一体なんなんだ。

それから間もなく、教師が教室に入ってきた。授業が始まれば、隣の陽キャ代表も流石に話しかけてくることはないだろう。まさか、学校での唯一の癒し時間が授業中になるとは思いもしなかった。いっそ不登校になろうかな。

それより、主人公席とはいいものだ。教室全体を一望出来るだけでなく、教師の視界にも入りにくい。そしてなんと言っても、他のクラスメイトの視界に俺が入ることがまずない。最高じゃないか。

柄に合わないと分かっているが、俺はどこかの主人公っぽく、肘をついて窓の外を眺めたりしてみた。今は古典の授業だ。一人の生徒が教師に当てられて、教科書の文章を音読させられている。『源氏物語』の光源氏誕生の場面だ。この光源氏とかいう、俺とは正反対の超女タラシ陽キャ野郎(偏見)のことを俺は羨ましいと思ったことは一度たりともない。

生徒のぎこちない古文の音読をBGMにして、窓の外の風景を楽しむ。俺が通う高校は山の上に立っている。山、といっても、坂を登るぐらいのものだ。おかげで、周りは自然に囲まれている

今日もいい天気、いい日だ。なんて呑気に考えていた自分を殴り倒してやりたい。右腕に違和感が走った。なんだ、と思って振り向いた時、隣の席に厄介なやつが座っていたことを完全に忘れていた。

清水真季が俺に視線を向けることなく、芯の出ていないシャーペンで俺の腕をつついていた。そして、俺が振り向いたのに気づいた途端、シャーペンを引っ込めて、今度は小さな紙を渡してきた。もちろん、俺は受け取らない。無視を決め込んで、反対側を向く。俺の反応に不満を覚えたのか、彼女は紙を小さく畳んで、俺の机に投げ入れてきた。当然、教師にバレないように目を盗んで、だ。俺は飛んできた紙をどうしようかと思いあぐねていると、彼女は、俺が読むのを待っていた。

そのまま、紙を捨てても良かったが、俺はあくまで平和主義だ。俺の軽率な行動がいじめに繋がりかねない。俺は仕方なく紙を開いた。


『今日、一緒に帰らない?』


なんだこれは。

思わず隣を見てしまった。その瞬間しまったと思った。完全に彼女の思惑にハマってしまったのだ。彼女はニコニコしながら俺を見てきた。そして、口パクでこう言ってきた。


『いいよね?』


「佐藤、次の行」

「えっ、はっ?」


俺は彼女に気を取られすぎていて、教師に当てられたことに動揺してしまった上に、次の行なんて言われても、さっきまでどこを読んでいたのかさえわからない。

くそ、どうする!絶体絶命のピンチ!

正直に言うか。聞いてませんでしたって。しかし、それは嫌だ。こいつ陰キャのくせに授業も聞いてないのかよって周りに注目される。

すると、視界の右端で、清水真季が教科書の一部を指で指していた。俺の視力は悪くは無い。メガネを掛けているが、これは伊達メガネだ。だから、彼女が指さす行がどこなのかも見えていた。


「えっと、上達部、上人なども、あいなく目をそばめつつ、いとまばゆき人の御おぼえなり。」

「よし、じゃあ清水、次」


俺の次に当てられた彼女はすらすらと古文を読み上げていく。

助かった。今回ばかりは彼女に助けられた。いや、元々彼女のせいなのだが。それでも、彼女は俺を見捨てることをしなかった。意外と良い奴なのかもしれない。俺の中にそんな思いが現れ始めた。

終業のチャイムが鳴り響き、教師が荷物をまとめて教室から出ていった後、彼女が俺の方を向いてこう言った。


「さっきの手紙の返事は?」

「もちろん、嫌です」

「でも、さっき私助けてあげたよね?」

「くっ、それはっ」


やられた。そう来たか。前言撤回だ。こいつは、俺の脅威だ。そうだ、そうに決まってる。

くそおおおおお!!!俺は心の中で叫んだ。

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