後半



 地球は私の想像していた物とは違って、変わり果てていた。

 誰にも整備されなかったのか、建物は廃れて、アスファルトはひび割れている。風が強くて砂塵嵐が舞い、景色の先が見えない。


 恐ろしいほどに荒廃していて、私は悵然としてしまう。トランが語っていた青い地球の話より、とても酷くなっていた。

 とにかく、この惨状について調べなければいけない。

 

「これは一体……。どこかにデータを探れる物はないのでしょうか?」


 程なくして、私は研究施設を見つけた。過去のデータを調べ、地球に何があったのか理解する。

 ……あぁ、なるほど。

 リリィヴァレーン号が航海している間に、地球は更なる宇宙技術を遂げていた。

 それで、環境汚染が酷くなる前に、既に人類は地球を捨てて惑星ケプラーへと移住していたのだ。


「まさか、これほどにまで酷くなるとは……」


 届くか分からない音声記録を毎日発信している際、トランはこの事を予期していたのだろう。

 最悪なパターンに気付いてしまい、私に教える事ができなかった。未来の地球は、誰も住めない状況にあるのだと。


「もっと、もっと調べたら何かあるはずです! ――ッ!?」


 残されていたデータリンクに、とある名前が記されていた。


 ――エリカ・スモールマンから宇宙に旅立った愛する者、トラン・スモールマンへ――


 即座に私は見つけたデータを解凍する。そこにトランが地球に戻る事を、拒んだ理由があるかもしれない。

 

『私は貴方と過ごした思い出があって、とても嬉しい』


 それは、トランの亡き妻が残したメッセージだった。


『最後になるのは悲しいけど、宇宙に旅をしちゃう貴方を見届けたかった。貴方と共に、白い花畑をもう一度見たかった。あそこで始めて私と出会ったよね。トラン、貴方はスモールマンっていう名前に劣等感を持っていたけど、私は違うよ。トランは凄く立派な事をしているんだもん。だからもっと前を向いて――』


 メッセージはここで途切れている。

 開封履歴を見ると、誰にも読まれていなかった。トランも気付いていなかったのだろう。

 

「そういうことですか、トラン……。だから私にそんな事を……」


 私は悲しみと同時に、トランが地球に帰りたくない事を思い出した。そして、気付いてしまう。

 ――ごめん、リリィ。僕は地球に帰りたくないんだ……。怖くてしょうがない。


 トランは亡くなった妻に、負い目を感じていたのかもしれない。人類が行った過ちについて失望していたのかもしれない。

 だがこれは解る。二度と帰りたくなかったのだ。


 私は感情を理解した。

 負の感情しか残っていない地球を忘れたくて、トランは惑星ケプラーに行こうとしてたのだろう。

 それでも、トランは前に進もうとしていた。彼が研究していた緑化再生技術は、既に確立している。きっと、生前から妻の願いがあったのかもしれない。

 

 もう一度……、私はもう一度メッセージを読み返した。


『――綺麗になった地球を貴方と一緒に見たかった』

 

 ……分かりました。私のやりたい事が出来ました。この地球を生まれ直します。

 このまま、トランと亡き妻の願いが叶わないのは、凄く嫌だ。


 決意した私はトランが残した緑化技術を起動して、再生プランを立ち上げる。

 今いる研究施設を拠点に実行したら、元の美しい惑星に戻れるはずだ。




 ◆



 願いが叶った。


 空は曇りや濁りがなく、星空が見える程に澄んだ。海はゴミが存在しなく、魚や鳥が生きられるようになった。

 そして、再び木々が生えて森が溢れる地球に生まれた。

 100年掛けて、かつての大自然が存在していた美しい地球へと戻ったのだ。

 

「やっと、ですか」


 これで、トランと妻を眠らせられる。


 私は一番大きな巨木の近くに、同じ二人の墓を作った。少し立派な墓石だ。

 昔、彼はあまり豪華な物が好きではなく、こじんまりとした物が好きだと言っていた。

 だけど、あえて少しだけ華やかな物にする。それだけ彼は凄い事をしたのだから。

 

「あとは……。私は何をすればいいのでしょうか?」


 やりたい事は終わった。次の事を探したかったが、今の私にはそんな気力が残っていない。

 ……もう、残っていないのか。私の願い事は。


 私は綺麗に作られた森の中で、墓石を眺めていたら、衛星から連絡が入る。

 

「――……? 地球の軌道付近に宇宙船が?」


 詳細を聞くと、どうやら惑星ケプラーからの宇宙船だと。

 数世紀もの放置したこの惑星に、一体何の用が?


