令和を生きる私たちは映えるものを探す
邑楽 じゅん
令和を生きる私たちは映えるものを探す
「ねえねえ、クロックル食べに行こうよ」
放課後、友達がそんなことを言い出した。
「クロックル? なにそれ?」
流行に疎いわたしが聞きなれない言葉に首をかしげていると、友達が信じられないような顔をする。
「クロックル! クロックルだよ。知らないの?」
「知らない。なにそれ?」
「えええ! ありえなーい。最近流行りのスイーツじゃないのお」
そんなこと言われても知らないものは知らない。
「ともかく、わたしは部活があるから今日は無理だよ」
「なんだぁ、そうなの? じゃあ、あたし達で行くからまた誘うよ。じゃあね」
友達と別れたわたしはなんとなく、うわの空。
スマホで『クロックル』を探ってみる。
出てくるのはサンダルのクロックス。
韓国発祥のクロッフルっていう、クロワッサンとワッフルを足して半分にしたようなスイーツ。
あとはクロックムッシュとか、どっかの会社の名前ばっかり。
そもそもなに? クロックルって?
クロッフルの言い間違い?
居ても立っても居られず、わたしは部活を早退して急いで学校を出た。
叶うならば友達の後を追いかけて、一緒にクロックルを食べてみようと思った。
友達に連絡を取ってみるも、LINEが既読にもならない。
ショートメールも着信もダメ。
渋々、わたしは自宅に戻る。
その間もスマホで延々とクロックルを検索したけど、とうとう答えは見つからなかった。要するに流行りのスイーツなんだよね? だとしたらクロッフルを言い間違えたのかなあ? まぁきっとそんなとこだろう、とわたしもそれ以上はスマホの検索も考え事もやめた。
翌日。
学校に行ったらその友達の周りを他のクラスメイトが囲んでる。
「マジで美味しそうだった! しかも可愛いしカラフルだし、
「でしょ? やっぱクロックルだよね!」
その声を聞いて、わたしは少しだけショックを受けた。
わたしと繋がってないSNSで、彼女の書き込みがあったっていうの?
しかもクロックルの事を書いたり、画像をアップして盛り上がってるじゃない。
そんなわたしの姿を見て、友達が手を振りながら声を掛けてくる。
「おはよっ! あれからクロックル食べに行ったよ! 見てくれた? 見た目がすごい可愛くて映えるだけじゃなくて、ホントに美味しいんだから!」
わたしはどこか、ぎくしゃくと堅い笑みや動きで相槌を返す。
「あぁ、うん。いいなぁ、すごい良かった」
そんなわたしの嘘はバレなかったのか、友達も満面の笑みだ。
「でしょ? こんどは一緒に行こうね」
授業中もわたしはなんとなく、うわの空。
ずっとクロックルの事が頭の中をグルグルと周っている。
『んもう、全然授業に集中できないじゃない。クロックルってどんなカタチで色合いで味なんだろう? スイーツなんだからきっとわかりやすいものだと思うんだけど』
放課後、また別のクロックル専門店が隣駅に出来たと友達が教えてくれたので一緒に行く事にした。
そしたら、わたし達と同じ制服を着た学生のすごい長蛇の列。
お店には看板や写真が飾られてないから、並んでてもクロックルがどんなカタチをしているのかわからない。
買えた子達は紙袋に入ったクロックルを持って、満面の笑み。
早くそこで袋から出してスマホで撮影してよ。
わたしには全然わからないじゃないの。
そうしているうちに店員さんが列に並ぶわたし達に向けて大声を出す。
「申し訳ございません。本日分のクロックルは完売となりました」
一斉に落胆する同い年くらいの子達。わたしもガッカリだ。
友達はわたしの肩をぽんと叩く。
「まっ、チャンスがあればまた買えるよ。次も来よう」
それからは不思議な力に阻まれたように、クロックルに出会う事は無かった。
