第65話 3人目

「2人で出るのはよそう」


「なっ!?」


 ガバッと起き上がるところを、俺が優しく静止した。


「待て待て。話は終わってない。最後まで聞いてくれ」


 不満な表情を浮かべつつも、宇佐美は横になる。


「2人では出れないと思う。というか、俺は反対だ。思い出よりも、お前の声の方が大事だ」


 でも、と言いたそうな顔だったが、発言はさせない。


「はっきり言う。俺は宇佐美のつくる曲が好きだ」


「っ」


「その曲を最もよく歌えるのが宇佐美、お前の喉だ」


 嫉妬すら起きないほど、魅力的な声と歌。


 去年の文化祭で聴いた、どんな歌よりも宇佐美の歌の方がすごかった。


 心が揺さぶられた。


 宇佐美には才能がある。


 部屋を見回せば、手入れされている楽器、楽譜に書き込まれたたくさんの文字、ボロボロになるまで読み込まれたスコアブック。


 才能を伸ばす努力もできる。


「音楽に詳しいわけではないけど、初めて宇佐美の歌声を聞いた時、不覚にも泣きそうになったんだ。心の奥底に響いた。普段アニメや映画で泣かない俺がだぞ。それくらい凄いんだ。好きなんだ」


 宇佐美は黙って聞いている。


「宇佐美、お前の将来の夢はシンガーソングライターだろ?」


 宇佐美は答えない。それが答えだ。


「部屋に楽器があって、ちゃんと手入れしている。曲を作り、自分で歌う。しかも上手い。ここまであって、シンガーソングライターになりたくないっていうほうが信じられない」


 部屋の片隅には段ボールがあり、そこには可愛らしく親しみやすい字で『hachiwo』と書いてある。


 そんな段ボールの用途なんか1つしかない。


 路上ライブだ。


 『hachiwo』はきっとアーティスト名。


 おおかた、七緒だとバレるから嫌だけど、七緒のエッセンスも入れたいからということでこの名義になったと予想がつく。


 だけど、ここでは言わない。


 俺が小説を書いていることをバラされたくないのと同じで、宇佐美も路上ライブやっていることを知られたくないのだろう。だから黙っているんだ。


「宇佐美はシンガーソングライターになれる。絶対になれる。もし宇佐美が曲を出せば、俺は買う。ライブがあれば、どこであろうと行く。それほど、お前はすごいやつなんだ。だから、ここで喉を潰してほしくない」


 宇佐美の目が潤み始める。


 悔しいのか、悲しいのか。


 宇佐美がなぜこれほどステージ発表に命を懸けているのかがいまいちわからないが、俺だって引けない。


 こんなところで宇佐美に無理はさせない。


「じゃあ、宇佐美の代わりに誰がボーカルを務めるのか、だよな」


 宇佐美が呆れた目で俺を見てくる。


「大丈夫だ。俺じゃない。歌ってもいいが、多分ずっこける」


 “絶対”でしょ、と宇佐美の顔が言っていた。


「目星はついている。一人適任がいるんだ。安心しろ。その人物は―――」


 ♦♦♦


「えっと……渚波澪です。歌うのは好きです。カラオケはよく行ってます。よろしくお願いします」


「なんでそんなにかしこまってるのよ?」


「な、なんとなく……空気が……」


 澪の苦笑が放課後の旧校舎の教室を満たされる。


 そう。

 

 大物助っ人とは、澪のことである。


 もともと澪がカラオケ好きなのは知っていた。


 よく友達に誘われているところを目撃したからな。


 そこで思い切って誘ってみた。


 歌は聞いたことないけど、めちゃくちゃうまいと思う。


 誘う前に偶然一人で廊下を歩いていた牧野に聞いたところ、


『精密採点で平均98点! 音程を調整して歌えば100点も狙える逸材! ビブラートもロングトーンもオッケー! 歌で落とした男は数知れず――――って、ミオミオは顔面ですでに落としまくっているか。とにかく歌はめっちゃくちゃうまい!』