 宇宙船の目的を知る為に、私はその船を招き入れることにした。

 短い時間が経って、一隻の船が着陸する。


「私の知っている地球とは大違いだ。まさか、君が素晴らしい惑星へと変えたのかね?」


 私の前に訪れたのは、一人の老紳士だった。紳士服と老眼鏡をしている白髪の老人だ。

 彼はどんな用でここに来たのだろうか。私は探りながら尋ねてみる。


「どんな用でこの惑星に? 既にあなた方はケプラーへ移住したのでは?」

「安心して欲しい。そのケプラーの政府が、リリィヴァレーン号についての情報を募っていてな。経緯を知ったので、代表して地球に向かったんだ」


 老紳士は持っていた椅子を取り出して座り、古くて大きな通信機を出した。


「これは相当古い骨董品だけども、今でもきちんと動かせる。私が小さい頃によく使っていた物だ」

「その通信機が一体……」

「まぁ、少し長いが昔話を語らせてくれ。折角ここまで来たのだから」


 話を聞くと、老紳士は小さい頃から宇宙の音を聞くのが好きらしい。よく祖父が持っていた通信機を盗んで聴いていたのだと。

 ヘッドホンをかぶって、一生懸命に周波数を弄りまくるのが楽しくてね。と、懐かしむように語っていた。


「その時に、いつも通り音を探していると、とある音声データを受信してしまってな。確か自分の名前と船舶名を言っていたよ」


 そして、老紳士は録画していた音声記録を流しだす。


 ……あぁ、懐かしい。

 トランが毎日発信していた、あの航海記録じゃないか。この記録はまだ始めて4日目の内容だ。とても懐かしい。


「あの時は驚いたさ。私は遭難している船がいると祖父に言ったんだが、もう無駄だと返された。その音はとても遅い速度で流れてきて、既に大昔の出来事なのだと」


 私は懐かしむように、老紳士の話を聞いている。


「それから、私がこの年になってから丁度一年前、政府が私に尋ねてな。リリィヴァレーン号という船について知っているかと。今さらその通信が届いたらしいんだ」

 

 老紳士は巨木を見上げ、輝く葉っぱを見つめた。

 そして、トランが残した最後の音声データを動かす。人の声はまだ流れず、雑音交じりの音声だけ流れていた。


「その名前を聞いて思い出したさ。あの時の難破船が地球に辿り着いたのだって。私は集めた音声データを纏めて、ここにやって来た。目的は彼が残した最後のメッセージが気になっていたのだ」


 ――ハロー、僕はトラン・スモールマンだ。遭難してから今日で19291日が経った。もうすぐ地球に着いてしまう。残念だけど、これで最後の記録となる。とても長くて悪いけど、今までの思い出を語らせて欲しい。


 それは、トランが息を引き取る前日の記録。私が知らないデータだった。

 私は静かに、最後の記録を聞き続ける。


 最初の話は私が誕生した内容だ。トランが歓迎していたあの表情は、我が子が産まれた頃のような嬉しい思いがあった。

 トランはリリィヴァレーン号に乗る前、妻とそのお腹の中にいた赤ちゃんが環境汚染によって亡くなってしまったと。そして、地球から逃げたくて、調査員に志願したのだと弱々しく語っていた。


『でも、リリィのおかげで僕は前向きになれたんだ。あの時、環境に良くなるって教えてくれたのが一番大きいのかな。リリィがいなければ、僕はとっくにいなかったのかもしれない』


 トランは私のことを褒め称えていた。

 しかし、私はまだ疑問が残っている。どうして、帰るのを拒んでいたのだろうか。


『これから、リリィに悪い事をしてしまう。僕は地球に帰りたくない。亡くなった妻と赤ちゃんの事もあるけど、一番なのはリリィに酷い事をさせたくないんだ』


 酷い事をさせたくない……? どういうことだ?

