単純なモノって、案外難しい 7


 ルナサやクリスと、水晶担ぎラトシルク・ギニィの牙長猪リアク・クスツボアを食べた日の翌日――


「うーむ」


 作業台の上に防水加工された布を敷き、その上に水晶担ぎの牙長猪の体内に残っていたナンツーコ錐石を置いてある。


 バッカスは腕組みしながら、血まみれのままのそれを見て、小さく唸る。


 色々試してみたのだが、この状態のナンツーコ錐石は、問題点が解消されているかのように丈夫だ。


「洗ってみるか」


 血まみれだと丈夫なのか、あるいは何らかの変質をしているのか。

 それを確認するにも、この血を洗い流す必要があるだろう。


 血まみれのナンツーコ錐石を手に取ると、バッカスは工房の水道へ向かい、軽く水洗いをする。


 表面の血が洗い流されると、手元には内側に無数の赤い筋が広がった、不気味な姿のナンツーコ錐石が姿を見せた。


「ふむ……ナンツーコ錐石には元々毛細血管みたいな筋が内側に無数に広がってたんだな」


 ボアの血がそこへ浸透したのだろう。

 周りに着いている血を洗っても、内側に入り込んだものは洗い流せそうにない。


「妙な脆さの原因はこれか?」


 熱が加わると妙な断層が生まれてパリパリ剥がれだすのも、この毛細血管のような微細な空洞が何らかの影響を与えていたのだろうか。


「隙間に血が詰まったコトで丈夫になってる? あるいは、血で無くても隙間を詰めれば弱点は克服されるのか?」


 その辺りの検証は後にするとして、まずはこのナンツーコ錐石がつかえるかどうかを考えたい。


「……ドブロに投げるか」


 色々と試してはみたいが、頭の中にあるミキサーも形にしたい。

 自動泡立て器の依頼を忘れたワケではないのだが、まだ構築のイメージが出来てないので後回しだ。


 そんなワケで、バッカスはナンツーコ錐石を水気を丁寧に拭く。


「タオルに血が付かないのか。中に浸透すると出てこれないのかね?」


 興味は尽きないが、とりあえず銀の腕輪にナンツーコ錐石を収納する。


「弱点が克服されたというのなら、結構ありがたい鉱石になる気がするんだがなぁ」


 何はともあれ、ロックス鍛冶工房だ。

 鉱石としての価値の検証は、ドブロに押しつけてしまおう。




 ――ロックス鍛冶工房。


「うーっす。ドブロいるー?」


 気安い調子でバッカスは、中の鍛治師たちに声を掛ける。


「親方なら奥にいますよー」

「そうか。邪魔するぜ」

「どうぞ」


 勝手知ったる――ではないが、バッカスの顔を知っている従業員の許可を取って、工房の奥へと向かっていく。


「おう。バッカス。どうした?」

「いや、ちょいと見て貰いたいモンがあってな」


 そう言って、バッカスは血を吸ったナンツーコ錐石を取り出してドブロに見せる。


「こりゃナンツーコ錐石か? 妙な赤い筋が無数に入ってるが……」

「おう。ちょっと変わったナンツーコ錐石でな――赤い筋入りナンツーコって呼ぶのもなんか座りが悪いし、とりあえず暫定でイドールヴ錐石とでも呼ぼうか」

血塗れイドールヴ? 随分と物騒な名前だが、これがどうかしたのか?」


 手渡されたイドールヴ錐石をマジマジと見ながら、ドブロはバッカスに訊ねた。


「元はただのナンツーコだよ。だがな、その筋が入ってる部分より下は粉々になったんだが、その部分だけはしっかり残ったんだ」

「……なんだと?」


 ドブロの目が鋭く輝く。

 興味深い素材を目の前にした時の職人の目だ。


「偶然生まれた産物で、ちゃんとした作成方法は検証中なんだが――まずは、そいつが使い物になるか知りたい」

「まぁ確かに。量産方法を確立しても役に立たないんじゃあ意味がない、か」

「そういうコトだ」


 うーむ――と、ドブロは灯りに空かしたり、影を作ってみたりしながら、じっくりと眺め回す。


「検証だけならお前さんでも出来るだろ?」

「そりゃあ出来るんだが――急ぎってほどでもないが、今は造りたいモンがあってな」

「なるほど。急ぎではないが優先順位は高い仕事か――じゃあ仕方がねぇな」


 仕方ない――そう言いながらも顔がニヤけているので、検証するのが楽しみなのだろう。


「ああ、そうだ。一応忠告しておくと、その赤い筋は魔獣の血だ。

 なので、包丁とか食材に使うような刃物を作るのはやめた方がいいかもな」

「それで血塗れイドールヴか。

 了解だ。あまり大きくもないし、とりあえずペーパーナイフでも作ってみるか」

「じゃあ頼んだ。そのうち、結果を聞きに来るぜ」

「おう。任せておけ」


 無事にドブロへと依頼できたバッカスは、工房を出た足で市場へと向かう。

 これから造る魔導具に必要な材料のうち、工房に無さそうなものや在庫が少なそうなものを購入して回る。


 そうやって買い物をしていると、聞き馴染みある声に呼びかけられた。


「あらぁ、バッカスくん。奇遇ね」

