第7話 獅子の試練

「この先に居られますので、どうぞ心の準備を」

「だれが居るんです?」

「『レグルス・ネメア』をご存知ですか?」


 エリアスに連れられて、再び城にやってきたリンとバトラー。扉を開けば先程言われた人物が二人を待っている。


「レグルス……あ〜確か"レオ将軍"なんて呼ばれてましたよね?」

「そして『獅子座のレグルス』とも。彼はここ、サンサイドにおいて全兵士への命令権を持つ"土の九賢者"です」


 タリウス、エリアスと二人の九賢者に続き、今から会うのは三人目の九賢者。

 何故そんな人物に会わなくてはならないのか? それは今から二人が兵士になる為であった。


「僕達と会って何するの?」

「試験官ですから、面接は免除してますのであとはどういった試験内容なのか聞いて頂くと思います」

「はぁ……お腹痛い」

「大丈夫。僕がついてるから」

「余計痛いんだよ」


 そもそもの原因であるリンが何かをしたところで、バトラーからすればお前が言うな状態なのである。


「扉の前で長話もなんです そろそろ入りましょう」


 エリアスが扉をノックし、部屋の中から低い声で入る事が許される。


 中に入ると、そこには厳つい顔立ちをした屈強な男が、机に向かって何やら書類にサインをしていた。


「連れてきましたよ。リン・ド・ヴルム二等兵及びに、バウムガルト・トラートマンを」

「……そうか」


 顔も上げず、作業を続けながら空返事ですませるレグルス。


「聞いていると思いますが念の為。タリウスの推薦で面接は……」

「言わんでいい、知っている」

「これは失敬、余計なお世話でした」


 淡々と作業をこなし、招かれた二人を漸く目にする。


「だから俺からも言っておこう お前達二人は"まだ兵士では無い"とな」


 エリアスは二人を二等兵と呼んだが、レグルスは気に入らないといった様子で睨みつける。


「どこに配属するかは"俺"が決める 無論兵士にするかどうかもな」

(こっわ……)


