第66話 気付かなければ……

 メンバー入りした瞬間から宇佐美による厳しい練習が始まった。


「澪、サビはもうちょい気合入れて」


「りょ、りょうかい!」


「藤木、テンポズレてる」


「ごめん!」


 ガラガラ声にも関わら宇佐美がアドバイスしてくる。


 これじゃあわざわざボーカルを選んだ意味がないんだが。


 まぁ、歌うことが無いだけ十分か。


 それにただ厳しいだけじゃない。


「ここは前より上手くなっている」だとか、「リズムはつかめてきている」だとか、褒めてくれる部分もある。


 だからやる気を保てたし、俺と澪も熱血指導に必死に食らいつけた。


 そんな不安定な状態にも関わらず、宇佐美の熱血指導は続いた。


 自分でもかなり上達したと思う。


 後半の練習は宇佐美も少ない小言ですんだ。


 よし、今日も学校での練習が終わったら自宅で自主練だ。


 澪に恥をかかせないように、そして宇佐美の期待に応えるために頑張るぞ。


 いま、中学時代の陸上部並みに真剣に取り組んでいる。


 ここまでやってるんだ。


 文化祭のステージ発表は、絶対に成功させてやる。


 ♦♦♦


 ある日の朝、朝練を行うためにあくびをしながら学校へ向かっていると、


「藤木」


 後ろから宇佐美が話しかけてきた。 


「おはよう」


「はよ」


 控えめに挨拶し、俺の横に並ぶ。


「つかさ聞きたいことがあるんだけど」


「ん?」


「あんた、澪なんかと接点あったっけ?」


 なんて答えるのがベストなんだ?


 小説書いていることはまだ言いたくない。


 ポエムをバカにしてきた宇佐美なら、俺の書いた小説もバカにしそうだからな。


 バカにされたらトラウマが蘇ってしまう。最悪の場合、過呼吸になるかも。


 ここはいつも通り誤魔化そう。


「うーん、まぁたまたま趣味があってさ。そこから少し話す仲になっただけ」


「趣味? どんな?」


「あー、ま、まぁアニメとか?」


「アニメ? なんていう?」


 ……澪ってアニメ観るのか?


 ラノベ読んでいるからアニメも観ていそうだけど……。


 具体的にはわからない。


 適当なことを言ったらすぐバレるよなぁ。


 ここは適当にあしらっておくか。


「ラブコメ系だよ」


 俺はラノベ発のアニメで有名なやつを2個ほどあげた。


「ふーん。そんなの観る感じしないけど」


 同意しかない。


 澪が観ている姿が想像できない。


 実際、観ていないのかもしれない。


 今更引っ込められないけど。


「よくそんなアニメの話になったね」


「原作のラノベを学校で読んでたら話しかけられてさ。あんときは焦ったよ」


「きょどってそう」


「そりゃあな」


「でも、そんなことから誘えるくらいまで仲良くなるなんてね。藤木って意外とコミュ力高い?」


「どうかな?」


 はやくこの話終われ。


 そう思った俺は宇佐美に指先のケア方法を質問した。


 するとすぐにその話題となり、澪の話は出なくなった。


 とりあえず一安心だ。


 ……………あとで澪にどんなアニメ観ているか聞いておこう。


 ★★★


「おつかれさまー!」


 朝練が終わった。昨日合わせた時よりも格段に良くなっている。


 澪は音程が安定してきているし、藤木もギターのミスが少なくなってきた。


 ちゃんと2人とも練習してきている。


 このまま練習を欠かさずにいけば、ステージ発表は確実に成功する。


「じゃあ、私今日日直だから先行くね」


「俺も昨日出された課題やってないから先行くわ」


 澪と藤木が出て行った。


 ウチは楽器を丁寧にしまう。


 やばい、いまめっちゃいいビートを刻んでいる。


 今から発表するのが待ち遠しい。


 2人とも軽音部に入ってくれないかな。


 いや、いっそのこと3人でバンドを組みたい。


 澪の歌声がウチにはない可愛らしい声だし、デュエットもいける。


 藤木はまぁプロどころかアマチュアでも通用しないけど、筋はいいから1年もすればそれなりに上手くなる。


 楽しみだ。


 片づけを終え、ウチも旧校舎をあとにした。


 教室に入れば、退屈な日々の始まり。


 1時間目は退屈な数学の授業だ。


 はぁ……時間を無駄に使ってる。


 なんでこんなところにいるんだろう。


 高校なんかいても、なんも面白くないのに。


 両親が、楽器買ってやる代わりに高校卒業しろっていう約束してるから出てるけどさ。


 はぁーだるっ。


 左を向くと、藤木がいる。


 ノートにせっせと書いては、スマホをいじってる。


 小説でも書いてるのかな?


 うん、たぶん、絶対書いてる。


 ポエム書くぐらいだもん、小説ぐらい書くよね。


 今度何書いてるか問い詰めてやろ。


 ……それにしても、藤木と澪にこんな繋がりがあったとは。


 意外。


 ただの陰キャじゃなくて、それなりにコミュ力ある陰キャだったんだ。


 そんなふうに見えないけどねぇ~。


 というか、藤木の隣りは澪か。


 だったら話す機会もないことはないか。


 澪は優しいし、人を見かけや立ち位置で判断しない。


 藤木と仲良くなることもあるか。


 こんな分け隔てなく接する顔も性格もいいスーパー美人がいたら、そりゃあミスコン1位にもなるか。何を隠そう、ウチだって澪に票をいれたからね。


 流れでぼーっと澪のことを見る。


 そういえば、澪って好きな人いるって話があったっけ。


 澪の好きな人って誰なんだろう。


 彼氏がいるって噂はないし、本人も否定しているから今のところ確実にいない。


 澪なら告白すれば絶対に付き合えると思うけど、なんで告白しないのかな。


 振りすぎて、どんな告白したら成功するかわからないとか?


 ありそ~。


 くすっと笑ってしまう。


 それ絶対あるよね。モテる人の弊害だわ~。


 でも、どこの誰なんだろうか。そんなラッキーボーイは。


 はやく澪の想いに気付かないと、大きな魚を逃しちゃう―――


「―――っ」


 手に持っていたシャーペンを落としてしまう。


 うそ、まさか、そんな……澪の好きな人は……。


 目頭が急にあつくなり、目の前がじわ~っと滲む。


 あんな陰キャが……。


 でも、きっとそうだ。


 いくら鈍感で、人のことをよく見ていないウチでもわかった。


 ポタ、ポタ、と涙がノートに落ちる。


 泣いている自分を隠すように俯く。髪が長くてよかった。俯くだけで顔が髪の毛で隠れるから。


 ああ、そうなんだ。


 澪の好きな人って……藤木なんだ。


 ずるいよ……。


 勝てないよ……。


 ウチの恋……終わった。

 



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学校1位の彼女が、なぜか俺にだけ妙にぎこちない。若干ポンコツ? taki @makabe3takimune

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