誰にも止められないがーるずとーきんぐ
歌うたい
誰にも止められないがーるずとーきんぐ
「運命ってあるんだよねー」
「あー⋯⋯そうなんだ」
わたしは今、多分、世界で一番メルヘンな挨拶をされたんだろう。
ベンチの隣へお尻を沈めた友人を横目に、口つけていたミルクティーのストローの先っぽを、甘く噛む。
膝に畳んだ小説のカバーが、風にそよいでペラペラと音を立てた。
「美香さ、また彼氏の話?」
「えーあれーバレちゃった? さっすが叶、眼鏡っ子だねー」
「眼鏡関係ある?」
「頭良さそうじゃん」
「頭悪そうな発言だよそれ」
「バカなとこも可愛いって? 知ってる~⋯⋯ぬふふ」
(彼氏に言われたんだろーな⋯⋯めんどくさい)
ロマンチストな事だ。
いかにも幸せですってだらしのない笑顔を浮かべる美香の、くりんと曲げ癖をつけた髪が視界の端で舞う。
最近出来た彼氏に首ったけなんだろう。
少し前に流行ったゆるふわガール特集を、カールアイロン片手に凝視していた姿を思い出した。
「で、その彼氏は?」
「向こうの授業終わるまで連絡待ち~⋯⋯はぁ、早く会いたい。ねぇ叶、メイク変じゃない?」
「ばっちし」
「髪型は? 服はどんな? このスカートとか下ろし立てなんだけどさ~」
「いけてるいけてる」
「せめて見てから言えし。あ~もう、早く時間経たないかなぁ⋯⋯さしずめあれだね、天の川に別たれた⋯⋯」
「織姫の気分ね、はいはい」
「言わせろし~! い~わ~せ~ろ~し~!」
うぜぇ。
あれか。
彼氏の用事が終わるまで私はこの、のろけモード全開の脳内花畑女を相手にせねばならんのか。
もぅマジ無理。リスカしょ。。。とまではならないけど、しんどいのは間違いない。
「やっぱさぁ、運命の出会いなんだよねー」
「あぁ⋯⋯またそのノロケ? 勘弁してよ⋯⋯」
「あれはぁ、ミカの今年の誕生日⋯⋯その一週間前だったかなぁ」
「こっちの話は聞いちゃくれないし。はぁ⋯⋯」
───☆
─☆
『誰にも止められないがーるずとーきんぐ』
─☆
───☆
七条美香という友人を一言でいえば、絵にかいたようなメルヘンだった。
誕生日は七月七日。
だからって織姫にマジで憧れるような女、メルヘンと言う他ないと思う。
根の性格が良いから、なんだかんだ私含めて友人は多いんだけど。
外見もかなり良い。実写織姫というキャストでも、問題ないくらいに。
でも周囲の目なんて気にせずなロマンチストだからか、男子連中の間では『目の保養』って立ち位置に居る。
つまり、絵にかいたような残念美人でもある。
だから同性の友達も多い理由のひとつ、でもあるんだけど。女社会の恐いところだよね。
そんな織姫に憧れてるロマンチストなだけあってか、美香は星を見るのが好きだった。
特に七夕が近付く頃には、お父さんに買ってもらったらしき双眼鏡で、マンションのベランダからじーっと夜空を観測するくらいに筋金入り。
でも筋金が入り過ぎて、勉強が疎かになったり、晩ご飯の時間になっても天体観測を続けたりするもんだから、七夕が近付く度に双眼鏡を没収されてしまうらしい。お父さんGJ。
まぁ、美香は没収されちゃったからといって大人しく勉強するようなタイプではなく。
マンションの後ろにある、星が良く見えるらしき裏山の山頂にまで脚を運んでは、夜空を眺める習慣を新たに作るくらいにタフだった。
ほんとう、メルヘンだけども情熱は凄まじい。
そして、その情熱というか執念というかが見事に実を結んでしまったらしく。
今年の七夕の一週間前。
美香は、彼女いわく運命の彦星様と出逢う事が出来たんだとか。
★☆★☆
その日はいつも以上に星が綺麗な夜空になる予感がしたから、学校終わりに一度マンションに帰らずそのまま裏山に向かったらしく。
そんな気まぐれの延長上にその人は居たんだって。
「あのぉ、天体観測ですか?」
まだほんの少し夕暮れが指紋を残していた夜の下。山頂付近の拓けたところ。
リュックを背負った、少し野暮ったい服装をした男の人。
何より目を惹いたのが、いち高校生じゃちょっと手が届かなさそうな、大きな望遠鏡で。
いつもと違うルーチンが呼んだちょっとした非日常の匂いに、背を押されるように声をかけたらしい。
「え!? ぁ、あぁ、うんうん、そうですけど⋯⋯」
すると急に声をかけられたからか、その人は覗き込んでた望遠鏡から慌てて飛び退いたとか。
途端に顔を真っ赤にしてワタワタと落ち着きがなくなった様子に、美香がついキュンとしたとかそんな件もあるけど、まぁ余談。
