第4話
白いテーブルクロスが敷かれたテーブルには、古臭い日本人じゃないおじさんの肖像画が飾られていて、そのおじさんの顔が懐中電灯の明かりの中でみるみるゾンビに変わるのをみて、私もトモヨちゃんも、もう限界だって思って、はやくこっから出なくっちゃって思って、それで急いで、出口を探すんだけど、どこからきたのか、どこへ行けばいいのか、全然わかんなくって、そしたらトモヨちゃんが「薬」って言葉を言って。
そうだ、薬をとりにきたんだってそこで思い出して、その薬を取らなきゃ、きっとこの暗闇は無くならないって思って、それで、それで、思い出したの。
——研究所の机の右、隠し部屋って。
だからね、悪魔が壁に貼り付けになっている研究所の、祭壇みたいな机の右の方を見たんだけど、それでも黒い壁しかなくて。でも、隠し部屋っていうからそこなのかって思って、手で触ったら、バターン! って、勢いよく中に倒れ込んじゃって。どうやら壁だと思っていたそれは、壁じゃなくって黒いカーテンで、あぁ良かった、ここが隠し部屋だって思って。
それで、トモヨちゃんとその真っ暗で狭い通路を進んだらね——
真っ赤に顔を光らせて呻き声を上げる人形がこっちに向かって歩いてくるの……。ガタガタガタガタ揺れながら、小さな人形が、こっちに——
もう嫌だぁ、もうやめてぇって二人で泣き叫びながらその先を見るとね、あの、最初の部屋で読んだお話に出てくる赤ずきんの少女の顔が見えた気がしたの。でも、でも、燃えるように赤く顔を光らせて、こっちにやってくる人形の向こうに行かなくちゃいけなくて、それで、それで——
大丈夫大丈夫、これは夢子ちゃんのお母さんが作ったお化け屋敷だから、本物のお化けがいるわけじゃないって、何度も何度も自分に言い聞かせてね、それでそれで——
目を瞑って、その恐ろしい声を上げる人形の横を通り過ぎて、そして、突き当たりまで進んだところで目を開けたら——
「ひぃっ……」って思わず声が漏れちゃうくらい、怖いものがあったの。真っ赤な頭巾をかぶった少女は、身体の上半身しかそこになくって、それに、それに——
目玉が片方、どろりと垂れ落ちていて——。
「もうやだよぉ」って、トモヨちゃんは泣くし、でも、ゾンビにならないための薬を持って帰らなきゃ、きっと帰り道が見つからないような気がして、その赤ずきんの少女の前に置いてある宝箱に手を伸ばし、箱を開けようとするんだけど、全然箱の蓋が開かなくて。よく見ると、箱の上には蛇がいて、私の手を噛もうとしてるんだ。もう、怖いけど、でもしょうがないからその蛇を手で思いっきり払い除けて、それで、なんとか鍵を開けると……。
あったの。薬の入った袋が……。ゾンビの絵が書いてある小さな袋の中にはカプセルが入ってた。だから、それを急いでとって、トモヨちゃんに、「薬見つけたよ」って言って振り向いたらね、そこにはもう、トモヨちゃんの姿がなくて、恐ろしい人形がこちらに向かって歩いてくるのが見えた——。
いやぁ! って、叫びながらわたしは人形を見ないようにすり抜けて、そしてまたあの怖いおじさんの絵が飾ってある部屋に戻って、それでそれで、トモヨちゃんを探したんだけど、どこにもいなくって。
「トモヨちゃん! トモヨちゃん!」って、名前を呼ぶと、近くにあった研究室の机の上で、鳥籠に入れられた小さな女の子が叫び声を上げながら「出してくれ出してくれ」って足をバタバタさせているのが見えて。もう、もうこれ以上はダメだって思って、私はどこに向かうかわからないままに走ったの。狭い狭い屋根裏部屋を走って、壁にぶつかるたびにひんやりとしたものが顔に触れて、「もうやめてぇ!」って、大きな声で叫んだ時、はっと、ドアから差し込む光が見えた気がして。
だからそっちに向かって走ったの。そしたら、屋根裏部屋に最初に入ったときに通った廊下のような場所に出て、それで突き当たりの壁を思いっきり手で、どんどんどんどん叩いて、「出して出して!」って叫んだの。もうここが出口じゃなきゃ、どこにも出口なんてないって思って。それで壁を思いっきり何度も何度も、どんどんどんどん! って叩いて——。
その時だよ、お母さん。
誰かが後ろから私の背中を引っ張って、「もっと遊ぼう」って言ったの——。
もうダメだって、怖いのが限界だって思って、ヘタヘタってその場で座り込んで泣き出しそうになったところで、目の前の壁から縦に真っ直ぐ光が差し込んでね、夢子ちゃんのお母さんの顔が見えたの。
「よく戻ってこれました」って、微笑んでいる夢子ちゃんのお母さんは、とってもとっても心配してくれていたようには見えなくて、口元が緩んでた……。それで、冗談ぽく、「たまに本物のお化けがいるけど、大丈夫だったかな?」って聞いてくるの! それが一番怖かったよ。でもね、終わってみれば楽しかったし、また月曜日にもいく予定をしてるんだ。
でもね、お母さん。
トモヨちゃんがね、それからいなくなっちゃったの。
おかしいよね? だって、一緒に屋根裏部屋に入ったのに。
なんでだと思う?
だって、夢子ちゃんの家までは一緒に行ったんだよ。
それにグッチパーもしたし、それでわたしとペアになったんだよ?
それに、それに、一緒に屋根裏部屋にも行ったのに——。
お母さん、ねぇ、聞いてる?
ねぇ、お母さん?
お母さん……?
なんで、そんなに驚いた顔をしているの……?
え?
今なんて言ったの?
トモヨちゃんって、どのトモヨちゃんって聞いたの?
何言ってるの?
私が仲がいいのはさ、ほら、保育園が一緒でお母さん同士も仲がいい、竹中智代ちゃんだよ。違う違う、高橋知世ちゃんじゃなくて、竹中智代ちゃんの方だよ。
お母さん、どうしたの?
なんでそんな顔してるの?
え?
今なんて言ったの?
嘘でしょ?
——トモヨちゃんは昨日事故に遭って、今意識不明だって言ったの?
嘘よ! 嘘嘘! だって、学校で先生はそんなこと一言も言ってなかったし、それにそれに——。
あ……。トモヨちゃんだけ、隣のクラスだから、今日学校で会ってないかもしれない。でもでも、でも、一緒に自転車に乗って、あの、トモヨちゃんの水色の自転車にトモヨちゃんはちゃんと乗ってて、それで、それで、夢子ちゃんの家まで行ったんだよ?
ちょっと待ってって、そんな、お母さん! ねぇ聞いてる? スマホ触ってないで、話を聞いてよ! お母さん! お母さんってば!
ねぇ、お母さん、なんで急に泣き出しちゃったの……?
よく聞いてって……、なんで、そんな顔してるの……。う、うん。わかった。お母さんの話、聞くよ……。
ま……さか……。
嘘でしょ……。
そんなわけない! だって今日一緒に夢子ちゃんの家に行ったもん! それに、それに一緒に屋根裏部屋のお化け屋敷にだって行ったもん! そんなことあるわけないよっ……!
信じられないよ、そんなこと……。トモヨちゃんが、昨日、いつも乗ってる水色の自転車で交通事故にあって、さっき死んじゃったなんて——。
完
夢子ちゃんちのお化け屋敷 和響 @kazuchiai
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます