第4話 男が廃るから

 抑えられない想いを胸に。ただ一人の想い人を見たいが為に。

 唯一その想いだけで、リンはこの先の障害をどう潜り抜けるかの作戦を立てる。


「……あれ?」


 作戦を立てる前の情報収集。しかしリンの想像と違う。


 ここサイサイドの姫であるスピカに会う為、リンは城門のところまで来ていた。

 当然城を守る『門番』が居るであろうと予想していたのだが、何処にも見当たらない・・・・・・・・・・


「おかしいな……予想だと最低二人ぐらいは門の前に居ると思ってたのに」


 様子を伺う為に物陰から城の辺りを見渡すも、肝心の兵士は影も形も見当たらない。


「これはもしや……チャンスでは?」


 潜入術の心得など持ち合わせていないリンにとって、下手に侵入方法を考えるよりかは、真正面から入った方が早いと考えていた。

 だがそんな事が許される筈もなく、門の見張りをどうするかが最大の課題としてリンを悩ませる。


 ところがリンを悩ませる筈だった門番の姿が何処にも無いのだ。


「門に近づいても反応無し……か」


 手を伸ばせば触れられる程の範囲に入っても、兵士が現れる気配も無い。


「──そりゃそうだよね?」


 門を開ける為に手を伸ばす。すると突如、リンヘと狙いを定めた『矢』が放たれた。

 あからさまな怪しさ。門番が門の前に居ないのであれば『遠くから』見張っているであろう事は、容易に思いつく。


 放たれた矢をリンは躱す。地面へと突き刺さった矢は火を帯びていた・・・・・・・


「いや……これは──?」


 矢が火を帯びているのでは無い。

この・・矢そのものが・・・・・・火で・・出来ていたのだ・・・・・・・


「躱したか……だが今のは『警告』だ」


 城壁の上から声に気付き、リンは上を仰ぐ。


「君は……?」

お告げ通りだったな・・・・・・・・・。姫を攫いにやってくる不届き者が来るだろうと」


 再び火の矢をリンに向けて放ち、門から引き離す。


 黄金の弓を持ち赤髪を後ろで束ねたその男は、城壁から飛び降り、門を守る為に立ち塞がった。


「馬鹿な男だ……自らの功績を破却する行為であるとお前には分からんのか?」

「その口ぶりは僕のことは知ってるんだよね?」

「知っているさ──身の程を知らぬ愚か者だとなぁ!」


 火の矢がリンを襲う。実態を持たない『魔法の矢』は、どれだけ射ろうが無くなる事は無い。


 夜に煌めく焔の矢は、獲物を屠る為の一射である。


「攫うだなんてとんでもない! ただ世間話に花を咲かせ……おわっ!?」

「問答無用!」


 有無も言わせず矢を持つ男は、リンに向けて矢を放つ。

 話し合いが通用しないと悟り、リンは全力で逃げる事に集中する。


(当たれば終わり……掠るだけでも大火傷だ)


 只者では無いとすぐに分かった。門番が何故他に居ないのか、それは『彼一人』で事足りるのからだ。


「逃さん……この矢は獲物を追う狩人であると知れ!『ホーミング・フレイム』!」


 一直線に射た矢を躱したとしても、その矢は止まる事は無い。

 何故なら獲物を追い続ける『狩人』の如く、敵に触れるまで逃がさないのだ。


「ああもう……! やらなきゃいけないのね!」


 護身用に装備してある剣を構え、向かってくる火の矢をはたき落とす。

 本来触れる事が出来ない『火』だというのに、はじいただけで手に重くのしかかる。


 まるで本当の『矢』であるかの様に、男は炎を操っていた。


「くっ!」

(オレの矢を見切るか……ただの旅人と侮る訳にもいかぬな)


 いつもであれば持ち堪えたとしても、大体の相手はこの辺りで皆音をあげだす頃合いであった。

 そして力の差を思い知り、彼に刃向かう者はいなくなる。


 それでも歯向かうのは、自身を過大評価した自惚れ屋か、それともただの阿呆であるか、そのどちらかで違いないだろうと、男の頭で答えを出す。


 どちらにしろ、彼の役目は変わらない。


「でもまあ恋に障害は付きもの……ってね?」

「……ここは通さん」


 男は言われた通りに戦うだけである。そして戦うからには、誰一人として門を潜らせない。


 極大の炎の矢を番え、狙いはリンへと定められた。


(ヤバイ──ッ!?)