問題はそのあと。
「あ、私、七条美香っていいます。いっつも此所に、星を眺めに来てましてぇ」
「あぁ。俺は星宮信彦、です。俺もまぁ、いつも此所で、天体観測を⋯⋯」
「ええっ、そうなんですかぁ?! というか名前! すっごく素敵ですね!」
「はい?!」
「ほら! 星宮の『星』と信彦の『彦』で、彦星様じゃないですかぁ!」
「⋯⋯あー、そう言われれば確かに」
「私、七夕の織姫と彦星の話がとってもロマンチックで大好きなんです! だからこの時期になるとどーしても綺麗な天の川を見てたくって⋯⋯でもこないだパパに双眼鏡を没収されちゃってぇ」
「な、なるほど……それは悲しいね」
とまぁ、メルヘンというしかないようなトークを立て板に水って勢いで話す辺り、流石は七条美香である。
初対面関係なしの明け透けなフレンドリーさに、大概は戸惑う。
幸いなことに、その星宮さんは戸惑いながらも受け入れてくれたらしい。
「もしよかったら私も星を見てみたいんですけど、いいですかぁ?」
「あ、あぁ、勿論! 少し待ってて、今から調整するから!」
「ありがとうございますぅ!」
すかさず更に踏み込んだ美香のお願いをすんなり聞いてあげる辺り、優しい人なのか、星が好きなのか。
忙しなく望遠鏡を調整する背中に、もう既にときめきが止まらなかったとは美香の言葉である。
で、その後一分くらいして。
「うっわぁ! すっごい綺麗ー! やっぱり双眼鏡で見るのとじゃ全然違いますねー!」
「そうか。喜んで貰えて嬉しいよ」
「望遠鏡持っているって凄いなぁ……高校生の私じゃあ流石に手が届かなくてぇ」
「だろうね、良いヤツはやっぱそれなりの値がつくし。俺も大学行きながらのバイトで、先月にやっと買えたばっかりだよ」
「星宮さん大学生なんですかぁ。修道大?」
「あ、いや、立憲大」
「うわぁ、ミカの高校の近くのエリート校! 凄いなぁ星宮さん」
「はは。法学部とか、難しい学部じゃないけどね。所属サークルも総員6人のしがない天文サークルだし」
「天文サークル、いいなぁ! それでいつも天体観測を?」
「⋯⋯あぁ。そんなとこだよ」
念願叶ってより近くで鮮明に見れる星々のパノラマに、織姫志望のテンションはうなぎ登り。
それだけに天体観測しながらの会話もどんどん弾む。
「天の川、アップで見ても綺麗だなぁ。織姫も彦星も、七夕だともっとキラキラしてて、綺麗に見えるといいなぁ」
「君は、本当に七夕が好きなんだな」
「えへへ」
「名前も名字に『七』が入ってるし、もしかしたら出席番号も『七』……は、さすがにないか」
「それが実は7なんですよ、出席番号! うちのクラス、あ行とか行が少なくて! かなり運命的だよね~!」
「そ、それは凄いなぁ。部屋の番号も707だし……」
「はい!」
「誕生日も七月七日とかだったら、もう本当に運命かも知れないな」
「!! そう、そうなの! 美香の誕生日、7月7日! 丁度7日後なんです!」
「……ははは! そりゃもう神様の悪戯ってレベルだよ」
覗き込んだ望遠鏡から振り返って見た星宮さんの笑顔は、それはもう格好良く見えたとかで。
ロマンチストを笑うようなニュアンスではなく、本当に心からの笑顔で。
もうその時には、地上の織姫さんは恋に落ちてしまったらしいよ。知らんけど。
☆★☆★☆
で、それから。
「えへへ、また来てくれてたんですね!」
「あぁ。望遠鏡使う?」
「大丈ー夫! パパの部屋からこっそり双眼鏡取り返したんで! ですから、一緒に見ませんかぁ?」
「喜んで」
ドラマだったらここから星宮さんに女の影があったり、ミカが急にイジメの対象になったりだとかの山なり谷なりがあるんだけど。
幸せってのは退屈なものとは良く言ったもので、ここから続くのは聴いてるこっちが胸焼けしそうな夜の逢瀬。
「一年に一回しか会えないなんて、悲しいですよねー」
「確かにね」
「私が織姫だったら寂しくってしんじゃうかも」
「ははは、兎じゃないんだから」
「あ、ちょっとバカにしてるでしょー」
「そんなことないよ。君は織姫じゃないんだから、寂しくはないだろ?」
「あ、あはは。いやーそこはちょっとした物の喩えといいますかね!」
二人を引き裂く天の川は夜空だけで手一杯らしく。
阻むものなき二人の距離は、あっという間に埋まって行って。
「なぁミカちゃん」
「なぁに?」
「明日の、誕生日の夜。少しだけ、時間貰えない?」
「え⋯⋯」
まぁ。後は言わなくても分かるでしょ?
