第3話

 うん、あのね、まず屋根裏部屋のドアにはね、あの真っ赤な紙に黒い気持ちの悪い手がいっぱいついてるポスターが貼ってあるの。それでね、ドアの取手には、お母さんがたまにドラマで見てるような、あの警察が貼ってる黄色いテープが貼られてるんだけど、そのドアをゆっくりと開けながら夢子ちゃんのお母さんが聞こえるか聞こえないかくらいの声で私たちに言うの。


「静かに入っていかないと、警報装置のサイレンが鳴って、ゾンビやお化けが動き出すから、本当に気をつけて進んでね。入ったら右だよ。それに、から気をつけてね、行ってらっしゃい」って。


 だからね、トモヨちゃんと、慎重に慎重に足音を立てないように屋根裏部屋に入ったんだけど、「じゃあね」って夢子ちゃんのお母さんが言った後にね、その屋根裏部屋のドアが音も立てずに閉まるんだ。スーって、なんの音もしないでドアが閉まると、目の前が真っ暗闇になって。手に持っているちっちゃな懐中電灯の明かりだけになっちゃうの。その懐中電灯がね、もう電池が少ししかないのか、全然明るくなくって。足元がぼんやりとしか映らないんだ。狭くて短い廊下をトモヨちゃんとくっつきながら恐る恐る進んで、それで、真っ黒でひんやりとするカーテンをそっと開けると、また暗い廊下があって。


 トモヨちゃんが、「怖い」って、わたしの耳元で囁いて、わたしはそれを聞いてね、なんだかすごく怖くなってきて。それでね、それで——


 静かに、足音を立てないように一歩右に曲がったんだけど……、急に『ビービービービー!』って、大きな音が鳴り出しちゃって! そしたら屋根裏部屋のあちこちから『ああああ〜ああああ〜』とか、『うううう〜うううう〜』とか、呻き声が一斉に聞こえ始めて、わたしもトモヨちゃんも怖くて一歩も動けないのに、暗闇の中では恐ろしい声が響いて、それにガンガンガンガン床に振動を感じるの。


 ガンガンガンガン、何かがぶつかるような音と黒板を引っ掻くような音が聞こえて、身体が捻り潰されるような気分になってきて、怖くて、怖くて、トモヨちゃんが泣き出しちゃって。それで、入り口に引き返そうとするんだけど、見えるもの全てが真っ黒な世界で、懐中電灯を当ててもテカテカとした黒いものしか見えなくて——入り口に戻れないの。


 どうやっても、入り口に戻れなくて、トモヨちゃんは泣き出しちゃうし、わたしも怖くて、足が動かないし、でも、そのままそこにいると、そのガンガンガンガン何かにぶつかるような音が、どんどん近づいてくるような気がして。だから、壁に手を触れて、とりあえずは進んで見たの。


 そろりそろりと、そろりそろりと、ゆっくりトモヨちゃんと手を繋いで進んでいって、そしたら急に白い光がパッとついて、「ああ〜! よかったぁ〜!」って、振り返ってトモヨちゃんの顔を見たら、トモヨちゃんがわたしの向こう側を見て、「いやぁ!」って捻り潰したみたいな声を出しながら、見たこともないような怖い顔をしているの。懐中電灯に照らされたトモヨちゃんの顔は、眉毛がひしゃげて、目には涙を溜めていて、唇がブルブル 震えていて——だから、わたしもトモヨちゃんが見ている方を恐る恐る振り返ってみてみたら——


 血のついた白いフードを被った女の人の頭だけが、真っ暗な闇の中に浮き上がっていて、その顔を赤い光が照らしてるの。真っ赤な目をしたその女の人は長い髪の毛をぶらぶらと下に垂らして、頭から血が流れ落ちていて、こっちをね、こうやって、下から覗き込むようにみているの——


 怖くて、わたしはもう声も出なくて。でも、懐中電灯で照らすと、どうやらその女の人の生首の下を潜っていかなきゃ先に進めないみたいで、トモヨちゃんはわたしの手を汗ばんだ手でギュッと握ってきて、ブルブル震えてるし、懐中電灯を持っているのはわたしだから、入り口に戻れないならいくしかないし——。


 それでね、目を瞑って、トモヨちゃんと手を繋ぎながらその女の人の頭の下を潜り抜けたんだ。怖いけど、怖いけど、見ないように、見ないようにと思って。そしたら、首筋に女の人の長い髪の毛がサラッと触れて「きゃぁ!」って思わず声を出して、そしたら一瞬静かになっていた屋根裏部屋のお化けたちがまた一斉に騒ぎ出して。


 あちこちから叫び声や呻き声、変な気持ちの悪い音が聞こえてきて、それでね、それで——


 もうこんなの嫌だって、泣きながら先を進むんだけど、ひんやりとした真っ黒なものが顔にいっぱい触ってくるし、それに、低くて狭い通路を抜けると、床を、床を、床を——


 床を、乱れた髪の毛の女の人が這いずってやってくるのっ!


 赤く目を光らせたその女の人は床をずりずりずりずりこちらに向かって『あああ〜あああ〜』って変な声を上げながら、わたしの方にどんどん近づいてきて、トモヨちゃんが「もうやめてぇ!」ってわたしの後ろで叫ぶんで、それに驚いたわたしは後ろに尻餅をついちゃったの。


 そしたら懐中電灯が床に転がって、そして、そしてね、その這いずってくる女の人の顔を照らしたの——


 青白い顔をして、目を真っ赤に光らせた女の人の顔はまるでわたしのことを恨んでるみたいに恐ろしい顔をしていて、『うううあ〜うううあ〜』って、唸りながら、ずりずりずりずりこっちに近寄ってきて、思わず、床にお尻をつけたまま後ろにいくんだけど、トモヨちゃんが邪魔で逃げ場がないし、どんどんどんどんその女の人が近づいてきて、骨ばっかりの気味の悪い指でわたしの足を触るのっ……!


 その指が、わたしの足の先からだんだん膝に登ってきて私の身体に登ってくるような気がして、急いで立ち上がろうとするんだけど、足の下に何かがあるのか、ツルツルしてうまく立てないの——


 トモヨちゃんは泣いているし、わたしも、泣きたくないけど泣いてしまったし、怖くて怖くて、でも、こんな場所にいつまでもいるのが嫌だって、嫌だって思って、それで、一生懸命自分の足を触って叩いて、起き上がって、「いくよ!」ってトモヨちゃんに声をかけて、その女の人を蹴り飛ばして、それで先に進んだの——


 その先にあったのが、研究所——。


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