第5話 友達ってなんですか?
さあ、ここで一つ。友達の定義について語ろうじゃないか。俺はこの学校に友達と呼べる人間を1人たりとも持っていない。常に1人。教師が、2人組作ってー、なんて言えば必然的に残るのがこの俺。クラスの人数は偶数。普段仲良しグループが奇数のやつらのうち、ジャンケンで負ける、内々で嫌われている、はたまた、率先してボッチと組もうとするやつが俺と仕方なく組むことになる。要するに、自分がしたくない仕事を誰かに押し付けようとするのだ。こういう時に、友達という存在は便利である。だが、しかし、清水真季はこのクラスのカースト上位、いやトップの人間だ。そんなやつをそんな便利屋みたいに扱うこと自体、俺のボッチ流儀に反する。
まあ、清水真季はそもそも友達が多い。クラスのみんな全員友達!なんなら他クラスも!別学年だって!みーんな友達!っていう類いの人間だ。俺にしょっちゅう絡みに来る訳ではないだろう。
それに、今は席が隣だが、もうすぐ月替わりだ。流石にまた隣、なんてことにはならないだろう。多分きっとおそらく。いや、ならないよな?
「じゃあ、帰ろっか」
「…え?なんで?」
「私たち、友達でしょ?」
そうか、友達なら一緒に帰るのは当たり前なのか。前も何故か一緒に帰ったが、あれは例外として扱っていた。
「みんなに言っちゃおっかなぁ。佐藤くんが実は1位だったって」
俺が黙っていると、追い討ちをかけるように弱みを握ってきた。くそぉ!こいつが言うとクラス内で説得力を持つ。恐るべし、スクールカーストトップ陽キャ。
「…わかりました」
「あと、それ!前も言ったけど、敬語禁止!友達同士で普通は敬語なんて使わない!」
「どうしても?」
「どうしても」
なんだろう。こいつの言うことに逆らう気が徐々に無くなっていく。なんかもういっか、とまで思えてしまう。俺のボッチへの覚悟はこの程度だったのか。
「…わかった」
「うん、よろしい」
そのままの流れで、2人でまた坂を降りていた。あの時以来だったが、今回もきっと話題のネタ切れになるだろうと予想するも、前回とはうってかわって、積極的に話しかけてきた。
「そういや、1位ってすごいね。やっぱり頭良かったんだ」
「やっぱりって、それに清水さんが焚き付けて来たんだろ。前回2位だったって。だから俺めっちゃ頑張ったのに」
「なんか、佐藤くんって思ったより単純なんだねー」
「普通の勝負って思うだろ。それをわざわざ真ん中ぐらいの順位を狙うなんて、どうかしてる」
「ほんとにね。これで南部くんが大人しいまま終わってたり、彼を上手く騙せなかったら、私の成績がただただ悪く終わるっていう最悪の結末だったよ」
「とんだ博打だな」
「私もドキドキしたよ」
そう言って、彼女は楽しそうに笑っていた。まるで、悪戯が成功して喜ぶ子供のように。だが、俺もそんなに悪い気分じゃなかった。焦りもしたが、正直心のどこかでスリルみたいなものを味わっていたのは事実だった。
今思えば、なんで俺はいつよ適当に済ます定期テストを真剣にやったんだろうか。清水真季に賭けを申し込まれたから?いや、わざわざ受ける必要なんてあまりなかった。性急にこいつを遠ざけようとしなくても、少しずつ興味を無くさせていけば良かっただけの話だ。
ふと、足を止めてしまった。それに気づいた彼女は、不思議そうに、佐藤くん?と声をかけてきたが、俺の耳には届いていなかった。
俺は、実はどこかで、自分に期待していたのかもしれない。今回、彼女の賭けを口実に、自分だってやれば出来るんじゃないかって。
俺は、結局どうしたいんだ。影を薄くして、人と関わらないようにしようと決めた。だから、家からも遠くて、同じ中学の人間が1人もいないこの高校を受験したんじゃないか。誰かと関わるのが嫌で、もう自分が傷つきたくなくて。それなのに、まだ、こうして誰かとの繋がりを気づかないうちに求めていた。清水真季を強引に突き放すことが俺には出来なかった。
わからない。俺は、俺はいったいどうしたいんだ。
「佐藤くん!」
清水真季が俺の腕を掴んで、呼びかけていた。
「あ、」
「本当にどうしたの?急に止まったと思ったら、何回呼んでも全然返事しないし」
「悪い、ちょっと考え事してた」
「…なんか悩み事?とかあったら言ってね」
「それも、友達でしょ?ってやつか?」
「それもあるけど」
「けど?」
「…いや、なんにも」
彼女はぷいと横を向いて俺に構わず歩き始めた。俺は黙って彼女の後ろを付いて歩いた。彼女の横に並んだ時、俺は大きな間違いを犯してしまったような気がした。
もう、後戻りが出来ない。やり直せない。そんな、俺の人生を大きく変えてしまう一歩のように感じられた。
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