東京ダイダラボッチ幻想 〜明智小五郎、詩人の見た「巨人」の謎に挑む〜
四谷軒
詩人の見た「巨人」
――
萩原朔太郎「定本青猫」
その日の夜、明智小五郎は自身の探偵事務所に一人の訪問者を迎えた。
「やあ――乱歩先生」
江戸川乱歩――私である。
*
その日の夕方、私はとある奇妙な依頼をしようと思って、明智事務所を訪ねていた。
応接室に招じ入れられると、明智は応接椅子に座るよう勧めながら、早速にその依頼内容を聞きたいと言った。
「ダイダラボッチ?」
「そうなんだ」
順を追って説明すると、私は詩人の萩原朔太郎と縁があった。朔太郎は大の
そして朔太郎は昭和十七年に逝った。ただし、書斎にはあるしかけをして。
――手をふれるべからず。
その
「それが……それだけでなかったという訳ですか、乱歩先生」
明智は葉巻を
ああ、と答えて、私は懐中から一通の手紙を取り出した。
「遺言? いいや、ちがうようですね……これは、謎かけですか?」
手紙は、朔太郎の筆跡で、「江戸川乱歩君へ」と宛名書きされており、中の便箋には「
何というか、詩にしては、明け透けな
とすると、やはり謎かけと言わざるを得ない。
「ダイダラボッチ……たしか、柳田國男先生の文章にありましたね」
「ああ、『ダイダラ坊の足跡』のことかい」
「ダイダラ坊の足跡」を読むと、ダイダラ坊と
代田――朔太郎が居を構えた地であり、その人生の終焉の地である。
「つまり」
明智はずいと迫った。
「朔太郎はダイダラ坊と代田の連関に目をつけて住み、そして見たと」
「うむ」
「ですが」
「何だい」
「朔太郎が死んで、
「……そりゃあ、その手品の種明かしの整理をしていたら、出て来たのさ」
「…………」
明智は半眼で私のことを睨んでいたが、やがて得心したのか葉巻を口に戻した。
「話を戻しましょう。その、ダイダラボッチですか、それが東京にいるということを朔太郎は見た……それは何か、というか」
そこで明智は葉巻を灰皿に押し付けて揉み潰した。
「というか、現代の東京において朔太郎がダイダラボッチと
「そう」
私は、明智に意図を汲み取って貰えて、満足して頷いた。
だが明智は肩を
「こういうのは、民俗なら金田一君が、歴史なら神津君の方が良いと思いますが」
「この手紙の宛先が
「…………」
明智はまた半眼で私を睨みながら、新たな葉巻に火をつけた。
煙を吸い込み、ひとしきり香りを楽しんで、それからまた口を開いた。
「まあいいでしょう。奇妙な依頼だが、幸い暇です。殺人という訳でもないし、そこが単純に思考の
ただし、精確な知識や研究みたいなものを求められても困る、と明智は付け加えた。
私に否やは無かった。
萩原朔太郎は、江戸川乱歩を指名している。ゆえに、私以上の造詣を期待している訳ではないのだから。
「ふむ」
明智は煙を吐いた。
「ではまず問題にすべきは、朔太郎の
たしか、
「また、朔太郎はカメラを趣味としていました。もしかしたら……ダイダラボッチを撮るために、撮影に適した家を作ったのかもしれません」
明智は、朔太郎の
当然ながら知らない。
知っていれば、私が先に貰っている。
「では仕方ありませんね……残された著作から推理するしかない訳ですが」
明智は「失礼」と立ち上がって、書棚からある本を取り出した。
「中野の
明智は「定本青猫」という
「ふむ」
そう
ひとりで納得していないで、こちらにも教えてくれてもいいじゃないかと言うと、お互い様とやり返してきた。
「
「…………」
「ま、見当はついてますがね。それより」
明智は今度は
それはクロード・モネの「ジヴェルニーの積みわら、夕日」の絵葉書である。
夕日を背景に、三角頭の積まれた
「この積み藁ですが、朔太郎の郷里、上州では何と言うと思います?」
「何って」
「藁ぼっちと言います」
「えっ」
私は思わず身を乗り出す。
「このぼっちと言う言葉ですが……たとえば、ひとりぼっち。これもまたぼっちだ。恐らく、孤立するもの、
「…………」
「
「そりゃあ……」
言いかけたものの、絶句した。
何でそんなことに気がつかなかったのだろう。
「……それは何らかの
浦和の
「……以上のことから、朔太郎が見つけたという『ダイダラボッチ』は動かず、孤立すると逆説的に証明できる、までは言い過ぎかもしれませんが、まあ多分、そうです」
「失敬」と言ってから明智は水差しからコップに水を注いだ。
「……ここまで来れば、明敏な貴方のことだ、もう感づいているに相違ない……ですが、最後にもう一つ。
山を運んだり、山をどけたり。
あるいは土地を
そういえば、代田でも橋を架けたという。
「つまり」
そこまで言ってから、明智は水を飲んだ。
答えを言うつもりらしい。
「人の役に立つ……大きな、佇立する存在。そして朔太郎の家の立地。これらが指し示すものは」
明智は突然、窓を開けた。
都心の一等地にあった明智の事務所は、窓からあれが見えた。
「東京タワー……」
「そう。塔です。朔太郎の場合は、送電鉄塔ですがね」
私は電波塔を眺めながら、朔太郎の住居を思い出した。
詩人の家は、大きな鉄塔の下にあった。
方向音痴だったらしい朔太郎にとっては、実にありがたみのある家だったという。
そこでふと、卓上に置かれた「定本青猫」の一節が見えた。
――
「
私が感心して頷いていると、明智は手を差し出した。
「何? 依頼料かい?」
「そうではない。その朔太郎の手紙、出し
「は?」
「
「それは」
動揺している隙を
であれば、仕方ない。
種明かしと行くか。
私、否、吾輩は「乱歩である」という暗示から自らを解放し、変装を解いた。
「はっはっは、明智君、見事な名推理だ」
明智は人の悪い笑みを浮かべながら、「ハッタリだよ」と言った。
「何? どういうことだ?」
「いくら乱歩先生でも、
「……ふっ」
さすがはわが好敵手といったところか。
「断っておくが、吾輩は手紙を盗ったのではない。拝借したのだ。いずれ返すつもりだった」
「……ま、そういうことにしておこう」
この二十面相、稀代の詩人の遺作は無いかと、ずっと探していた。
そして美を愛する吾輩の執念が実ったのか、つい先頃、見つけたのだ。
だがしかし、それは詩ではなく、謎かけだった。
しかも、宛先が江戸川乱歩先生と来ている。
「これは吾輩の出番だ。そう思ったよ」
「その心理は否定しない。で、ご満足頂けましたかな?」
「うむ。悪くないと思ったよ。返礼に、吾輩なりの答えを出そう」
吾輩はこれから本物の江戸川乱歩が来ることを告げた。
「乱歩先生が来たら、そう……十分程度、
吾輩は開いた窓から飛んだ。
*
「――そうだったのか」
時間は再び、その日の夜に。
私――本物の江戸川乱歩は明智小五郎の話を十分ほど聞いてから、そのあと隣室にいた明智の助手――小林少年に付き合うことにした。
隣室には、テレビがあった。
「そういえばこれ、急に
「
「多分ね」
小林少年は私たちに静かにしてくれと頼んだ。
画面では、電気を吸収する透明怪獣が、攻撃を受けてその姿を
そこへ。
「あっ」
少年は叫んだ。
「
【了】
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