単純なモノって、案外難しい 6
ギルドの解体場で
「どうしたの?」
見ていたルナサに、「いや……」とだけ答えて、牙長猪をじっと見る。
「ここは――ナンツーコが突き刺さったところか」
「砕けちゃったけどね」
「そうだよな。そのはずだ」
そう言いながら、バッカスはそこに刃を入れて開く。
すると、中から砕けていないナンツーコ錐石の先端が出てきた。
「本来なら、一カ所砕けるとそこを基点に全体が砕けるはずなんだが……残ってるんだよな」
「珍しいの?」
「ああ。かなり珍しい現象だ」
このナンツーコ錐石がどういう状態であるのかすぐにでも確認したいところだが――
「とりあえず、解体終わらせちまうか」
検証するならそのあとでも遅くない。
血と脂を洗い流すべきか少し思案し、そのままの状態で銀の腕輪に収納する。
牙長猪ほか、バーイ水晶窟で倒した魔獣は全て解体。
手に入れた素材で必要なモノを、バッカスとルナサはそれぞれに分け合い、不要な素材はギルドに売却。そのお金は二人で話し合いをして分け合った。
報酬を含むとそれなりの金額になりホクホクした様子のルナサを連れて、バッカスは自分の工房へと戻る。
すると、住居の玄関の所に見慣れた女が立っている。
「バッカス。ルナサちゃん。ちょうど良いところに!」
「……新たな厄介事なら勘弁してくれよ? 俺とルナサは厄介事を片付けて帰ってきたところだからな?」
うめくバッカスの背後で、ルナサも身構えるのを見て、クリスは慌てて両手を振った。
「違うわ。お仕事とかじゃなくて……その、単にお腹が空いただけだから」
「それならいいか……いや、うちは食堂じゃねぇんだが」
「バッカス。一度受け入れちゃった時点で否定意味なくない?」
「言うな」
ルナサのツッコミにうめきながら、バッカスは嘆息する。
「なんか食材はあるのか?」
「
「クリスさん、さすがにそれは……」
クリスのいう
植物系の魔獣としては、マンドラゴラなどの一種に分類されている。
どことなく愛嬌のある姿をしているが、葉と本体の付け根のあたりに噴出口と呼ばれる場所があり、そこからワサビの辛み成分を抽出したかのようなブレスを吐き出してくる。
食用可能と知られてはいるが、辛みの強いワサビの味は、あまり好まれてはいない。
「どうやって捕獲したやつだ?」
「縦に真っ二つだけど……その、ムーリーさんに教えてもらって」
「よし。そいつをくれるなら、作ってやろう」
「やった!」
グッと小さくガッツポーズするクリスを押しのけて、バッカスは玄関の鍵を開ける。
「
やるなら横一文字では? というルナサの疑問に、バッカスは玄関を開けながら答える。
「正しい退治方法はそれで大人しくしてトドメだな。
だけど、食べるコトを想定するなら葉と本体の分断はダメだ。刺激が増して食べれなくなる。まぁ食べようってヤツがいないから、マイナーな方法ではあるけどな」
答えるだけ答えると、とっとと入れてとばかりに二人を手招きする。
「適当に座っててくれ。クリスは
「はーい」
嬉しそうにキッチンに
「クリス。悪いがカトラリーセットを向こうへ持っていってくれ」
「まかせて!」
子供のような顔でそううなずいて、勝手知ったる我が家のように棚からカトラリーセットを取り出すと、それをリビングへと持っていく。
「ったく」
小さく息を吐き、
パッと見だけなら前世でいうところの、大きめの大根サイズのワサビだ。
先端が二股に分かれていて、それを足のように動かして歩行する。
「ブレスの噴出口の周辺は食えないらしいが……本体と口と葉を分離させると味が変わるらしいから、とりあえずこのままか」
バッカスはまな板の上に、牙長猪の肉を置く。
まるでそういう色の水晶のようにキラキラと輝く肉だ。
「肉が輝いているのか、脂が輝いているのか……どっちにしろ美味そうだよな」
気分としては分厚いのをガブっとやりたいから、トンカツにするかステーキにするかだろう。
「……トンカツをワサビ塩でってのも悪くないが、ここはやっぱトンテキだな」
頭の中に完成図が思い浮かんだバッカスは、牙長猪の肉を分厚く切っていく。
三枚――おかわりを想定して、十枚ほど切り出す。
熱したフライパンに、肉の脂身の部分を押しつけ少し溶かして広げてから、肉を置く。
きめ細やかで滑らかな脂を蓄えた肉だ。せっかくだから余計な油は使わずに、肉本来の脂だけで焼いていきたい。
肉に火を入れている間に、
前世のように専用のおろし金なんてものないので、これで荒おろしだ。
それを少量口に運ぶ。
以前、食べたことのあるモノとくらべると、だいぶ刺激が落ち着いている。
どうやら、噴射口がついた状態のまま削ったり斬ったりする分には、辛みが落ち着いた状態のまま調理できるようだ。
「よし、それならば……っと」
噴出口ギリギリまで削ってたっぷりの荒おろしを作ったバッカスは、今度は葉っぱに目を付ける。