親友が幸せそうでなによりです。ふぁっく。
☆★☆★☆
「で、彼氏に貰ったのが、その星のネックレスなんでしょ? はいはい」
「もー! それだけじゃないってばぁ! ミカにとっての彦星もゲットしちゃったってゆーかぁ?」
「はいはい」
「『織姫のように寂しい想いはさせないから』って台詞もセットでぇ⋯⋯うきゃぁー!」
「へいへい」
バシバシと興奮混じりに私の背中を叩く美香の手を、掴んでそのまま一本背負いかませたらどんだけ良かったか。
テンションがピークに達してよりウザさを増した隣に、聞こえるように吐いた溜め息も馬耳東風。
あぁもう、口に含んだミルクティーが甘いこと甘いこと。
「はぁ~、はやく連絡来ないかなぁ。今日はね、プラネタリウム行くんだぁ」
「聞いてないけど」
「やっぱミカ達がデート行くならここしかないって言うかぁ。彦星と織姫が人が作った星空を観に行くなんてもぉロマンチック過ぎて辛い」
「聞いてないって」
「どうしよう、暗いから良い雰囲気になって隣同士で手が重なってそのままキスとか⋯⋯うひゃあ! ブレスケアしないと」
「聞けこら」
いやもうほんとね。
ちょっとばっかし不幸になってくれてもいいのよ?
帰り道に通り雨にぶち当たるとか。
あ、ダメだ。こいつらだとそれも美味しい展開になるに違いない。くそう。
「あっ! ライン来たぁ!」
「あぁ、良かったね」
すっかり
まるで飼い主を見付けた犬みたいな反応。
その素直さは可愛いが、とろっとろに蕩けた笑顔は可愛さ余って憎さ百倍である。
ともあれ、これでこのガールズトークは終わりを迎えれたようでなにより。
そそくさと鞄を持ちながら何故かこの場でスカートを整える美香の背中に、いってらーと間の抜けた声を投げた。
「あっ、叶!」
「なに?」
これでまた活字の海へと没頭出来ると。
ほんの少しの寂しさを交えながら膝の上に畳んだ小説を開こうとする私が顔を上げれば。
ビシッとサムズアップを掲げる美香が、声高に叫んだ。
「例え、彼氏が出来ても⋯⋯ミカと叶はぁ、ズッ友だよぉ!!」
「⋯⋯はいはいありがとう」
星になってしまえ。マジで。
隕石の欠片に直撃してもろとも爆発してしまえ。
言うだけ言って、流れ星のようにピャーッと駆けていく美香の背中を見つめながら、そんな、星に願いを。
ロマンチックどころか辛辣極まりない我が身が、思わず哀しくなるほどだった。
「あーもう。いいなぁ」
はぁー。彼氏。羨ましい。
いくら内心で冷めたこと言ってたって、こちとら美香と同じ華の女子高生ですよ。
「同じ趣味で、年上で、優しくってさ」
身近であんな絵にかいたようなベタなロマンスがあったらさ、そりゃ憧れる。
「出逢いも運命的で⋯⋯」
誰だってそうでしょ。
自分が思い描く理想的なシチュエーションが、目の前にやって来るなんて。
そんな、流れ星に三回願って叶えられる、夢みたいな。
運命、みたいな。
「⋯⋯⋯⋯」
出来すぎってくらいに。
出来すぎって、くらいで。
『あぁ。俺は星宮信彦、です。俺もまぁ、いつも"此所"で、天体観測を⋯⋯』
あれ。
いつも、此処で。つまり、あの裏山で?