スマホやパソコンで画像検索したら急にネット通信が落ちるし、特集記事が載ると聞いた雑誌を探して本屋を何軒も回ったのに、どこも売り切れ。
その間も、友達だけじゃなくて他のクラスメイトがクロックルをSNSにアップしたらすぐにバズるって話を聞いて、悶々としていた。
深夜のニュース番組でクロックル特集をすると聞いたのでずっと待ってたら、野球の日本シリーズが延長しまくって、結局「一部報道を変更して放送いたしました」で終わり。
なんだかわたしとクロックルは大きな力で阻まれたみたいに出会えない。
でもネットの流行り廃りってとっても早い。
悶々としてたわたしを置いて、クラスの皆がクロックルと喋る日も少なくなっていった。というかクロックルが人気になり過ぎたのだろう。
最近はまた別の映えるスイーツを探しているみたい。
それでもわたしは未だにクロックルを食べられない日々。
気になったわたしはお昼休み、友達に疑問を投げてみた。
「ねぇ、クロックルって今はどこで食べられるの?」
すると友達はお腹を抱えて笑い出す。
「はぁっ? クロックルなんてもう古くて寒いよ。今はもっと別の映えるスイーツが来てるから、それを食べに行こうよ」
そう言われても、わたしには素直にうなずくことができなかった。
だってクロックルをまだ食べてないのに、もう次のブームって、どういうこと?
結局わたしは午後の授業も悶々としたままだった。
ところが、最初にクロックルを教えてくれた友達が放課後に声を掛けてきた。
「ねぇ、例のクロックルをまだ売ってる店がすぐ近くにあるんだって。一緒にこの後よってみない?」
「ホント!?」
わたしは居ても立っても居られず、一も二も無くすぐに賛成した。
聞けば、タピオカジュース、マリトッツォなど、世を賑わせてSNSで映えたもののあっという間に消えたスイーツを扱う奇特なお店ができたようだった。
一周回って懐かしいって楽しむお客さんが集まるお店みたい。
「ほら、あそこがそのお店だよ」
放課後、友達の案内でそのお店に着いた時は、わたしは感動で泣きそうになった。
お店の前には写真と共に値段が書かれたメニューの立て看板がある。
どの写真がクロックルなんだろう。
まだ道路の反対側だから、ここからだと小さくて良く見えない。
お店にはお客さんの数も少なくて、売り切れの心配はなさそう。
でも少しオトナとかお姉さんがスマホ片手に、お店を覗いてる。
親子連れの人達がカウンターで注文をしている。
ここでわたしのクロックルがまた完売ってなったらたまらない。
わたしは知らぬ間に駆けだしていた。
「今度こそ売れきれないうちに買ってくるね!」
「あっ、ちょっ、危な……!」
そこは信号の無い横断歩道。
お店に向けて咄嗟に横切ったわたしの視界に猛スピードの車が見える――。
とある斎場。
若くして亡くなった級友の死を悼み、多くの女学生が涙を流している。
最期の別れを惜しむ遺族や参列者の気持ちを無視するかのように時計の針は粛々と進む。
「間もなく出棺です。故人様に最後のお別れをどうぞ」
遺体のそばに寄って来たクラスメイト達は大粒の涙を流しながら対面をする。
棺の中へ、それぞれに花を手向けていた。
ある少女は手にした紙袋を抱えながら、斎場のスタッフに声を掛ける。
「あの……食べ物って入れてもだいじょうぶですか?」
スタッフは柔らかい笑みで小さくうなずく。
「燃えない容器に入った物や極端に水分の多い物、飲み物じゃなければ平気ですよ」
それを聞いて安堵した少女は棺の中をのぞく。
そして静かに眠る級友の顔のそばに小さな紙袋をそっと置いた。
「はい、これ。あなたがずっと食べたかったクロックルだよ」
令和を生きる私たちは映えるものを探す 邑楽 じゅん @heinrich1077
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