第9話 試験後:想いを胸に
「お二人ともお疲れ様です 期待以上の動きでしたよ」
労いの言葉をかけるエリアス。レグルスの言う試練を乗り越える事が出来たからだ。
与えられた試練とは兵士入団試験の事。その内容は『魔獣を倒せ』という至ってシンプルなものである。
だが魔獣とは名ばかりで、獣以外の魔物が多く、それどころか終盤に関してとても強力な魔物ばかりで二人は死にかけていた。
「もうやだ……だから兵士なんてなりたく無いんだよ……」
「流石に死ぬかと思ったよ〜」
やつれた表情で戻ってきたバトラーとは対照的に、まだ余力を残してそうなリン。
「おや? リンさんはまだいけますか?」
「顔に出さないだけっすよソイツ、本当はもう身体中ボロボロなんですから」
「せっかく強がってるのにバラさないでよ」
バトラーの付与魔法により、身体能力を劇的に上げる事が可能である。だが、当然力の代償は払わなくてはならない。
短時間であれば大した負担も無いのだが、長く使えば使うほどに、戦いの後は底上げされていた筋力などは著しく低下してしまう。
「ですが驚きましたね。付与魔法自体は初歩的な魔法ですが、あれほどの出力となるとそう使える者は居ませんよ」
「コイツ専用に改良しましたからね」
どんなに初歩的な事であっても、技術を極めさえすればそれは立派な武器である。
バトラーの場合は更に特化したやり方であり、魔力を込める対象を専用に合わせた術式を使う事で、対象者をより一層強力に仕上げる事が出来るのだ。
「同調させる能力に優れているという事ですよ。胸を張って誇ってもよろしいのでは無いですか?」
「そうでもないんですよこれが」
強力な"
「オレの付与魔法は残念ながら"自分には使えない"んですよ。物には付与は出来ても自分自身の強化には使えないって欠陥品……だからこうして誰かに使わなきゃ機能しない」
自らは戦わず、リンに剣を貸して完全に付与魔法に専念するしかなかったのはそれが理由である。
「それからもう一つ、どうにも"相性"ってもんかあるらしくて……オレの場合は人に使うと悲しいことにコイツにしか使えないんですわ」
「指差して悲しいなんて言わないでよ」
「だからオレを入団させるのはやめた方が良いっすよ、使いものにはならないんで」
「それを決めるのは"俺"だ、お前では無い」
特に不機嫌そうにも喜んでいるようにも見せない態度で、試験官であるレグルスが姿を二人の前に姿を見せた。
「ご苦労だった これで試練は終了だ」
「他の人にやる時はもう少し難易度下げたほうがいいですよ?」
「俺に実力を隠そうとした罰だ」
(やっぱり見抜かれてたのか……)
「逆に考えようよ 僕達の実力ならクリア出来るって信じてたってことなんでしょ?」
「さあどうだか……一つ言っておくがこれからは口の利き方に気をつける事だ "上官"にその様な口を聞けばどうなると思う?」
今までリン達の態度が許されていたのは、ただの"旅人"に過ぎなかったからだ。
「もしかしてオレ達……?」
「全て倒せば合格なのだからな、当然だ」
試練を乗り越えれば、正式な兵士として迎え入れる。元々その為に二人を呼び出して戦わされていたのだ。
「ちなみに辞退って出来ます?」
「諦めろ。お前にはしっかり働いてもらうからな」
「オレの悠々自適に余生を過ごす計画が……」
「おじいちゃんみたいだねバトラー」
「世界に平和を取り戻せば出来ますよ」
嘆くバトラーを誰も励ましてはくれなかった。
「兵士として貴様らを正式に認める事となったが、何処への所属かはまだ決まっていない。改めて聞くが希望はあるか?」
「姫様の側近」
「却下だ」
「ちなみに弓の経験は?」
「どっちも無いっす」
「弓兵は無しか、衛生兵も除けば……銃剣の類は?」
「僕達二人とも独学だからね……」
リンの剣術とバトラーの魔術は賊に襲われた際に自らを守る為に身に付けたものであり、流派といったものは無い。武器に関してもなるべく使い捨てにならず、手頃でもある剣を護身用としていただけである。
「そうなると歩兵しかないか……ならば前線に出て剣を──」
「──でしたら"お試し"というのも、宜しいかもしれませんね」
性格だけでなく能力まで癖のある二人の配属先にレグルスは決めあぐねる。
すると、先程までここに居なかった者の声が一つの提案しに姿を現した。
「ッ!? 姫様……!?」
その者とは、この世界の争いをなくす為戦場に立ち、戦士達を鼓舞し希望の光を灯す戦姫。
聖女とも称され、そしてリンが恋焦がれる想い人、『スピカ・セルネテル』である。
「わーい! 逢いたかっ……!」
「ええい無礼者! 勝手に近寄るな!」
喜びのあまり駆け寄ろうとするリンの首根っこを掴んで、まるで猫のようにレグルスは持ち上げて止める。
「彼らの能力はまだ発展途上と言えるでしょう。ですので危険度の高い最前線に立たせるよりも、今は"学び"の時であるかと私は思います」
リンのそんな様子に微笑みを浮かべながらも、ハッキリとした口調でレグルスへと提案を述べる。
二人はこれまで誰かの教えで強くなった訳ではない。にも関わらず、現状でも戦力として申し分無い実力を発揮しているのなら、更なる可能性を秘めていると言えるだろう。
「幸い新たな戦が起こる気配はありません。この準備の時に、彼らの才能を見極める良い機会であるのではと」
「オレも姫の意見に賛成だ。見込みのある兵士を鍛えるのも我々九賢者の役目であろう?」
そしてスピカと共に来た賢者、『タリウス・カウス・ボレアリス』もまた同じ提案をした。
タリウスの審美眼は本物である。この国の多くの戦士達を鍛える指導者でもあるタリウスの言葉は誰よりも説得力があると言えるだろう。
「お二人の慧眼にそう映ったのであれば間違いはないでしょう……如何しますレグルス?」
「意義などありはしないさ」
(なんかぞくぞくと凄い人達が集まってる……)
集う実力達の光景を見て全く口を挟めず、ただ萎縮するしかないバトラー。
一方のリンはレグルスの手から解放され、スピカへと膝跨いて己が想いを伝える。
「姫様のお心遣い感謝致します ご期待に添えますよう我々も誠心誠意努めましょう」
(なんか真面目モードになってる!?)
「この様な機会を設けていただいた事、恐悦至極でございます。更にそのような寛容な慈悲を頂けるなど、最早私は貴方の剣となり盾となる覚悟の次第でございます」
「これは付与魔法の反動か何か?」
「いえ、こんな反動は無いかと……」
先程までのおちゃらけた態度から一転し、真面目にスピカと相対するリン。
スピカも驚きはしたがすぐに微笑みを浮かべると一言リンに問う。
「──期待していても、よいのですか?」
「必ずや期待に応えましょう」
こうしてリンとバトラーは無事に試験を乗り越え、兵士として戦争に身を投じることとなった。
そしてこの先多く待ち受ける戦いは、運命の歯車を大きく動き出すこととなる。
──この日の出来事は、リンが英雄と呼ばれるまでの微かな動きでしかないのだ。
いずれ英雄と呼ばれる旅人は一人の戦姫に恋をする【中編】 藤原 司 @fujiwaratukasa
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