第8話 試験:【魔物を倒せ】

「彼らをどう見てます?」

「期待はしている」


 闘技場の特別観戦室から、九賢者の二人であるエリアスとレグルスがリンとバトラーについて話している。


「意外ですね、てっきり見る価値無しと判断してるのかと」

「タリウスの推薦だ、奴の眼が曇りでもして無い限りはそれだけの実力はあるのだろう」


 この場に居ないもう一人の賢者、タリウスの推薦である。タリウスの観察眼を信じるのなら、考えがあるのだろうとレグルスは言う。


「性格に難ありだがな」

「一癖も二癖もありますからね」


 我が道を往き掴みどころのないリンの性格。もしも無事に兵士として迎え入れるとなった暁には、手懐けるのは容易では無いだろう。

 害は無いのであろうが、今後あの独特の性格に振り回される事を覚悟しておかなければならない。


「では……彼をどう見てます?」

「──バウムガルト・トラートマンか」


 通称バトラー。


 タリウスの推薦ではなくリンからの強い推薦を得て、今回一緒に試練を受ける事になってしまった、可哀想な被害者である。


「奴の情報は?」

「これといったのは何も。彼と一緒に戦う姿は目撃されてますが、ごく平凡であったと」

「それだけとは思えないがな」

「気づかれましたか?」

「当然だ、あの者は──」

「もしもし〜聞こえてますか〜?」


 二人で審議していると、審議内容の居る闘技場からレグルスに対して呼びかける。


「僕は戦えますよ〜いつでも始めてくださ〜い」

「バッカ! このまま戦わない方向シフトにしてもらってだな……」

「ではこれよりお前達には試練を乗り越えてもらおうか?」


 バトラーの願いは虚しくも叶わず、兵士入団試験が始められる。


「出てきた魔物を倒せ。倒す事が出来ればそれで終わりだ」

「分かりやすいね」

「魔物の種類は獣だけではない。岩や木といったものもいる、命の保証はしない」

「一匹じゃ……ないんすか?」

「誰がそんな事言った?」


 相手にするのは"百"の魔物。その種類もバラバラであり、中には強力な魔獣も紛れているのだと言う。


「ビーストテイマーって普通制御できんの2とか3匹程度だろ!?」

「今回俺は制御していない。だから命の保証をせんのだ」

「余計悪いわ!」

「始めるぞ。死にたくなければ戦え」


 何事もなかったかのように無情にも準備が整う。後はレグルスが合図を送りさえすれば、魔物は闘技場内を埋め尽くすだろう。


「死にたくないならがんばるしかないよ」

「そうだな腹括って死ぬ気でがんば……ん? お前"剣"どうした?」

「……あ」


 今から戦うというのに、丸腰のリンにバトラーは疑問をぶつけた。

 そしてリンは思い出す。姫に会いに行こうとした時に、待ち受けていたタリウスとの戦闘で自身の剣を失っていた事を。


「忘れてたや」

「なんで今まで忘れるかなぁ……まあオレも気づかなかったけど」


 まさかこんな事になろうとは思っていなかったバトラーは、いつも携帯している武器の存在を見落としていた。


「はぁ……しょうがねえ」


 バトラーは自らの剣を投げ渡す。これならばリンは戦える。当然これでは今度バトラーが丸腰となってしまう。


「オレが巻き込まれたのも元を辿ればお前の責任だ、だからちゃんとオレを守りやがれ」

「えぇ〜?」

「『えぇ〜?』っじゃねえよ! 最低限の援護はしてやんよ!」

「仕方ないか、なら──僕を存分に使いなよ?」


 特に動じる事なくリンは受け入れる。


 当然であった。何故なら"コレ"が普段の戦い方であるからだ。


「おうよ──遠慮なく使わせろ!」

「開始だ。魔獣達を解き放て」


 レグルスの言葉で一斉に魔物が解放される。逃げ場の無い闘技場で、二人の"餌"目掛けて襲いかかった。


「いくぜ相棒リン! 使いこなせよぉ!」


 バトラーのその言葉と共に、魔法陣が出現する。


「付与術式展開!  "ブースト"ッ!」


 眩い光がリンの身体を包み込み、内側から漲る力を湧き起こす。