肉を火から下ろしてバットの上に置き、クロッシュをかぶせて寝かせている間に、噴出口を付けたまま葉っぱを、先ほどまで肉を焼いていた中へと放り込む。
これもさっきと同じ理屈だ。
噴出口を切り離してから炒めると辛みが増す気がしたので、付けたままソテーするのだ。
ある程度、火が通ってしんなりしてきたところで、火から下ろし、熱いうちに噴出口を切り離すと、皿に乗せていく。
鍋にはまだ脂が残っているので、魚醤と
単に魚醤や醤油と合わせるだけなら
葉っぱを炒めたことで、あの脂にはその風味が残っているだろうからなおさらだ。
肉の具合を確かめ、良い感じになった牙長豚の肉を皿に乗せる。
皿の脇にたっぷりの荒おろしワサビを乗せれば、完成だ。
焼いてもなお、脂が水晶のようにキラキラと輝く牙長猪のステーキをリビングで待つ二人のところへと運んでいく。
「すっごい焼いても輝いてるんだ」
肉と同じくらい瞳を輝かせるルナサに、横に居るクリスは驚いたような困惑したような様子を見せる。
「待ってバッカス。このお肉、何?」
「
こいつは、肉自体がこういう色の水晶のように輝いててな。焼いてもなお脂はその輝きを失わないっぽいんだよ」
桜色というべきか、薄紅色と言うべきか。
そういった輝きを見せる肉をそう説明し、バッカスも席に着く。
「付け合わせの葉っぱには味が付いてないから、岩塩か、思いつきで作ったソースを掛けて食べてくれ。肉に巻いて食べるのもいいかもな」
「この緑の山って
「そうだ。異国じゃあこの形状になった
塩と一緒に、肉に乗せて食べてくれ。思ったほど刺激はなかったが、こういうのは個人差があるからな。まずは少量で試すのがいいと思うぜ」
バッカスが一通り説明したところで、三人は食前の祈りを捧げてカトラリーを手にした。
「焼いている時も思ったが、かなり柔らかいな」
「本当ね」
「うわ。こんな柔らかいお肉初めてかも」
先の説明で少量と口にしておきながら、バッカス自身はたっぷりワサビを乗せ、塩を振って口に運ぶ。
「こりゃあいいな」
肉質はもちろんのこと旨味も強い。
脂は非常に甘く、その脂がワサビの刺激を弱らせて、旨味と風味だけを引き出していく。
そして塩がいい働きをする。
単に味を付けるだけでなく、肉とワサビ、どちらの甘みも引き立ててくれるのだ。
心地よい肉のベッドに横たわり、ちょうど良い刺激でマッサージされているような、絶妙な幸福感を覚える味になっている。
「うわ、お肉美味しい!」
「ワサビもいいわね。すごい辛いって聞いてたけど、そんなコトないし」
ルナサとクリスからの評判も上々だ。
「肉の脂が刺激を和らげてるからな。ワサビだけ口にすると、結構くるぜ。
それでも、本体と葉っぱを切り分けたヤツにくらべると大分軽いけどな」
「へー」
その説明を聞きながら、ルナサはワサビだけを口に運ぶ。
「馬鹿。それはさすがに量が……」
バッカスが止める間もなくそれを口にしたルナサは顔を思い切り顰めた。
「な、なんか鼻がツーンとして……目が、頭が……涙が……」
「ワサビは少量を口して眠気覚ましに使ったりするらしいからな」
「あんな量を食べれば、ああもなるのね……」
同じくらいの量のワサビだけを食べようとしていたクリスは、そっとなかったことにして、それは肉に乗せた。
「まぁ刺激的なだけだ。しばらくすれば落ち着くさ」
投げやりにそう告げると、バッカスは肉にソースを垂らして口に運ぶ。
「これも悪くないんだが――塩ワサビと比べるとインパクトが薄いな。良い素材の良い部分がそのまま味わえるのがやっぱ強いのかね」
うーむ……と思考としている横で、クリスは葉っぱのソテーを口に運んでいる。
「ピリっとするけど、これも美味しいわね。
「ああ。肉の脂でソテーしたからか、刺激が和らいで良い風味になってるよな」
「ええ。こっちはお塩よりも、バッカスの作ってくれたソースがいい塩梅に感じるわ」
「なるほど。確かに」
ワサビの刺激にやられたルナサを横目に、バッカスとクリスはのんびりと肉と葉っぱに関しての言葉を交わし合うのだった。
もちろん、バッカスもクリスも、復活したルナサも、肉のおかわりを求めた。
十枚切り出したけれども、それも少なく感じるくらいには、みんなでガッツリと食べたのだった。
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作者も、お高めの美味しいワサビと岩塩でポークステーキ食べるの好きです٩( 'ω' )و
それはそれとして、本作のコミカライズもよろしく。
コミックノヴァ、ピッコマの他、ニコニコでも連載はじまりましたので、お好みの環境・サイトにてよしなに!
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