・11-13 第225話:「帰郷:1」

 王家主催のもてなしも無事に終わり、辺境の人々の窮状きゅうじょうを知らせ、救う手立てを講じさせるという、旅を始めた目的も果たすことができた。

 達成感と、安心感。

 それらを手土産に王宮を離れた源九郎は、それから数日間、フィーナと一緒に王都・パテラスノープルの観光を楽しんだ。

 使命は果たした。

 当面の間、絶対にやらなければならない、ということはないし、幸い、トパスも国王ニコラウスも報酬を惜しまなかったから、しばらく金銭のことを気にせずにいられる。

 あまり世話になり過ぎるのも良くないから、と、このまま屋敷に泊まっていればいいと言ってくれたトパスに断りを入れ、王都の一画で営業している手ごろな値段の宿を取って、気ままにあちこちを見物して回る。

 交易の中心地であるパテラスノープルは、見ていて少しも飽きない場所だった。

 様々な衣装を身に着けた、異なる文化に属する人々が行き交っている光景はいつも賑やかで、市場には珍しい商品が溢れ、活気がある。ラクダの背中に絹を始めとしたたくさんの品々を積んだ隊商や、セペド王国からの穀物や、他の国々との交易品を満載した貿易船が盛んに行き交う姿も、ずっと見ていられる気がする。

 食べ歩きをすることも楽しかった。大きな串に四角く切って味付けをした肉をたっぷりと豪快に突き刺し、火の前でゆっくりと回転させながらあぶり、火の通ったところを削ぎ落して食べる、地球で言うところのドネルケバブや、海が近いことから魚介類をふんだんに使った料理は、どれも美味しく、出される店でそれぞれ微妙に味わいが違っていて楽しい。

 果物の類も色とりどりあって、食べたことのないものに挑戦するのが二人のちょっとしたブームになった。デザートなども種類が豊富で、焼き菓子がたくさん売られていたし、プリンのような味がするスフレも売っている店がある。

 時には、ラウルや、セシリアが街並みを案内してくれることもあった。犬頭の獣人は任務を完了した褒美と念のための療養で休暇が与えられており、暇だった、という理由で付き合ってくれたのだが、お姫様の方は家出していた分たっぷりとお勉強やお稽古をさせられているのがたまらず、隙を見つけては逃げ出してきているらしかった。

 源九郎は、自分自身もあちこちを見て回るのが楽しくてしかたがなかったが、なにより、生まれ育った村のことしか知らなかったフィーナにいろいろなものを見せてやれることが嬉しかった。

 彼女は十三歳に過ぎない。令和の日本で言えば中学生で、まだまだ遊びたい盛りのはずだったが、村では貧しくそんなことをしている余裕はなく、当たり前に働いていたし、文字も十分に読み書きできないほどだったのだ。

 そんな彼女が、普通に、日本の街角で楽しそうにしている少女たちと同じように笑っていることができる。

 目の前で育ての親を奪われ、自分自身と引きかえに村を救ってくれるように野盗たちに懇願するほど、悲壮な覚悟を固めたこともあるフィーナに、そういう、年相応の笑顔があることは、自分自身、村を守り切ることができなかったという負い目を感じている源九郎にとっては、幸せなことだったのだ。

 だが、楽しい時間も、終わりにしようか、ということになった。

 まだまだ王都のことは見物し足りなかったし、少しも飽きてはいなかったのだが、灰燼かいじんに帰した元村娘の故郷に残り、必死に再建に取り組んでいる人々がどうしているのか、確かめずにはいられなくなってきてしまったからだ。

 都合のいいことに、辺境の人々を救うための支援の第一陣が、近く出発することになっていた。

 国王ニコラウスが約束してくれた、食料の支援。

 フィーナが暮らしていた村や、中央から離れているために忘れ去られていた他の村々に配れるだけの量が手配され、馬車に積み込まれようとしている。

 今から輸入するにしては早いな、と思ったのだが、どうやら、できるだけ迅速に支援を行うために、戦争や災害に備えて備蓄していたものを回すことになったらしい。

 セシリアに聞いたところによると、王兄おうけい・カリストスの進言によって実現したのだという。

 他にも、税を免除したり軽減したり、労役を軽くする、などの方策が取られることが決まっている。

 具体的にどれだけのことをするのか、というのは、調査のために派遣された役人たちの報告を受けてから詳細を煮詰めることにはなっていたが、源九郎たちが望んだとおり、根本的な対策と改善が行われる。

 その知らせを、早く、故郷の人々に伝えたい。

 そして、喜ぶ顔が見たい。

 観光の最中、どこかソワソワとした様子で、生まれ育った村のある方角の空を度々見つめているフィーナの様子に気が付いた源九郎が、「そろそろ、帰ろうか? 」とたずねると、少女は「うん。村に、帰りてぇだ」とうなずいてみせた。

 こうして、二人はまた、旅立つことになった。

 どちらにとっても忘れ得ない、あの村に帰郷するために。


(そこから先は、どうするか……)


 無事に役目を果たして戻るのだから、もしかすると、フィーナはまた、元の村で暮らすことになるのかもしれない。

 そうなると、源九郎は、やることがなかった。

 これまでは長老に頼まれたというのもあるし、村を守り切ることができなかった自分には責任があるという思いからずっと彼女と行動を共にしてきていたが、もし、村に戻るというのなら、その必要もなくなってしまう。

 もちろん、自分もそのまま一緒に暮らす、という選択もあるだろう。

 しかし、せっかく異世界に転生したのだから、もっともっと、いろんな場所を冒険してみたいという思いもある。


(……ま、村に帰るまでの間に、じっくり、考えることにしますかね)


 サムライは、気楽にそう考えることにした。

 なぜなら、今の彼には果たすべき使命はなく、なんでも、自分自身の思う通りに決めることのできる、自由があったからだ。

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