第5話 運命が決まる瞬間

 タリウスの言う『九賢者』とは、世界で最も優れた魔力を有する者達の事である。

 九つの属性ごとに存在し、リンの行手を阻むタリウスが司るのは、敵を紅蓮の焔で焼き尽くす『火』の使い手だ。


 即ちタリウスはこの世界において、火を扱う者の中で『最強』の存在である事を意味してる事に他ならない。


「こんの……っ!」

「矢から逃れる為に剣をスケープゴートに使ったのは失策だったな、もう後が無いぞ」


 リンの持っていた剣は囮に使って失った。残されたのは己の『拳』のみであるが、残念ながらタリウスには通用しそうに無い。

 弓と魔法をメインとして扱う相手であれば接近戦には弱い筈だとリンは見越していたが、完全に失敗である。


「動きが鈍いっ! 疲労が隠せていないぞ!」


 余裕無く攻撃を回避し続けるが、当然長くは持たない。

 ただの拳に対してタリウスは拳に炎を纏わせている。たとえ躱したとしても、拳を突き出すだけで炎の"熱"がリンを襲うのだ。


(今すぐ距離を取って……? いやダメだ、今度は弓が怖い)


 やっとの思いで近づいたのも元々は弓を警戒したからである。

 遠距離で放つタリウスの火の矢は、安全圏で放たれる以上、攻撃手段を持たないリンには打つ手立てはない。まだ体術での戦闘の方が、勝機を見出せるというものだ。


(これ積んでない?)


 唯一の可能性も潰えた。勝機があるというものの、確率的には奇跡を願う他無い程に低いのは目に見えている。


(……カッコつけるんじゃあ無かったかな?)


