第3話 諦めの悪さ

「マスター……もう一杯」

「カッコつけてるところ悪いが、それただの水だぞ?」

「慰めなんていらないよバトラー……僕が酔えないのは心にポッカリと穴があいてしまっているからだ──って言いたいんだろ?」

「いや、そんなつもりは一切無いが」


 夜の酒場。二人の男がカウンターで飲んでいるが、当然水では酔う事は出来ない。

 だというのに、カウンターで『リン・ド・ヴルム』が酔ってもいないのに項垂うなだれているのには理由があった。


「あ〜あ……どうして僕の気持ちを受け取ってくれなかったんだろう?」

「逆に何でオーケー貰えると思ったんだお前?」


 慰め無いこの男は『バウムガルト・トラートマン』で、通称『バトラー』である。


 二人は共に旅をするただの"旅人"であり、リンをフッた相手は『スピカ・セルネテル』という、ここ太陽都市サンサイドのお姫様。


 そんな相手との恋が実る筈もなく、見事に撃沈していた。


「身分差を考えろって話だ。今こうして生きてるだけでも奇跡なんだぜ?」


 身元の分からない二人は警戒され、拘束されてしまっていた二人を解放したのもスピカである。


「それどころか助けてくれたお礼にって"サンサイドで一生使える特別優待券を授与"だぞ? お前の恋は成就しなかったが、結果としては充分だろ」

「僕の恋も優待してほしい……」

「無茶言うなよ」


 しょぼくれてしまっているリン。面倒くさいと思いつつも、どうしたものかと一応考えてはくれるバトラー。


「僕はねバトラー……こんなに恋焦がれることなんて今まで一度も無かったんだ」

「オッオウ……」


 想像の数百倍は落ち込む相方に、驚きつつもバトラーはそのまま話を聞く。


「彼女を見た時に身体にビリビリと電流が流れる様な感覚が走ったよ でも不思議と嫌な気がしなくてね すぐに分かったよ これが『恋』なんだって」

(チョーむず痒い)


 恥じらう様子も無く『恋』について語る姿に、聞く方が恥ずかしくなっていた。


「男は折れてからが本番さ兄ちゃん……また一つ大人の階段を登ったのさ」

「マスター……」

「コイツは奢りだ、無謀だとしても気持ちを伝えようとした勇気に対してなぁ?」


 酒場の亭主が気を利かせてリンに酒を勧める。

 元々お代は優待券のおかげで免除されはするが、粋な計らいをするものだと、酒場の亭主がくれる好意にバトラーは感激した。


「アンタ、良い奴だなマスター」

「ただの気まぐれさ……若い時に色々経験するものだぜ?」

「すいません、僕下戸なんですけど」

「お前さんら冷やかしかぁ!?」

「すいません! オレが飲むんで!」


 好意を台無しにするリン。バトラーは急いでフォローに入って、自分が代わりに飲む。

 この酒場に立ち寄ったのはバトラーが酒を飲むからであり、今回ばかりは多少の責任を感じたのだ。


「ったく……まあアンタらが姫様を助けたってのはこの国からしたら"英雄"さ、それについては感謝しねえとな?」

「でも理由が理由だしなぁ……」

「悪巧みしてたならともかく可愛いもんだろ? あの姫様に惚れる奴らだってなにもこの兄ちゃんだけじゃあねえ」


 民達の為にと献身的に尽くす姿に心奪われる者は多いと言う。

 それに加えて美しい容姿。優しく誠実な人柄は、民の皆が彼女を愛している。


「何でも願いが叶うとか何とか、胡散臭い代物に踊らさせる連中相手に一歩も引かずに戦ってくれてるんだ、姫様様々って話だぜ」


 その様な輩を野放しにし各地での争いをそのままにしていたら、今頃被害は更に広がっていたであろう。


 戦争という形に抑える事で世界の混乱を避け、無法地帯を作らないようにしたのが、この世界で起こっている戦争である。


「率先してサンサイドは戦ってるが ちゃんとルールを設けて戦ってくれてる だから呑気に店を開けるのさ」

「聞いたかリン? そんな大変な人をお前は口説こうとしてたんだ」

「ヤダ……シュキ……」

「ダメだコイツ懲りてねえ」


 益々惚れ直してしまった。


「僕の目に狂いは無かったってことだね」

「強いて言えばお前のブレ無さは計算外だな」

「運命の出会いに……乾杯」

「終わった後だよ」

(この兄ちゃんもしかして酔ってんじゃあねえか……?)


