人生転回

ZEN

第1話 俺の平穏は何処へ?

俺の名前は佐藤栄人。ただの男子高校生だ。強いていえば、クラスにいるかどうかすら認識されないレベルの陰キャ。それくらいしか言うことがない。そんな人間だ。

こんな俺は、このまま何事も無く卒業するのだろうと、ずっと思ってた。あいつが俺に関わるまでは。俺が一年かけて築き上げた平穏が崩れることもなかったはずだったんだ。

それはほんの一週間前に遡る。





「今日カラオケ行かねー?」

「おー、いいね」

「あー、ごめん俺パス。今日塾入ってるわ」


ホームルームが終わって放課後になった途端、クラスの奴らはワイワイと騒ぎ始めた。カラオケだのなんだの、毎日行ってるんじゃないかってぐらい毎日毎日飽きずに話題となって出てくる。まあ、俺には関係のないことだ。どうせこの教室にいてもいなくても、誰も困らないし、気にしない。これがいかに楽なことか。人間関係なんてめんどくさいものに囚われない素晴らしさ。お前たち陽キャ共は知らないだろうな、と心の中だけでドヤっておく。

さっさと荷物をまとめて教室を出ようとした途端、俺の名前が呼ばれた。


「あっ、待って佐藤くん!」

「…は?」


俺の名前が呼ばれた。もう一度言う。俺の名前が呼ばれたのだ。このクラスに佐藤という苗字は俺だけだ。これは自意識過剰などでは決してない。だとしても何故?俺の名前が、授業中に教師から当てられる時以外に呼ばれることなんて今までなかった。しかも、俺を呼び止めたのは、このクラスの人気者だった。


「ねえ、今からみんなでカラオケ行くんだけど、佐藤くんもどうかな?」


彼女はクラスの人気者、清水真季だ。みんなをまとめるリーダー的存在。風の噂では、彼女を狙う男子も少なくないとか。これは俺が聞いたんじゃない。机で仮眠を取っていたら、それでも聞こえてくるぐらいの大きさで喋っていた声が聞こえただけだ。俺が傍耳を立てていた訳じゃない。


「ちょっ、真季!」


彼女の取り巻きAが急いで彼女の元へ駆け寄って、耳元で必死になって話している。さしづめ、どうしてこんなボッチ陰キャを誘うんだ、と文句を言っているんだろう。

ほんとにそれな。


「あの、清水さん。俺みたいなの誘っても面白くないよ。」


俺はそう言ってから、教室を後にした。俺は出来る限りの配慮をした。あの場で彼女の誘いを断るということは、死を意味する。せっかくお前のために陽キャの神様が誘ってくださったのになに断ってんだこのクソ陰キャが、と思われ、挙句の果てにいじめルートに突入だ。無視されたりするのは全くもって構わない。なんなら喜んで無視されよう。だが、いじめ、というのは俺を対象として認識していることを前提としている。それは大いに困る!

だからといってカラオケには行きたくない。それはそれで、なんでお前来てんの?と思われるし、中途半端にクラスの人間と交流を持ってしまうと、俺のアイデンティティである影の薄さが消されてしまう。

だから俺が選んだのは、自分はつまらない人間です、だからどうか今すぐ俺への関心を捨ててください、お願いします、という意味を込めた断りだ。これで、向こうも無意味な時間を過ごしたのだと気づいてすぐに元の光の世界へと戻っていくだろう。完璧だ。


「待って待って!ねえ!」


あっるぇえええ????おかしくない?なんで?俺今すっごい完璧な返しをしたよね?ね?なのになんでまだ声掛けてくるの??


「ごめん!私もやっぱ今日カラオケ行けないや!また誘ってー!」


彼女はクラスの奴らにそう言い放ってから俺を追いかけてくる。


「ねえ!待ってってば!」


階段の渡り廊下で、彼女は俺に向かって言った。いい加減に何とかしないと、面倒なことになる。俺の直感はバシバシ当たっていた。このままだと不味い。

俺は少し階段を降りたところで、振り返り、彼女を見上げた。まだ春だが、もうすぐ夏にさし掛かろうかといった気候だ。日の暮れもだんだん遅くなってきて、夕方だというのにまだ明るい。陽の光とも夕焼けの光とも言えない光が、廊下全体を照らし、そして彼女を照らしていた。もちろん、俺は影に入っていた。彼女に後光が走っていた。正直、すごく眩しかった。


「なんでクラスの人と仲良くしないの?」


愚問だな、そう思ったが、そのまま言う訳には行かない。確かに俺はクラスから認識されていない。かといって、常に素でいる訳じゃない。一応、念の為キャラ作りはしている。すごくつまらなくて気弱な陰キャ、という設定だ。


「俺といても、みんな楽しくないだろうから。」


心にもないことを平然と述べる。周りのやつが楽しいとか俺にはちっとも興味がない。心底どうでもいい。


「だから、清水さんも俺の事なんか放っておいて」

「無理」

「…なんでかな?」

「私がそうしたいから」

「俺は嫌なんだけど」


そう言ってやると、彼女はようやく黙り込んだ。よっしゃ!勝った!!


「じゃあ、俺はこれで」


最後のセリフをかけて、これにて無駄な茶番はおしまいだ。明日からまた俺の平穏が再び幕を開ける。そのまま、俺は一度も後ろを振り返ることなく、家に向かって歩き始めた。しかし、こうして学校という場所で人と会話を交わしたのはいつぶりだろうか。一年生の時の三学期の三者面談で、お宅の息子さんはクラスに馴染めてません、と担任が親に言った時以来だろうか。いつも黙りを決め込む俺が久々に少し会話をした。流石に親にボッチだと知られて心配されるのは御免だったからな。

この時の俺は完全に油断していた。これで終わりだと思っていたのが唯一の失敗だったんだ。この日を境に、俺の平穏な日々は崩れ去ってしまう。


昨日のことなんて綺麗さっぱり忘れましたよ、という体で俺は学校に来た。朝イチのホームルームで月替わりの席替えイベントが発生した。お願いしますお願いします後ろ端っこ来い!!!と念じていたお陰か、俺の望みは無事叶えられた。いわゆる主人公席。教室の左後ろ。本来なら四方を人に囲まれるが、この席は前と右隣のみ。本当なら、俺はハッピーで終わっていたんだ。右隣にあいつが、清水真季が来さえしなければな!!


「隣よろしくね、佐藤くん!」


どうしてこうなった!!!!!

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