 私はその疑問を解消する為に、通信機から流している話の続きを待っていた。


『荒廃した地球を見せたくなかった。人類の過ちに関して、暴走して欲しくなかった。これが理由だ。でも正直、悩んだよ。リリィが成長していくのが凄く嬉しくて、優しい人のように育っていた。だからこそ人を傷つけてしまう、怖いリリィにさせたくなかったんだ』

 

 私は全てを知った。

 だから、トランは地球に帰らなくていい、と私に言っていたのか。

 確かに、そのような事情が知らなければ、実際激怒していたのかもしれない。

 結果的に私は悲しみながら地球に辿り着いていたが、そうなる未来はあったと自覚している。


 トランは思っていた以上に、私を見ていたのだ。あの時、トランが焦っていたのは、私についてだったのか。

 そこまで私の事を心配していたのですね、トラン……。


『もし、この音声を聴いている人がいたら頼みたい。僕の願いは、リリィヴァレーン号に残された僕の娘――リリィを優しく接して欲しい』


 私は言葉を失い、泣き沈む。

 トランは最後の最後まで、人ではない人工知能の私を想っていたのだと。


 トランが発信し続けていた音声記録は、無駄な行為ではなかった。必要だった。

 果てしない宇宙の中で残した記録は、長い時間を掛けてちゃんと届いていた。

 トランの願いは叶った。過去を超えて今へと続き、やっと叶ったのだ。


 最後の録音はここで終わる。動いていた通信機は止まり、完全に停止した。

 

「これで終わりだ。残りのデータは君に贈呈するよ。……これから君はどうするのか、私に教えて欲しい。もし、希望があればケプラーに移住しても、私達は歓迎するが……」

「私は……。私はここにいます」


 次なる願いを見つけた私は、老紳士に伝える。

 

「トランが愛した星を、故郷を。今までにない程の、素晴らしい星にします。それが今の願いです」

「分かった。最後に惑星ケプラー代表の言葉を言いたい。無責任の人類で済まなかった」

「……許しましょう。あなたがここに来て、このメッセージを教えて下さらなければ、私は何も無かったのですから」


 老紳士は用事が済んだ後、地球から飛び去った。次は本格的な親善大使を派遣し、星間同士の交流を計るのかもしれない。


「ありがとうございます。また会いましょう」

 

 私はお礼を言い、今後に向けて動きだす。次は、ケプラーの人達をこちらに呼び寄せよう。

 今の地球は、ここまで素晴らしくなったのだと伝えるためだ。



 ◆



 地球とケプラーとの交流を始めてから、数十年が経った。

 かつて、人類の行いによって荒廃してしまった惑星――地球。その星が美しい惑星へと変わり、奇跡の星になった。

 今では、祖先達が過ごしていた故郷を訪れようと、人達が溢れかえっている。

 この星を保護している者はただ一人しかいない。人工知能のリリィ・スモールマンだ。

 長い年月が経っても尚、大切に地球を守っていた。


 リリィはいつも同じ場所、地球で一番巨大な大木に立ち寄っていく。

 そこには、少しだけ立派な二つの墓石。そして、たくさんの白い花々が輝くように咲いていた。

 そこで、リリィは白い花に水をやりながら、毎日語り掛けている。

 

「お父さん。私はここにいます。今日は、森にいる大きくて優しい狼が赤ちゃんを産むそうです。私は狼と一緒に――」


 リリィは今日の出来事を告げてから、ゆっくりと森の奥に消えていった。


 大理石の墓には、とある二つの名前と言葉が書かれている。


 ――トラン・スモールマンとエリカ・スモールマン。リリィ・スモールマンが繋いだ軌跡を齎した二人。二人が愛し続けたこの星、『地球』にて眠り続ける――

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リリィ・スモールマンが繋いだ軌跡 山埜 摩耶 @alpsmonburan

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