「ありがとう相棒バトラー……負ける気がしないよっ!」


 押し寄せる魔物を瞬く間に斬り伏せる。


 これはリンの力だけでは無い。バトラーが扱う『付与魔法』によるものだった。


「誰にもオレに触れさせるなよ! 術式が切れちまうからなぁ!」

「言われなくても分かってるよ!」


 術式にはリンの身体能力を上げる魔力が組み込まれている。

 筋力に脚力に加え、動体視力や瞬発力等を底上げし、戦闘能力を何倍にも引き上げる事が出来るのだ。


「バトラー! "火"!」

「分かってらぁ!」


 バトラーの力はこれだけでは無い。


「属性付与! 纏えよ火炎ッ! 歯向かう敵を焼き払え!」

 そう言葉を放つと、リンに握られていた剣が火の力を宿す。

 敵のウィークポイントとなる属性を付与する事で、相手との戦いを優位に進める事が出来る。


「木の魔物には火が一番ってね? 次は"雷"よろしく!」

「暴れすぎてオレ巻き込むなよなぁ! 属性付与!」


 的確に弱点を見抜き、リンの言葉に応じたバトラーが力を貸す。


「轟けよ落雷ッ! 歯向かう敵を焼き焦がせ!」


 これが二人だけで旅をする事が出来た理由であり、ただの旅人が迷い込んだ戦場の中で姫を護り抜きながら敵を倒していった答えである。


「今丁度半分切ったぐらいかな? バトラー、大丈夫?」

「どうだかな、そろそろピンチかも」


 あっという間に半分以上倒した事で、多少の余裕が生まれた二人。余裕そうに見えるが、当然魔力で出力を上げられた身体の負担と、魔力不足による疲労が現れ始める。


「大丈夫だよ いつもピンチなんだから」

「何の慰めにもなんねえな?」

「でも事実でしょ?」

「……だなぁ!」


 残る魔物を倒す為、リンへと更に魔力を流し込むバトラー。


「気張れよリン! さっさと片付けちまうからなぁ!」

「任せなよバトラー、こんなところで負けてられない」


 この国の姫であるスピカを護る為、兵士となって戦うと決めた。

 ならばこの程度の試練は乗り越えられて当然であると、リンは自らを奮い立たせる。


「セイヤーッ!」


 元々リンの身体能力に加え、バトラーの魔力を合わせる事でより一層強さが増す。

 この二人にかかれば百もの魔物は“たかが百程度"へと成り下がる。


 普段は戦いには気乗りしないだけで、その力を存分に振るいさえすれば、十分過ぎるほどの戦力となるだろう。






「……やはり隠していたな」


 観戦するレグルス。エリアス含め、バトラーの強さには気づいていた。


「やはりあの時の水晶ですか?」

「奴め……魔力を抑えていたな」


 魔力の測定をする際、属性の判別は流石に隠せないが魔力を意図的に・・・・下げて、カモフラージュする事は可能である。


 本来であればする意味の無い行為であるが、兵士になりたく無いバトラーならば意味があった。


「でもそれだけだと疑う必要は無いですよね?」


「奴は自分を『弱い』とは言わなかったからな」


 普通兵士になりたく無いのであれば、自分は兵士として使えないのだと下げるように演じれば良い。

 だがバトラーは自身の事を『人並み程度』と言った。もしも本当に弱いのであれば、"人並み以下"と言ってしまえば済む話である。


「弱く見せ過ぎれば相棒リンにバレるだろうからな、水晶に反応する程度の魔力だけ見せたといったところだろ」

「そして気付いた貴方は本気を出させる為の用意をした……ですよね?」

「俺の眼を惑わそうなんぞ百年早い」


 手加減すれば死ぬ状況に立たせてしまえば、本気を出さざるをえない。


 これはあくまでも兵士入団試験である。


 無理難題を与えるのではなく、必ず乗り越えられる"試練"を与えなければ意味がないのだ。


「獅子は谷底に子を落とす……ですか?」

「可愛げのないクソガキ共だがな」


 思惑通り、二人は試練を乗り越える。


 

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