 萎縮するバトラー。以前対面したこの国の王コルヌスとは、また違う威圧感をレグルスから感じてそうなってしまう。


「だが一つ聞いていたのとは違うな」


 推薦で兵士としたいのは一人と知らされていたのだが、この場に連れられた推薦者は二人いる。


「タリウスと戦ったのは一人と聞いていたが?」

「バウムガルト・トラートマンはリン・ド・ヴルムの強い推薦があったもので……彼は必ず我々の役に立つと」


「その通り!」

「なんてことしてくれんの」


 望まぬ兵士入隊に当然不満があったバトラーだったが、完全にリンからの希望であった事にもはや呆れてしまう。


「あのな……オレら戦いに飢えてる売出し中の傭兵じゃあないんだぞ? なんだって好き好んで戦わなきゃあならねえんだよ」


「平和のためだよ! そうなれば姫さまが喜ぶし」

「そんでお近づきになりたいと」

「そういうこと」

「本命そっちじゃあねえか!」

「いつからここサンサイドは、旅芸人を雇わなくていけない程兵士不足になったのだ?」


 緊張感の無い会話に怒りを覚えたレグルスが、皮肉を込めてそう言った。


「はっきり言ってお前達に何の期待もしていない、たとえタリウスの推薦だろうが俺には関係無い」

「色眼鏡はしてくれないと?」

「無能者には興味は無い。戦に勝利するのに弱者は不要だ」

「じゃあ僕達は強さの証明をすれば良いんだよね?」


 リンはレグルスにそう言ってのける。


「旅人風情が、吠えるではないか?」

「僕は強い。だけど、バトラーが・・・・・いればもっと強くなれる・・・・・・・・・・・ 。だから僕が推薦したんだ」


 睨むレグルスにまったく動じず、目を逸らさずにリンは言う。


「だからテストでもなんでもさせてよ? かる〜くこなしてみせるからさ」

「またお前は余計な……」

「バトラー! 旅人の意地ってやつを見せつけててやろうよ!」

「んなもん一人でやれや!」


 意見が噛み合わずに言い争いが始まる。そんな様子を見ながら、レグルスは口を開く。


「──良いだろ」


 恐れる事なく申し出るリンに対し、レグルスはどれだけの実力者であるか見定める事にした。

 この豪胆さは内に秘めた自信からか、或いはただの自信過剰か、試してみる価値はあるだろうと。


「配属希望を聞いてやろう。結果と照らし合わせてある程度は聞き入れてやる」


「姫様に近い護衛が一番ですねぇ……あとは戦闘に参加しなくても姫様のメンタルケア出来る話し合い手の立ち位置がとてもグッド」

「希望はないです。できれば今すぐ辞退したいです」

「エリアス、本当にやる気があるのか此奴らは?」

「彼らは普段からこの調子なようなので、慣れましょう」


 さっきまでのやる気を感じさせない態度に、もしやおちょくられてるのではないかと不安を覚えるレグルス。

 苦笑いを浮かべるエリアス。もしも兵士になれたとしても、問題児になるであろう事は容易に想像出来てしまったからだ。


「もういい 先ずは魔力測定から始める」

「でも僕魔法使えないよ」

「なんだと……?」

「あっ嘘じゃないっすよ。コイツどうも素質が無いみたいで」

「そういえばタリウスとの戦闘でも使ってませんでしたね」


 思い返してみれば、物理的に反撃に出る事はあっても、魔法を使って反撃するところをエリアスは見ていない。

 それは決して相手を舐めていた訳でも切り札として温存していた訳でも無く、単純に"使えなかった"のだ。


「まあ気にして無いけど 代わりにバトラーが使えるからね」

「……お前はどの程度使える?」

「まあ、人並み程度には……」

「ご謙遜を〜」

「ウッセェ!」

「見てやる、これに手をかざせ」


 そう言って机から取り出したのは一つの水晶であった。


「属性晶……お前達の主属性を見極め、色で属性が分かる。輝きの強さが魔力の強さを表すだろう」


「やっちゃえバトラー! この部屋全部を輝きで満たすんだ!」

「オレのハードルを上げんじゃねぇ!」


 早速バトラーが水晶へ手をかざす。すると色は"土色"へと変化し、部屋全体に光が灯った。


「ほう……お前は土か?」

「ねえねえバトラー、レグルス様と同じで光栄ですって言ってみなよ?」

「これからお世辞を勧めるときは小声で言うんだぞリン?」

「とっととお前もかざせ」


 明らかに不機嫌そうにしながらも、レグルスはリンに指示を出す。


「僕も良いの?」

「魔力がなくとも属性は分かる。それで充分だ」

「それじゃあ遠慮なく……」


 興味津々に水晶に手をかざす。


 色が変わり輝きを放つ。微かであったが、輝きは"白"であった。


「これは驚いた……リンさんは光なのですね」

「これ凄いの?」

「希少ですよ、純粋な光というのは」

「子供なら光も珍しくは無いけどな、大抵後天的に属性が変わるんだよ」


 属性とは人の本質、根源を表すものである。


 産まれ落ちた時の多くの者は純粋な光であるが、環境や心境の変化によって、次第に光は薄れて色が変わっていく。

 性格と精神面の影響は非常に大きい。当然それが全てでは無いが、少なからず属性に引っ張られる事もあるからだ。


「まあガキみたいなもんだし不思議じゃあねえか」

「失礼な! これでも今年で二十だよ!」

「これで大体は分かった──お前達に"試練"を与えよう」


 二人の魔力を見て、レグルスは決めた。


「これからお前達は闘技場に向かえ そこで戦って生き残れたら・・・・・・合格だ」


 不穏なワードに二人は気づく。バトラーは恐る恐る内容を聞いてみた。


「えっと……何と戦うのでしょう?」


 知らされない相手に、二人は嫌な予感しかしない。


「お前達の相手は"魔獣"だ」

「なんてモン飼ってんですか!?」

「ご存知ありませんか? 彼はこの国……いやこの世界屈指の『テイマー』なのですよ」


 テイマーは獣を従わせ、使役する者の事である。そしてレグルスの対象は、魔力を持った獣。


「百獣の王は魔獣すら従える。だから俺は将軍と呼ばれるようになった」


 レグルスの前には魔獣もただの獣に成り下がる。


「『獣使いビーストテイマー』ではなく……『百獣の将軍レオジェネラル』とな」


 獅子はたとえ兎であろうと、容赦などしないのだ。

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