 今更ながらさっさと城に逃げ込めば良かったと、考え始めるがもう遅い。一度選んでしまった以上、もう後戻りは出来ないのだから。


「光栄に思うんだな、九賢者の一人であるこのオレ直々に稽古をつけてもらえる事を!」

「あんまり詳しくは無いんだけど……つまり九賢者って"めちゃくちゃ強い"ってことだよね?」


 噂に聞く程度であった九賢者が、まさかここまで強いとは思いもしなかったリン。


「……少し本気をみせようか?」

「いえ結構です! もう充分堪能しました!」


 手加減されているのには流石のリンも気づいていたが、決して本気で戦って欲しい訳では無い。

 寧ろ出来る事なら、もっと手を抜いて欲しいくらいである。


「遠慮するな、漸くお前に対して"火が灯った"のだ」


 タリウスはリンを蹴り飛ばし、強制的に距離を離される。

 不敵な笑みを浮かべるタリウス。構えた弓に、これまでとは比べ物にならない程の魔力を宿す。


「この祈り、太陽神へ捧げよう──」


 逆巻く炎が全てを焼き焦がす。タリウスが放つ一射絶命の一撃。放てば最後、辺り一面が焦土と化すであろう必殺の奥義の構えを取る。


「必滅の矢! 照らせ我が道! 煌々と燃え敵を穿て! "太陽の輝きこそサンライト──"ッ!」


「頭を冷やしてくださいタリウス」


 突如として『水』が、タリウスの火を掻き消す。

 タリウスの放つ一撃を射たせはしないと、二人の戦いを仲裁する為に、その者は現れた。


「あらやだ、随分なイケメンさん参上じゃない?」


 間に割って入ったのは、金髪碧眼の端正な顔立ちをした美青年。

 華奢な見た目でありながら、タリウスと変わらない程に強力な魔力を放つ『神父』であった。


「忘れたんですか? この戦いはあくまでも『彼の実力を見定める事』だと」

「……そうだったな」


 呆れながらに青年は言う。言われたタリウスも目的を思い出し、不満気ではあるが納得し弓を収めた。


 何が起きたのかとリンは分からないでいると、青年は気付いてリンの側へと近寄って魔法をかける。


「治癒魔法はそれほど得意ではありませんが、これで少しは癒えたかと」

「本当に得意じゃないの?」


 戦いで負った火傷は、痛みも痕も残さず消え失せた。

 応急処置程度の魔法であればそれ程珍しくも無いのだが、傷を『完治』させるとなると相当の魔力が必要の筈である。


「ご挨拶が遅れましたね 私はエリアス 『エリアス・リス・ガブリエル』です」

「多分だけど、君も『九賢者』かい?」


 丁寧でありながら親しげに、そして爽やかに挨拶をするエリアス。そんなエリアスの高等魔法からリンがタリウスと同じく九賢者であると導き出せたのは当然であった。


「そうですよ 水を司る九賢者・・・・・・・ 周りからは『水瓶座のエリアス』などと大層な異名で呼ばれてます」


 少しだけ困り顔で、そう自分を紹介する。


「貴方がここに来る事は分かっておりました 姫様に会いに来るであろうと」

「おかしいなぁ……誰にも言ってないのに」

「簡単な事です 貴方を人目見た時に『諦めが悪そう』──と、姫様がそうおっしゃっただけですから」


「あっ! もしかして王様の側に居た人!?」

「今気づいたんですか」


 この国の王『コルヌス』と対面した時、王の側近として居たのがこの『エリアス』である。


 何故気づいていなかったのかというと、リンがその横に居たサンサイドの姫であり今すぐにでも逢いたいと願う『スピカ』に釘付けになっていたから、という仕様もない理由であった。


「まあそれは良いのですが……今回こうして戦わせて頂いたのは他でもない『姫様』からの希望だったのですよ」

「姫様の……?」

「貴方の戦場での活躍を見て姫様はこう思ったそうです 『彼は優秀な兵士になりそう』だと」


 スピカの命を奪おうと襲いかかる敵を瞬く間に斬り伏せたその腕を見込まれ、是非とも仲間にしたいと思ったのだと言う。


「でもなんで直接言ってくれなかったんだろう?」

言えなかった・・・・・・のですよ 身分の分からない旅人を仲間にしたいなどと王の前ではね」


 命の恩人とはいえあの時のリン達は余りにも怪し過ぎた。

 敵の罠かも知れぬ輩を仲間にしたいなど、幾ら姫であり妹の頼みであろうと、この国の王であるコルヌスが聞き入れるとは思えない。


「そこでお前の『真意』を知る為に戦かわせてもらった。姫様の命を狙う敵なのか、本当にただ姫様に惚れた阿呆かどうかな」

「酷い言われよう」


 門番をタリウスが担当したのも、真意と実力を測る為。

 リンの言葉が嘘であれ真実であれ、必ずやってくるだろうとスピカは九賢者に見定めて欲しいと相談したのだ。


「それにしてもタリウス、鍛え甲斐がありそうだからといって奥義の発動はやめてください」

「加減はしたつもりだったが」

「どこかですか! 一歩遅れたら焼け野原になりましたよ!」

「オレを熱くさせたソイツが悪い」


 スピカの目に狂いは無かった。特別優れている強さでは無かったが、即戦力としては申し分ない実力。


 タリウスの放つ矢を悉くを躱し起点を利かせ、何よりスピカに対する『諦めの悪さ』が評価されていた。


「コイツの言葉に嘘は無い 姫の為であれば存分に戦う筈だ このオレが保証する」

「ええと……ありがとう?」

(タリウスがここまで評価するとは……掘り出し物を見つけたという事でしょうか?)


 タリウスは弓兵部隊の隊長を務めているが、兵士達の『指導役』としても働いている。人を見る目に関して、タリウスの右に出る者がいないだろう。


「勿論貴方にも拒否権はあります。敵に回ると言うのなら流石に別ですが、無理に参加させるつもりはありません」


 兵士になれと言うのは、即ち『死地に赴け』と言っているのも同然である。

 平和な世の中であればともかく、今は戦争の真っ只中。今日明日にでも大きな戦いが起きても不思議では無い。


「──戦争って、いつ終わるのかな?」

「とても難しい……質問ですね」


 各地で起こっている争いは、日に日に規模は広がっていた。

 いつ終わるのだろうかと、きっと誰もが思うであろう事を言ったのだ。


「生憎とお前の質問には答えられない」


 タリウスは正直に答える。


「そもそもこの戦争は『異常』だ、あるかどうかも分からない代物の為に戦うなど"普通"あり得ない」


 だからタリウスは、この戦争は『仕組まれている』のだと考えていた。


「もしもお前の質問に答えるのなら……それが答えだ」


 裏で操っている『黒幕』が居る筈だと、何が目的か定かでは無いが、そう睨んでいた。


「水を差すようで申し訳ないですが、いるかも分からない敵を探すなんて──それこそ『連中』と同じですよ?」

「御伽話を盲信する連中を根絶やしにするのと──どちらが難しいかな?」

「イジワルな質問ですねぇ」


 少しムッとした表情でタリウスを睨むエリアス。そんなエリアスを見てタリウスはニヤニヤしていた。


(終わるかどうかも分からない戦争か……)


 リンは考える。果たして関わるべきなのか、断るべきなのかを。


「──戦うよ」


 そして決めた。


 たとえ雲を掴むような話でも、この戦争に『スピカ』が関わるのであれば迷いはしない。


「姫が望むのなら……僕は幾らでも力を貸すさ」


 この決断こそ、リンの『運命が決まる瞬間』であった。

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