第6話 兵士になるとは

「──ってなわけで! 晴れてサンサイドの兵士として認められることとなったんだよ!」

「……マジで?」


 店にて朝食をとりながら、昨日の夜からの記憶が酔い潰れてから途切れていると言うバトラーに、その後の出来事を嬉々として語るリン。

 当然バトラーには寝耳に水である。何もせずとも暮らせる優待券を手に入れたというのに、何故そのような無謀な事をしたのかと。


「しかも二だよ! いきなり一を超えて二からは入れるなんて幸先が良いと思わない!?」

「いや一等兵の方が立場上だから、二等兵は最底辺だから」

「姫様に近づく第一歩! これは燃えてくるね!」

「お前まだ諦めてないのかよ」

「当たり前でしょう? 一度断られたくらいで燃え尽きる恋なんて僕はしないさ」

(早く鎮火してくんないかなぁ……)


 話の内容と二日酔いのせいで頭を痛める。バトラーは一旦水を飲んで落ち着き、状況を整理した。


「つまりあれか? 『恋愛対象』としては見てもらえなかったけど『戦力』としては見初められたと?」

「そうみたい」

「……言っちゃあなんだが利用されてねえか?」


 そこだけ聞けばとんだ悪女に目をつけられたなと、バトラーはその事に気付く素振りを見せないリンへ、現実的な意見を言う。


「オレだってお前の強さは知ってるさ しかも九賢者相手にして認められたんだろ? そこは素直に凄えって言えるよ」

「ありがとう〜」


 能天気そうなお礼が返ってくる。若干イラッとしながらも、バトラーは心配して話す。


「……けどな、誘われたのはデートじゃなくて『兵士』にだぞ? なんかの競技とかの選手と違ってガチの殺し合いをさせる為にだぞ」


 何かの形で実力を認められるのは、素晴らしい事であろう。

 だがしかし 、認められた才能が『殺し合い』に活かされるというのはバトラーは素直に喜べ無い。


「やめとこうぜ、お前は兵士なんて柄じゃあねえ。自由気ままに旅をする『旅人』がお似合いなんだよ」


 旅をして漸く手に入れた憩いの場、それを手放してまで求めても何も得る事は無いと、無茶を言うリンをバトラーは諭す。この場所が気に入らないと言うのなら、惜しい気持ちはあるがまた旅に出れば良いと。