なんで今まで、鉢合わせなかったんだろう。
たまたま?
『その日はいつも以上に星が綺麗な夜空になる予感がしたから、バイト終わりに一度マンションに帰らずそのまま裏山に向かったらしく。』
「⋯⋯⋯⋯」
学校終わりだから、まだ若干夕陽が残ってるくらいなのに。
天体観測って⋯⋯普通、もっと遅い時間にするものじゃないっけ?
いや、私は天文部じゃない、最適な時間がどうとか分からないけども。
『そ、それは凄いなぁ。部屋の番号も707だし⋯⋯』
『はい!』
「⋯⋯⋯⋯あ、れ⋯⋯?」
あれ、ちょっと待って。
なんで星宮さん、会ったばかりなのに美香の部屋がどこにあるかって知ってたの。
い、いや。
あくまで美香から伝え聞いた話だし、記憶の穴抜けかも知れない。
もしかしたらどっかで、そういう会話をしていたのかも知れない。
なんせ、あの美香だ。有り得る。
充分に有り得ることで⋯⋯
『もしよかったら私も星を見てみたいんですけど、いいですかぁ?』
『あ、あぁ、勿論! 少し待ってて、今から調整するから!』
「⋯⋯、─────」
望遠鏡。
"一分も"、何故、調整する必要があったんだろう。
星を見せたいのなら、そのままミカに覗かせれば良かったのに。
それに彼もまた、いつもその場所で天体観測をしていたのに。
どうして今までミカと遭遇しなかったのか。
ミカがいつも来る時間帯には、もう帰っていたから?
入れ違い?
でも、天体観測をするなら、それこそ夜遅くの方が適してるはずなのに。
『そんな気まぐれの延長上にその人は居たんだって。』
「────」
本当に、星を見ていた?
違うとしたら、直前まで何を。
どこを見てた?
いつもなら、美香が帰宅する時間に。
裏山から。
裏山ってどこの?
すぐ近くのマンション。
マンションの、どこを?
707号室。
───★
─★
【誰にも止められないガールストーキング】
─★
───★
「は、はは⋯⋯」
ぞわりと身体を駆け抜けた、例えようのない恐怖を笑う。振り払うように。
「いやいや、ないない⋯⋯」
それこそ出来すぎだって。
望遠鏡の調整とか、時間とか。
天体観測したこともない素人には分からない「当たり前」がそこにあるのかも知れないし。
単なる気にし過ぎ。
ちょっとした日常の謎に、驚愕の真実を期待するような、そんな出来心が急かした結果に違いないんだ。
これじゃ、あの娘の友達失格だよ。
「気のせいだって⋯⋯」
バクバクと強く鳴る心臓が『本当に?』って自問自答を促して、うるさい。
違うから。気にしすぎ。
そう。そうなんだ。そうなの。
それがもし事実だとしたら、とか。いいから。
『例え、彼氏が出来ても⋯⋯ミカと叶はぁ、ズッ友だよぉ!!』
そんなの⋯⋯"止めようとすること自体"、"確かめること自体"、ひどい裏切りなんだってば
「こんなの読むからいけないんだ。もう」
膝の上の小説を、おもむろにバッグに押し込む。
ミステリーものなんて読むから、こんな探偵気取りをしてしまうんだ。
ごちゃ混ぜになった感情ごとなにもかも振り払うように立ち上がって、荷物を手に取る。
「帰ろう。今日バラエティ面白いのやってたし、うん、そっち見よう。あ、でもお風呂が先かな」
見えない影に怯えるように増えた独り言。
夕景の向こうに見えた星から目を逸らして、私は帰路への一歩を踏み出した。
「大丈夫。大丈夫だよ、きっと⋯⋯」
夜空見上げず、星に願う。
どうか、なんてことのない、杞憂でありますようにと。
星が流れたかどうかは、分からない。
『織姫のように寂しい想いはさせないから』
私には、分からない。
fin.
誰にも止められないがーるずとーきんぐ 歌うたい @Utautai_lila-lion
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