 変人を見る目で、酒場のマスターはリンを見る。一貫してブレ無いのはある意味尊敬出来るのだが、人の話を聞かないのは考えものである。


「そんだけたくましければ旅も楽しいだろう?」

「大変ですよ、実際サンサイドにたどり着くのにも一苦労でしたから」

「森の中をずっと彷徨ってたからね〜」

「この辺りの森っていえば……アンタら『迷いの森』を抜けて来たのかい?」


「……うん? 嫌な響きですけど、なんすかそれ?」

「一度入ったら最後、恐ろしい『魔物』に食われて生きて外には出られ無い──ってここらじゃあ有名さ」

「魔物なんて見かけなかったですけど?」

「実際のところは俺含む国の奴らも知らねえさ。ただ、帰って来ないのは本当でなぁ……だから魔物でも住み着いたんだろうって噂さ」

(──成る程 そういうことか)


 城に連れられた時、何処からやって来たのかを正直に話した。

 迷いの森とは知らず、リン達は『森を抜けて来た』と説明をしていたのだ。


(そりゃあ怪しわな、ただでさえ身元不明の旅人だってのに……噂の森を抜けちまったんだから尚更疑われるか)


 運が良いのか悪いのか、森を抜けてしまった事が致命的だったのだと今更知ってしまった。


「……って! お前があの森入ろうって言ったよな!?」

「細かい男は嫌われるよ?」

「フラれた男には言われたくねえよ!」

「頼むから店では暴れないでくれよ?」


 散々な目にあったと、愚痴を溢しながら酒を進めていく。


 もっと穏便に事を済ませられた筈なのに、問題をややこしくしてしまった事にバトラーの不満は残ったまま。

 だがもう関係ない。疑いは晴れ、ここサンサイドを満喫できる為の優待券を授与された。


(今回ばかりは肝が冷えたが……結果オーライってことにするか)


 過程はどうであれ、最高のおもてなしを受けられるようになったのだ。振り回された事への不満など、今回の待遇に比べればちっぽけな話として酒と一緒に流し込む。






「リンもよう……姫様のことは忘れてサンサイドで暮らそうぜ〜?」

「バトラー飲み過ぎ」

 

 そうすると酔っ払いは出来上がる。結局店が終わるまで飲み続けたバトラー。そんなバトラーにリンは肩を貸し、夜の街の探索を始めていた。 


「ここが旅の終着点さ! 飲み食い自由だなんて最高の国じゃあねえかよう!」


 美味い美味いと調子に乗って飲みすぎるのは毎度の事。

 酒は飲んでも飲まれるなとよく言うが、美味しいのだから仕方がないと、いつも加減せずにバトラーは酔い潰れるのだ。


「宿取って無いんだから適当なところで切り上げようって僕言ったじゃん?」

「野宿万歳! 石畳は気持ちイイぞ!」

「ハイハイ……」


 リンの酔っ払いへの対処は慣れたもの。軽くあしらって深く関わらない。身内であれば適当に相槌をしていれば良いよのだと、リンは理解している。


「迷惑かけちゃったもんね……いつもごめんね」


 バトラーが素面の時には照れ臭くて言えないが、酔っ払っている隙に謝っておくリン。

 いつも迷惑をかけてしまっている分、自分は大した事は出来ないからと、こういった時に少しずつ返していく。


「さて……相棒を休ませる手頃な場所はないかしらっと」


 何処を見渡しても明かりは無い。夜中になれば店は閉まり、流石に宿の部屋はもう取れない。


 肩を貸したままのバトラーを、下ろして休ませる場所は限られるだろう。


「……出発進行」


 リンが目指した場所は『城』であった。


 正確には城の辺りに植えられた『草むらを探して』である。


「ここなら大丈夫でしょ」


 寝息を立てるバトラーを、生い茂った草むらの中で寝かせる。

 城周辺を警護する兵士に見つかる可能性は当然あるが、代わりに兵士達を警戒して、夜に蔓延る不審な輩に遭遇する危険は無いであろうと考えたからだ。


「──ごめんね・・・・


 だがそれだけでは無い。


「ちょっとばかし無茶しに行くよ」


 向かうのは当然姫が住まう城。抑えられない想いにリンは自分でも驚きつつも、その衝動に身を任せるのだった。

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