 とのことだった。


 牧野の太鼓判があったのが決め手となった。


 メッセージで誘い、旧校舎に来てもらったわけだ。


 恥ずかしがりつつも、『本当に必要と思ってくれているのなら』と快く引き受けてくれた。


 まさかこんなにあっさり引き受けてくれると思っていなかった。


 でも、これで欠けていたボーカル問題は解決した。


 ふぅー、一安心だぜ。これでメンバーがそろった。


「はぁー……なんだ~……」


 澪が安堵と落胆が混じったため息を吐く。


「どうしたんだよ?」


「だって、良介くんからメッセージで『大事な話があるんだ。教室では話せないから人気のない場所に来てほしい。人気のないところがいいから、旧校舎でもいいかな? 大丈夫。特別に許可貰っているから。あ、呼ばれたことは誰にも言わないでね』と言うから……ちょっと期待したっていうか……」


 後半ごにょごにょしてて、俺も宇佐美も聞き取れず首を傾げた。


「と、とにかく、2人はバンドを組んでるの?」


「そうだな」


「へぇー、でもなんで?」


「なんでって……」


 ポエムが見つかったから、とは言えない。


 いくら小説を書いていることを知っていても、ポエムを書いていることはバラされたくない。


「ほ、ほらやっぱ、青春! 青春を過ごしてみたいからさ! 文化祭でバンド発表なんてそれの典型でしょ!」


 宇佐美が隣でくくくと笑う。


 馬鹿野郎、笑うんじゃない。嘘だってバレるだろ。


 まだ熱があるのだから来なくていいと言ったのに、結局来た。


 本人は『本調子に近い』と言っているが、喉はガラガラだし明らかに顔に疲れがある。喋る時も慎重に言葉を選んで、なるべく少ない単語で話す。


 明らかに本調子とは程遠い。


 でも笑えるくらいまで復活したならいいけど。


「う~~ん」


 澪がじとーと見てきた。


「ほ、ほんとだって」


「そう言われたら……信じるけど……」


 口調とジト目が、不信感を露わにしていた。


「気を取り直して、練習にしよう。本番まで時間がない。さっさと―――」


 宇佐美が俺の前に手を出してくる。

 

 そうだったな。澪を加入させるには条件をクリアしなければならないんだったな。


 このことは俺から伝える。


「誘っといて悪いんだけど、今から加入のテストをやってほしい」


「加入のテスト?」


 俺は頷いた。


「ちゃんと歌うことができるのテスト。2人が認めたら、メンバーに加入する」


「なるほど……」


 澪の声のトーンが落ちた。


 それもそうだ。こっちから誘っておいてテストするなんて失礼だ。


 怒られても断られても文句は言えない。


「ごめん。失礼な話———」


「わかった。何を歌えばいいの?」


 真剣な表情の澪がスパッと答えた。


「え、あ、えーと……」


 俺が答えあぐねていると、宇佐美がスマホのディスプレイを澪に向けた。


「この4曲の中から選んで歌えばいいのね?」


 宇佐美が出した課題曲は誰でも知っている名曲だ。


 どれも歌うのが難しいといわれている。


 宇佐美が見るあたり、求めているレベルも高いのだろう。


 カラオケ採点平均98点ということは、98点以下もあるってことだ。


 点数が低くなるのは、きまって難しい曲。


 澪、いけるだろうか。


「得意なのでいい」


「どれも歌えるよ」


「じゃあ」


 宇佐美が一番上の曲を選んだ。


「わかった」


「歌えるの?」


「うん。大丈夫」


 すぅーっと息を吸い、吐いた。そして俺たちを正面に据える。


「いつでもどうぞ!」


 宇佐美がスマホをタップし、音を流す。


 澪が歌いだした瞬間、空気が変わった。


 ―――心が揺れる。


 声が心に響いてくるし、声質もよい。


 綺麗なビブラート。


 適任だ。


 ふと横を見る。


 宇佐美は驚いたように目を見開いていたが、次第に歌を楽しんでいた。


 すごいな、澪。


 音楽に対してめちゃくちゃストイックな宇佐美をここまで魅了するなんて。


 俺には手の届かない存在だ。


 いや、俺が好きになっていいレベルの人じゃない。


 歌い終わった瞬間、俺は拍手していた。


「あ、ありがとう……どうだった?」


 宇佐美は頷いた。


「短いけど、これからよろしく」

 

 3人目のメンバーが決まった。


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