 リンの身を焼き尽くさんと放たれた炎の矢。膨大な熱量は近くに立っているだけで、体力を奪っていく。そんな一撃を受けてしまっては一溜まりも無い。


「夜に煌めく太陽となれ! 『サンライト・フレイム』!」


 ──熱線。一言で言い表すのであれば、それが一番相応しいだろう。

 跡形も無く消し炭にせんと、男はリンを射抜くのだ。


「……終わったか」


 矢は相手と接触すると同時に、辺り一面を焼き焦がす爆炎を放つ。


 加減はした。そうしなければ彼の全力で、真夜中で寝静まる城と街の人々に大きな被害が出てしまうからだ。


 彼の強さは『門番』の枠には収まらない。


 今回こうして門番役を引き受けたのも、訪れるであろう『リン・ド・ヴルム』と戦って欲しいと願いを受けたからである。


「所詮は流浪の者……オレが出るまでも無かったか」

 彼は世界で起こっている戦争を終わらせる為、集められた戦士の一人。


 その中でも『最強』とまで謳われる九人の一人・・・・・が、彼である。


「──改めて聞かせて貰いたくなったぞ 『お前』の事をな」


 男は背後の気配を逃さない。


 爆炎に巻き込まれたと思われていたリンは、男の後ろに回り込んで門の前に居る。


「ありゃ? バレちゃった?」


「成る程……剣を囮にしたな・・・・・・・?」


 矢がリン目掛けて放たれると、直前に剣を投げて矢へとぶつけていた。


 素早くその場を離れた後は、爆炎から身を守る。そうする事で相手に矢は当たったと錯覚し、その隙に中へ忍び込めたであろう。


「旅人風情が随分と動けるな? 貴様は何者だ?」


「生憎本当にただの旅人さ まあちょっとだけ、普通の人より強いかも?」


 一瞬にして距離を詰め、リンは男の間合いに入り込む。至近距離であれば矢を番ている時間は無い。

 先程の攻撃で剣は失ったが、これで戦いはリンが優位になったと言える。


「逃げずに立ち向かうか、その意気は良し」


 弓兵の間合いに入ったのだ。本来であればここで勝負は決まる。魔術師であれば尚の事。接近戦など管轄外の筈。


「……君は何者だい? どうして尽く躱せるのかなぁ?」

「生憎ただの魔法を使えるだけの弓兵だ……尤も人より多少強い・・・・ぐらいではあるがな」


 意趣返しとばかりに、拳が叩き込まれる。


 離れれば『魔法の矢』が、近づけば鋭い『体術』が待ち構える二段構え。どれをとっても一級品。この男はどうにかなる相手では無いのだ。


(ちょいと厳しいぞ、体力だって結構消耗してるし)


 爆炎から身を守ったとはいっても、そう簡単に防げる威力の筈が無い。瞬時に弓の男の後ろに回り込み、爆炎の直撃からは何とかなった。


 しかし爆風によるダメージまではそうはいかなかったのだ。


「腑に落ちないな」

「何がだい?」

「オレの攻撃を回避したのであれば速やかに門を潜る事も出来たであろう、何故そうしなかった?」


 男の疑問は何故、この場から『逃げなかった』である。

 言われたようにすぐさま城内に逃げ込んでしまえば、より一層相手からすれば戦いにくくなる。城への被害を考えれば当然だ。


 忍び込む事を諦めて、一旦この場を離れても良い。今日が無理なら、態勢を立て直して日を改めてれば良いのだから。


「……悪いけどそれは考えて無かったな」

「何故だ?」

今逢いたいんだよ・・・・・・・・


 我慢など出来ない。リンは今すぐにでも姫の顔を見たい。


 たとえ一方的な『想い』だとしても、直接『会いたくない』と言われるまで引き下がるつもりは無い。


「そうまでして会いたいのなら尚更この場から去るべきだっただろう? 戦う必要は無いのだからな」

「それは"男が廃る"ってものじゃない?」


 敵から逃げ出しておきながら、どの面を下げて逢えと言うのか。

 リンにとって、全て考えられない・・・・・・。姫に逢うのであれば、相応しい存在でありたいのだ。


「降りかかる火の粉は払わなくちゃ……言ったでしょ? 『恋に障害は付きもの』だってね」


「──お前には名乗っておこう」


 愚か者と断じていた目の前の男が、強い『信念』を持って挑んできた事に敬意を評して、男は名乗る。


「オレの名はタリウス──『タリウス・カウス・ボレアリス』」


 この地に集いし最強の『賢者』の一人。


 またの名を火の九賢者・・・・・。焔を纏う『射手座のタリウス』であると。

 

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