クロスロードの鳥 約束の日
帆尊歩
第1話 約束の日
私は、この交差点を見下ろす鳥、人は私をクロスロードの鳥と呼ぶ。
昔、偉い市長だかがブロンズで私を作り、ここに設置した。
以来、私は様々な人間を見てきた。
そういえば今日は、約束の日だ。
ちょうど十年前の今日、ここで恋人たちの別れがあった。
十年前の今日、恋人たちは、この交差点にいた。
でもそれを知るのは私だけだ。
そうちょうどあの植え込みのベンチの所にいた。
「もうこれで最後なのね」
「そうだね」
「なら、少しだけお話でもしましょう」
「ああ、良いよ」
「ねえ、覚えている。私たち初めて会ったのってここなのよ」
「イヤそんな事ないだろう。初めては大学に入った初めのオリエンテーションだろ」
「それが違うんだなー」
「その前に、ここで会っていたのよ」
「ええー」
「あなた、入学式の日そこの歩道につまづいたでしょ。覚えてる?」
「ああ、それは覚えている」
「その時鞄の中身ぶちまけたでしょ。一緒にひろってくれた女の人がいたでしょう」
「ああ。でも遅刻しそうだったので覚えていない」
「それ、あたしだよ」
「ええ。そうだっけ」
「あのときは入学式に遅れそうで慌てていたからね、あなた私の顔も見ずに、軽くお礼を言っただけだったものね」
「なんで教えてくれなかったんだよ。四年も付き合っていたのに」
「最高に驚かせるタイミングを計っていたの、そしたら。今日になった」
「おかしいだろう。入学式で出会った話を卒業式の日にするなんて」
「そうね」
「でもそんなエピソードが必要ないほど、いろいろなところにいったな。楽しかった。」
「本当に」
「ねえ、一年の夏休み覚えている。みんなで海に行って、民宿に泊まって花火したこと」
「もちろん覚えているよ。大学生なのに花火が楽しくて」
「本当だよね。あんな子供がやるような花火だったのに」
「公平のやつが、側溝にはまって、足くじいたりしてな。ほんとあいつ馬鹿だよな」
「そんな事言ったら。美由紀だって、夜の海に、(海―っ)て叫んで、砂浜走って転んで、風呂入った後なのに塩水だらけ」
「あれ民宿のおじさんにもう一度お風呂わかして貰ったんだよな」
「二年の学科試験覚えてるか」
「もちろんよ」
「二人で伴奏し合ったのに、うまくいかなくて。練習不足なのを、お互いのせいにして。先生に言い訳したよな」
「ええ、でもどっちも、どっちって、言われたんだよね」
「三年のセッション覚えている」
「覚えているよ。そのために合宿したんだよな」
「そうそしたら美佳が盲腸になって」
「そうそう。二十歳にもなって盲腸なんてやるなよっかんじだったな」
「あれ薬で散らしていたから、だったみたいよ」
「だから二十歳過ぎて。手術したってこと」
「そのせいで合宿は散々」
「でも意外とセッション自体は上手くいったんだよな」
「四年の卒業リサイタル、覚えている」
「もちろんよ。私がピアノ」
「そして。俺がサックス。その他大勢」
「全然音が合わなくて」
「ああ、音があわなかった、ちょっと限界を感じたな」
「感じたね」
「でもなんとなく分かってもいたよ」
「あたしも分かっていた」
「でもお前はすごいよ、夢を諦めていない」
「しがみついているだけだよ・・・・」
「でも、しがみついているんだ。すごいよ、俺なんか」
「男は現実も必要だよ。一流企業に就職が決まるなんてすごいよ」
「これでおわりなんて。考えられないな」
「仕方がないよ。あなたは銀行に就職が決まって。いきなり地方」
「お前はフランスに留学。ピアノ頑張れよ。ピアニストになったら、いっぱいチケット買ってやるよ」
「じゃ。あたしもいっぱい預金してあげるよ」
「ゴメン嘘だよ。フランス留学なんて。親にお金を出してもらって逃げるだけだよ」
「俺だって。コネで銀行は入れたけれど、うちの大学だよ。絶対出世なんて出来ない。未来なんてない」
「あたしだって未来なんてない」
「もう行こうか」
「ああ。そうだな」
「でも、ここで、さよならって、言わなきゃいけないのかしら」
「一つだけ、さよならって言わない方法がある」
「なに?」
「もう一度会うと言う約束をするんだ」
「でも」
「そうか。お前は、フランス。俺は地方のどこか」
「じゃあ、こうしない、十年後に、ここで会うの。十年後の今日、この時間に」
「十年後か。いいな、それならここでさよならと言わなくていい」
「そうだよじゃまたって、言えば良い」
「じゃあ。十年後の今日、二時に」
「わかった。十年後の今日、二時に」
「じゃあ。また」
「じゃあ。また」
十年前の今日、そんな事があった。
二人の恋人たちは、別々の方向に離れていった。
クロスロードの鳥の私は、それを見届ける。
もうすぐ二時だ。
私の心はブロンズなのにときめく。
二時になった。
三時になった。
四時になった。
五時になった。
六時になっても、ベンチには、誰も来なかった。
私はクロスロードの鳥、人間の営みを見る義務がある。
でも全く人間の行動と言うのは理解出来ない。
あんなに約束したのに。
クロスロードの鳥 約束の日 帆尊歩 @hosonayumu
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