・11―14 第226話:「帰郷:2」

 やがて、源九郎とフィーナが村に帰るために、支援のために食料を積み込んだ馬車の隊列と一緒に出発する日がやって来た。


「フィーナ! 源九郎! また、いらしてくださいね! 絶対に、ですわよっ! 」

「うわっ、おねーさん、苦しいだよっ」


 王都・パテラスノープルの西の城門。

 最初に街に入る時にくぐったその場所で、見送りに来たセシリアにきつく抱きしめられたフィーナが嬉しそうな悲鳴をあげていた。

 お姫様は、高価な絹で作られたドレス姿で、これでも普段着ということだったが、とても旅に出られる服装ではない。

 どうにも、彼女としては今回の帰郷にもついて来るつもりでいた様子なのだが、もう王女が行方不明になるのはこりごりだと以前よりも監視の目が厳しく、止むを得ずここで見送り、ということになった経緯があるらしい。

 涙ぐんでいるのは、せっかく仲良くなれた年の近い友人と離れ離れになる寂しさと、もう旅には出られないかもしれないという悔しさ、切なさからかもしれなかった。


「タチバナ、元気でな。道中、気をつけて」

「なぁに、今度は護衛の兵隊さんもいるからな。馬車にも乗せてもらえるし、楽なもんさ。……ラウル、お前も元気でな。セシリア嬢ちゃんのこと、しっかり見ててやってくれ」

「ああ。任せておいてくれ。……正直、骨が折れそうだがな」


 互いに抱き合って別れを惜しんでいる少女二人の横では、源九郎とラウルがガッチリと握手を交わしていた。


「マオさんも、元気でな。商売、うまくいくといいな! 」

「はいですにゃ。ミーは、ここでしばらく商売についていろいろ勉強させてもらって、誰からも信頼していただけるような真っ当な商人になってみせますにゃ! 」


 それから、猫人族の商人、マオとも固く手を握る。

 フィーナと仲直りすることができてから、彼はすっかり元気と陽気さを取り戻していた。

 もちろん、自分勝手な行いをしてしまったという反省はしっかりとあって、商業の中心地でもあるこの街で修業し、誰かを裏切ることのない、誠実で信頼のおける商売人を目指すという決意を持っている。

 それぞれの場所で、それぞれの生きる道を進む。

 空は、カラリと晴れていて、雲一つない気分の良い天候。

 新しい旅立ちと別れにふさわしい、爽やかな天気だった。

 ———仲間たちと順々に挨拶を交わしていく源九郎だったが、しかし、心残りもあった。

 原因は、緑髪のエルフ、ルーンだ。


「あの……、ルーン、さん? やっぱり、俺の刀、返してもらえないんすかね……? 」

「俺の、じゃ、な……い。こ、れ、私……の」


 ダメ元でもう一度願い出てみるが、しかし、取りつく島もない。

 サムライの、刀。

 この世界に転生してきた際に神が持たせてくれたそれは現在、ルーンが保持している。


「手を……貸、し……て、あげ……た。だか……ら、こ、れ……は、も、う、私の、も……の」


 そういうことらしい。

 あらたな旅に出ると決めてから何度も、何度も願い倒しているのだが、エルフはよほど刀が気に入っているのか、頑固だった。

 どうにも彼女は、ケストバレーでできなかった鍛冶師としての修業を、王家の斡旋あっせんでここ、パテラスノープルで行うつもりでいるらしい。

 そして刀は、その際の貴重な教材にされてしまうようだった。

 今も、彼女のローブの下には鞘に納められた刀がある。

 修理する方法が分からず、折れたままではあったが、しかし、それでもそれがないと困ってしまう。


「参ったな……。これじゃ、カッコつかないぜ」


 まだ脇差はあったが、それだけでは心もとない。

 サムライ、武士と言えば、二本差し。

 太刀と脇差がそろってこそ、という意識があるのだ。


「ならば、コレを持っていくが良い」

「わっ!? ……と、珠穂さん? 」


 困り果てていた時、横合いからにゅっ、と大太刀の柄が差し出されて思わずのけぞり、それから鞘を握っている巫女の姿に気づいた源九郎は、意外そうな顔をしていた。

 実を言うと、珠穂とは、王宮でもてなしを受けて以降、会っていなかったのだ。

 なんだか最初に出会った頃に戻ったかのようによそよそしい態度を取るようになって彼女は素っ気なく、また話がしたいなと思っていても少しも姿を見せてくれたりはしなかった。

 目的があって、旅をしているということは知っている。

 だからもうとっくに王都を旅立ってしまっただろうと思っていたのだが、どうやらそうではなかったらしい。

 編み笠の下から、真剣な眼差しが向けられていた。


「い、いいのかい? 俺が、使わせてもらっても? 」

二言ふたことはない。……そもそも、わらわの手には余る代物であったからの。しかし、そなたの体格と技量ならば使いこなせるであろうし、まぁ、悪用されることもなかろう。案ずるな、わらわには他にも得物はあるし、なにより、小夜風さよかぜがついておるからの」


 神妙な声でたずねると、そんな返答が。

 巫女の足元にお行儀よく座っていたアカギツネも、「任せておけ」と言うように短く鳴いてみせる。

 多くの秘密を隠し通したままではあったが、珠穂のことだ。

 この、彼女の体格では扱いに困る大型武器も、なにか理由があって持ち歩いていたのに違いない。

 それなのにこう申し出てくれる、ということは、相応の理由や考えがあってのことなのだろう。


「わかった。大切に、預からせてもらうぜ」


 プライドの高い珠穂のことだ。

 変に遠慮してしまってはかえって怒らせてしまうだろうと思った源九郎は、ありがたく、その大太刀を受け取った。


「銘は、[閃影]じゃ」


 言葉少なに。

 用件だけを済ませると、巫女は、その存在に気がついたセシリアやフィーナにも短い別れの挨拶だけを残し、アカギツネを伴って去って行った。

 また、自分の旅を再開するのだろう。

 だがその前に、彼女なりにあった思うところに従ってこの場にあらわれ、そして、大太刀を託して去って行った。


「この刀……、大事に、使わせてもらうぜ」


 サムライはそう呟くと、小さくなっていく巫女の背中に向かって、深々とお辞儀をし、珠穂の旅の目的が無事に果たされることを願っていた。

 その時、食糧支援の馬車隊の隊長がやってきて、そろそろ出発したい、と伝えて来る。

 どうやら別れを惜しんでばかりもいられないらしい。


「それじゃぁ、またな! みんなっ! 」


 最後にもう一度、見送りに来てくれた仲間たちと挨拶を交わし、源九郎はフィーナと一緒に馬車に乗りこむ。

 それは、ひとつの旅の終わりであり、そして、新しい旅の始まりであった。


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〇プチあとがき


 本作をここまでお読みいただき、ありがとうございます。

 アマチュア小説家の熊吉です。


 本作は、本話を持ちましていったん、休載となります。

 今後の物語のプロット作成、キャラクターなどの設定の煮詰めなどの作業を行わせていただき、あらためて、投稿を再開させていただくつもりです。


 異世界に転生することとなった令和のサムライ、アラフォーのおっさんの物語は、まだまだ、続きます。

 本章、11章では、すでにいくつか伏線も仕込ませていただきましたので、それを回収するところまではなんとか、続けさせていただきたいと考えております。


 今後もお楽しみいただけますように頑張りますので、どうぞ、よろしくお願い申し上げます。

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殺陣を極めたおっさん、異世界に行く。村娘を救う。自由に生きて幸せをつかむ 熊吉(モノカキグマ) @whbtcats

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