 何故よりにもよって危険な橋を渡ろうとするのか、理解出来なかったのだ。


「バトラーとは色んなところを旅をしたよね?」

「なんだよ? 急に──」

だから見たはずだよ・・・・・・・・・ その色んなところで起こる争いの……ほんの一部さ」


 各地で勃発する争い。あるかも分からない伝説を鵜呑みにし、奪い合う醜い戦争。

 どんな願いも叶うと信じ、叶え方も分からず殺し合う。


「僕らはこうして呑気に朝食を取られてるけどさ、これは"当たり前"じゃあ無い 今この世界の当たり前は『戦争』なんだよ」


 国は戦いの為に動く。一刻も早く戦争を終わらせる為に。

 その度に命が失われていく。ただ『平穏』を取り戻す為に。


「──だから僕も力を貸そうと思う 誰かが終わらせないといけないんだ」

「……お前がやる必要は無いだろう?」

「そうだね」


 手をつけていなかった朝食に手を伸ばし、リンはその味を噛み締める。

 おいしいというこの当たり前も、味わえない人は沢山いる。


「僕じゃこの世界を救えるなんて思えない なんたって『九賢者』がいるんだしね」

「だったら尚更……っ!」

「僕はただの『予備』だよ」


 一人でも多くの人が平和の為に戦えば、それだけ本当の平和は早く訪れる。


 戦うのであれば・・・・・・誰でも良い・・・・・。強いも弱いも、善人か悪人かも関係無い。救ってくれる『英雄』になるのなら、充分である。


「これはただの確率問題さ。僕一人じゃ意味なんて無いけど、同じ気持ちの人がたくさんいるんだよ?」


 だったらその勘定に、自分も参加すれば手っ取り早いのだと、リンは笑っていた。


「まあ僕強いから! 本当に英雄になれるならそれで良いのさ! これならただの『旅人』でも姫様と釣り合うでしょ?」


 一石二鳥だと、笑顔で笑っていた。


「……驚いた、まさかお前がこんなに馬鹿だったとは」

「酷くない?」

「酷くない! 非現実的すぎんだろ!」

「結局安心出来ない世の中なら自分の手でそうするしかないってことだよ、これはその第一歩」

「そんで姫様のためだと?」

「オフコース」


 機嫌良さそうに朝食を頬張り始めたリン。言うべき事は言ったという事であろう。


「一応言っとくぞ」

「何をだい?」

「多分お前の中では死んだら死んだで『運が悪かった』って自分の死を受け入れちまうんだろ?」

「そりゃあそうだよ だから僕は『今』を謳歌するのさ」


 いつ死ぬのか分からないのなら悔いを残さず死にたい、リンの考えはそれだ。

 だからどんなにめちゃくちゃな事でも、思い至ったら即行動に移してしまう。


「オレだって後悔せずに死ねるならそれで良い、けど『今』があるのは『過去』があってこそだろ?」

「まあそうなるね」

「んで過去からすれば今は『未来』だ、過去がなければ未来は訪れない。当然お前の言う『今』もな」

「ええと……難しいかな?」

「まあつまりだな、お前のやり方は『今に繋がらない』ってことだよ」


 今とは過去の積み重ねである。


 過去の出来事一つで未来は変わる。大きくも小さくも。

 ならば『いずれ過去となる今』を蔑ろにしてはいけない。


「もっと自分を大事にしろって話だ、本当に今が大事なら『未来を見据えろ』ってこと」

「お〜……」

「馬鹿にしてんのか?」


 感銘を受けましたとばかりに、わざとらしくリンは拍手してみせる。


「あとはまあそうだなぁ、お前が死んで悲しむ奴だって居るだろう」

「バトラーとか?」

「あ〜うん……そうかもな」


 突然の不意打ちに、バトラーは恥ずかしそうに顔を背ける。

 そんな反応を見逃してくれる筈も無く、すかさずリンはその反応を楽しむ。


「そっかそっか〜バトラーってば僕のこと大好きだもんね」

「別にそこまでは言ってねえだろ!」

「でもごめんね……僕には心に決めた人が居るんだ……」

「なんで"LIKE"じゃなくて"LOVE"目線にされてんだよ!?」

「おやおや朝っぱらから痴話喧嘩ですか?」

「誰が痴話喧嘩だコラァ! ……うん? アンタ確か……?」


 余計な誤解を生みそうな発言をした第三者に対して、バトラーは咄嗟に噛みついたのだが、その相手とは『九賢者』であった。


「お取り込み中のところ申し訳ございません 重要なお話がございましたので探しておりました」


 水の九賢者『エリアス』が、突如リン達の前に現れる。当然この国の有名人であり、店の中はざわつき始めた。


「どうしてエリアス様が……?」

「アタシファンなの!」

「サインもらえるかしら!」


 中でも超が付く程に容姿端麗眉目秀麗であるエリアスの人気は、九賢者でも一二を争う程なのである。


「人気者だね」

「どうにも馴れませんが」


 顔を赤らめながら言う。エリアスは咳払いをして切り替え、さっそく本題へと入った。


「──入隊者『リン・ド・ヴルム』二等兵! 並びに『バウムガルト・トラートマン』二等兵! 至急『サンサイド城』へと集合せよ!」


「初任務?」


「任務という訳ではありません。これから『兵士適正調査』というものをしようかと」

「あれ? 門での戦いで推薦されたんじゃ……」

「あくまで『推薦』です。面接は免除されますが実技試験を実施したいと思っています。まあ兵士としては合格してるようなものですが、どの部隊へ所属するかの調査です」

「そういうことね なら早速──」

「ちょっと待て!」


 納得してエリアスと共に城へ向かおうとした時、バトラーの疑問がぶつけられる。


「さっきオレのこと『二等兵』って……」


 聞き逃さなかった自身に対する謎の階級。どういう事か説明を求めようとした時、原因が直接白状した。


「やったねバトラー! 僕の推薦通ったみたい・・・・・・・・・・!」

「バカヤロウォォォォォォ!」


 平穏な日常とは、呆気なく崩れるものである。

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