第8話 手強い…
俺は今日の午後の授業の殆どを寝て過ごしてしまった。いや、違うんだ。俺は普段居眠りはあまりしない方だ。たまに、ちょっと眠いなぁって、それで気づいたら終わってるだけだ。そう、今日はたまたまいつもより長く寝てしまった。だからか、昼休みの高橋との会話のこともすっかり頭から抜け落ちていた。
最近は毎日清水真季と一緒に帰ってる気がする。異常も何度も起きてしまえば、それは通常へと成り下がる。これもそうだ。最初は不思議で仕方がなかったが、今では自然に受け入れてしまっている自分に気づく。
そして、今のこの関係に僅かながらの居心地の良さも感じてしまっていた。
早く手を打たないと。
ホームルームを終えたあと、清水真季が俺の席の目の前に立って、俺の事を見下ろしていた。しかも、今までに見たことがないような鋭い目で。
「えーーーっと、いかがなさったんですか」
「自分の胸に聞けば」
はあああ????なんだこいつ。睨んでるくせに、自分の胸に聞け、だと?心覚え無いからこうして聞いているというのに。
「高橋くんから言われた。君が私のこと嫌ってるって」
「………あーーーー」
思い出した。そういや昼休みに、高橋にそんなこと言ったような、いや、言ってないような。
とにかく、これは絶好のチャンスでは?今こそ、こいつを引き離す時!
「言った。そうだよ」
「そっかぁ」
俺が白状するや否や、さっきまで張り詰めていた顔を急に緩めて、いつもの笑みを顔にうかべた。あれ、こいつ効いてない。
「だ、だから、俺にはもう」
「残念。私がそんなことで簡単に引き下がるとでも?」
「さっきまで怒ってなかった?いや、怒ってただろ。これは完全に俺に怒って、こんなやつ知るか展開だっただろ」
「いや、急にめっちゃ喋るじゃん」
しまった。つい心の声が。
俺のいつもと違う様子を見て、清水真季は突然笑いだした。
「ぷっ、ははは」
「なんで笑うんだよ」
「いや、君の本当の顔が見れたような気がしたから、つい嬉しくて」
なにこのクラスの女子に言われたら、え、これもしかして脈アリではって期待させるセリフナンバーワンは。
「じゃ、帰ろっか」
いや、そうはならんだろ。さっきまで怒ってたじゃん。完全にさっきまで険悪な雰囲気だったじゃん。普通だったら、短くても一日は拗らせるだろ。
「ん?どうしたの?」
鞄を肩にかけて、出口へ向かっていた清水真季は、付いてこない俺を不審に思ってか、振り返って尋ねてきた。どうやら、第三者を使っての平穏無事取り戻し作戦は無事失敗に終わったようだ。
「はぁ、わかったよ」
仕方なく、俺も鞄を持って後をついていく。
「あ、そうそう」
清水真季は、そういえば、というかのように言った。
「ちなみに、私は全然怒ってなかったよ?」
「嘘だろ。絶対怒ってた。多分手元に包丁あったら、そのまま刺してきそうな目付きしてたぞ」
えー、そうかなぁ、とケラケラと笑う彼女の隣を歩いている時、俺は心のどこかでほっとしていた。この関係が壊れることを望んでいるくせに。
矛盾した俺の心は、俺の感覚を鈍らせた。前までの俺だったら、もっと周りに敏感だった。
俺たちが教室を出る時に感じた視線が誰のもので、どういう感情を含んだものだったのか、なんて、俺には分かるはずがなかった。
人生転回 ZEN @ZEN0413
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