第4話 お願い


定期テストにこんなに必死になったのはいつぶりだろうか、いや、初めてだな。そう感じるぐらい俺は頑張ったと思う。一応、クラスで存在感を消すボッチだと言っても、俺には将来がある。成績を平均ぐらいにしているが、怠ってはいない。大学進学を視野に入れている以上、授業も真面目に聞いて、復習ぐらいはしている。それに加えて、自分で言うのもなんだが、地頭はいい方だと思う。瞬間記憶なんて能力は当然ながら持っていないが、ある程度は見たら忘れない。

そう、頑張った。頑張ってしまったんだ。


ついに成績返却の時が訪れた。夕方のホームルームで、全教科それぞれの点数と合計点、そしてクラスと学年の順位が書かれた用紙が配られた。俺の学校は全部で3クラスだ。1クラス30人の学年で90人。返却された俺の順位は、クラスで1位だった。ちなみに学年では5位だった。


「勝った」


俺は小さな声で呟いた後、隣の賭けを持ち出した清水真季にドヤ顔で見せつけてやった。


「俺の勝ちですね」

「そうだねー、負けちゃった」


そう言って、彼女も用紙をこちらに見せてきた。彼女の順位は13位だった。

…13?低すぎやしないか?

俺と勝負していたんじゃなかったのか?

彼女は、賭けを申し込んできた次の日に、1年の学年末の結果を見せてきたが、そこには確かクラスで2位と書かれていたはずだ。今回はしくじったとか?いや、今はそんなことどうでもいい。


ホームルームが終わり、放課後を迎えた瞬間、俺は彼女に言った。


「じゃあ、俺が勝ったんで、もう俺に関わらないでください」

「本当にそれでいいの?」

「…?はい」

「わかった」


そう言ってから帰ろうとした途端、1人の人物が急に立ち上がった。ただ立ち上がるだけならなんてことは無い。だが、あまりの勢いの強さに机は揺れ、椅子に足をぶつけたため、テストの結果でクラス中が騒いでいたとしても、はっきり聞こえる大きさの物音は、教室に静寂をもたらした。


「誰だよ、1位のやつ」


そう言った渦中の人物は、南部明弘だった。あいつは自他ともに認めるクラスで一番賢いやつだ。授業で挙手制になった時、真っ先に手を上げるタイプ。あいつがこう言うならこの問題の答えはそうなんだろう、と誰もがそう考えてしまう。そんなやつだ。正直、今まで関わったこともないし、同じクラスになったのも初めてだったが、この僅か1ヶ月で人となりというものは見えてくる。俗に言う、勉強だけが取り柄のプライムが高いやつだ。


「なんで俺2位なんだよ!」


こういうタイプは自分が1位じゃない事を認められずキレるんだなぁ、と他人ごとの様に思っていたが、よくよく考えたら、このクラスの1位俺だったわ。やっっっべ。

ていうか、俺でも学年で5位だったんだから、お前それ以下じゃないの?そこにはキレずにクラスで2位だったことにキレてるの?と少し疑問に思う。


「お、落ち着けよ南部」

「は?!おかしいだろ!俺が2位って!もしかしてお前か?!」


なんてたまたま近くにいて、南部を慰めようとした男子生徒がとばっちりを食らってて少し笑いそうになる。いけないいけない。

しかし、どうしたものか。帰ろうかな、と考えていたところに、清水真季が話しかけてきた。


「帰らない方がいいと思うよ」

「え、なんで?って、なんで話しかけてくるんですか」

「今、そんなこと言ってる場合?それに、今帰ってたらどうなると思う?」

「どうなるって…あ」

「今の南部くん、正直何するかわかんないから、もしかしたらクラス全員の順位見ようとするかもね」

「まさか、そんな非常識なことする?いやいや」


そんな馬鹿な、なんて呆れていると、彼女は反対に真剣な顔をしていた。え、まじで?そういうことする人なの?あの人。


「私、去年同じクラスだったんだけど、すっごい勉強に関してはプライド高いから、もしかしたらだけどね」


そんなことを言っている傍から、例の南部は本当に周りのやつの結果用紙を奪って見ていた。中には、早く揉め事が終わってくれるなら、と自ら差し出すやつまでもいた。まあ、1位じゃないなら、見せない方が危ないしな。

嘘ぉぉぉ。


「どうする?佐藤くん?」

「え、俺殺される?」


まさか南部も、自分を負かしたのがこんな陰キャボッチ野郎だとわかったら、余計にプライドが傷つけられるだろう。そうなれば俺はほぼ一生、あいつから恨みを買われ続けることになる。それだけじゃない。1位、という数字ば特別だ。そんなものを俺が持っていると知れば、周りのやつからの俺への認識が変わってしまう。それは不味い。


南部が俺と清水真季以外のクラス全員の結果を確認し終えた後、最後に俺たちの方へ向かってきた。

俺は無言で用紙を見せ付けた。


「1位じゃない、か。じゃあ」

「あー、ごめん。なんか言い出しにくくて、実は1位、私なんだよね」


そう言って、清水真季は『1位』と書かれた紙を見せた。


名前を隠すようにして。


「そうか、清水だったのか。そう、か。まあ、清水なら納得だ」


南部は徐々に冷静さを取り戻して、そして、教室全体に聞こえるように謝った。騒いで申し訳ない、と。

他のクラスメイトも、南部の性格を内心察していたのだろう。いつもの騒がしい放課後が帰ってきた。


「はい、これ」


清水真季は『俺の』結果用紙を渡してきた。俺も『清水真季の』結果用紙を返した。


清水真季は南部と去年同じクラスで、かつ2位だった。つまり、彼女が1位を取ったとしても不思議ではない。今回はたまたま上手くいったと言えばいいだけだ。

そこで、俺の中で点と点が結びついた。清水真季の順位は13位だった。この順位は、俺がいつもとる順位より少し高いぐらいだ。まさか、こいつ。


「もしかして、これを見越してたんですか?」

「ん?なんのこと?」


彼女は含みのあるような笑みを浮かべていた。間違いない!彼女はこうなることを予測していたんだ。


「交換、してあげようか?」


でも、一つ条件があるんだけど、と付け加える。


「私の言うこときいてくれたらね」


これが、あの一瞬で行われたやりとりだった。南部が俺たちの元へ来る前に、お互いの用紙を交換し、そして見せる時は、名前の文字が見えないように手で隠しながら見せる。もし、南部が紙を取ったりすれば一巻の終わりだったが、あいつは順位の数字にしか興味無い。つまり、持っている人物の用紙だと勝手に判断してしまう。


俺にとって、テストで1位、というクラス全体からの評価と、彼女に絡まれることを天秤にかけた時、当然のごとく前者に傾いた。


「じゃあ、どうしよっかなぁ、お願い」

「なんでも聞きますよ」


言ってからしまった、と思った。なんでも、なんて自滅ワードを言ってしまうなんて、俺も疲れているのだろうか。


「そっか、なんでも、かぁ。じゃあ、決めた!」


彼女は満面の笑顔で俺にこう言った。


「私の友達になってよ!」

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