「ムーリーか。おたくも買い物か?」

「そんなところ。依頼はどう?」

「形は浮かんでるんだが、必要な素材と術式が全く思いつかなくてなぁ」


 頭の中にある前世の自動泡立て器。それが完成形のつもりではいる。

 だがそれを造り上げるには、どう術式を組めばいいのかが分からない。


「ただ泡立て器を考えてる途中で、別の調理器具を思いついてな。

 行き詰まってたところだから、そっちを造って気分転換だ」

「だいじよね気分転換。ところで、思いついたのってどんな道具?」

「中に入れた野菜や果物を粉々に粉砕して液体に近い状態にする箱かな」

「それを魔術や錬金術を使わずにできるようになるのは大きいわね」

「だろ?」


 さっきドブロが見せた鋭い目の輝きと同じものをムーリーが浮かべている。


「どっちにしろ出来たら声を掛けるから、試してくれよ」

「ええ、もちろん。楽しみにしてるわ!」


 本当に楽しそうに返事をし、ルンルンとスキップしそうな勢いで去って行くムーリーの後ろ姿を見ながら、バッカスは自分の後ろ頭を掻く。


「あそこまで期待されちまうと、どっちもハンパは出来ねぇよなぁ」


 バッカスとしても、ミキサーや自動泡立て器は欲しいところだ。

 なので、そもそも半端なモノを造る気はないのだが。


「さーって、帰って真面目にやりますかね」


 大きく伸びをして気合いを入れると、バッカスは自分の工房へと向かって歩き出すのだった。




 工房に戻ってきたバッカスは、早速、紙を用意して机に置く。


「魔草ルオナを倒した時の魔術をベースにするワケだから……」


 基本的な形は前世のミキサーと同じでいいだろう。

 ただ、前世ほど基盤を小さく出来ないだろうから、土台は大きめだ。


「風なら青の魔宝石。竜巻なら緑の魔宝石が必要だが……まぁいいや。とりあえず片方だけ使うパターンや両方使うパターンのいくつか考えておくとしよう」


 思いついたことをガシガシと書き込んでいく。

 あとあと、ここから内容を絞っていき、設計図を造り上げていくのだ。


「安くて丈夫な刃物があれば、風の術式を用いないバージョンとか造ってもいいかもな。

 それなら、動力となる魔宝石だけでいいから、属性を気にしなくて済むだろうし」


 メモとして、そのアイデアも書き込んでおく。


「そういや、魔力帯キャンパスを展開する時に使える多重たじゅう連結式れんけつしき刻術こくじゅつって、魔導具にも応用できるのかね?」


 思いついたそのことも、一緒にメモに書き込む。


「それが出来るなら、作成難易度はあがるが利便性は向上するだろうが……」


 その場合、魔宝石の消耗が激しくなってコストパフォーマンスが落ちることも考慮する必要はあるだろう。


 ぶつぶつと独りごちながら、バッカスはどんどんとメモに情報を書き込んでいく。


 やがてそれも終わると、設計図用の紙を用意する。

 そして、大量に書き込んだアイデアメモを参考に、本格的な形になるように組み立てていく。


「術式が悩ましいところだが……何パターンか造って実験だな」


 楽しくて仕方が無い。


 そんな表情をしながら、設計図を作っているバッカスの瞳は、さっき会ってきたドブロやムーリーと同様に、鋭く楽しく光り輝いていた。



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 本年のバッカスの更新はこれにて最後となります。

 ☆や♡、フォローやレビュー、コメントやギフトなど、ありがとうございます。

 書籍版やコミカライズにも手を出して頂いた方、本当に嬉しいです。

 今年一年、魔剣技師バッカスをお読み頂きありがとうございました。


 来年1月24日にはコミカライズ2巻も出ます!

 書籍版3巻に関してもそろそろ情報解禁されるはず……


 そんなワケで来年もよしなにおねがいします٩( 'ω' )و

 

===


 本作とは無関係なのですが

 カクヨムコン用に新作を公開しました٩( 'ω' )و

 前々からやってみたかったロボットモノに、異世界令嬢とギャル系AIを混ぜた感じの作品になっております!


『婚約破棄され隣国に売られた守護騎士は、テンション高めなAIを載せた機動兵器で戦場を駆ける!~巨鎧令嬢サイシス・グラース リュヌー~』

 https://kakuyomu.jp/works/16818093091164997595


 ご興味ありましたら、お読み頂けると幸いです٩( 'ω' )و

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魔剣技師バッカス~神剣を目指す転生者は、喰って呑んで造って過ごす~【書籍化&コミカライズ】 北乃ゆうひ @YU_Hi_Kitano

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