Alleluia MOEluia BLuia! 〜スターバト・マーテル〜
PAULA0125
母よ、何処へゆき給う
「おかあさん、どこへいくの?」
「おかあさん、待ってるから。」
「おかあさん、わたしはいい子にして待ってるから。」
「おかあさん、帰ってきてね。約束だよ。」
―――
「おかあさん、どこまでいったの?」
「おかあさん、待ってるから。」
「おかあさん、わたしはいい子にして待ってるよ。」
「おかあさん、早く帰ってこないかな。」
―――
「おかあさん、どこにいるの?」
「おかあさん、待ってるよ。」
「おかあさん、わたしはいい子にしてたんだよ。」
「でもわるい子になるね。」
「おかあさん、会いに行くよ。」
※
外に出ると、少女と母を優しく包んでいた恵みは、全て凍りついていた。温度さえも凍りつき、冷たささえも感じられないほどだ。鉄くずにすらなれないボタ山が、必死になって自分を美しい宝石に見せようと、不自然に輝いている世界。少女はきしきしと歩きながら、人気どころか、空気の流れさえ感じられないような無機質の中を進んだ。
「おかあさーん、おかあさーん。」
喉が錆び付いても呼び続けた。音はボタの宝石に吸い込まれ、反響しない。自分の心細い呟きも聞こえないけれど、僅かに聞こえているのかもしれない誰かの答えも帰ったこない。
空は恐ろしい程に澄み渡った青空なのに、まるで星を見るために大地に寝そべった時のよう。星の海にぼちゃんと落ちたら、と、思うと、怖くて怖くて、母の腕を掴んだ。
あの時は、全てを吸い込むブラックホールと、余分な明かりのない、光を飲み込んだ黒い夜空がリンクして、恐ろしかったのだった。
この空は、青いのに、黒い。
「おかあさーん、おかあさーん。」
「どうしたの?」
少女の探していた母、ではなかった。
けれども、その声は優しく、『母』であった。
「おかあさん?」
「おかあさんを探しているの?」
「おかあさん!」
「まあ…困ったわね、それしか言えなくなっているのかしら。」
おかあさん、おかあさん、と、少女は『母』に泣きつこうと、ぼろぼろの指先を伸ばした。カチ、と、とても小さくて、硬い音がする。
「ねえ! ねえ坊や! ちょっと来てちょうだいな!」
『母』が、ザラザラの少女の頬を撫でながら呼ぶと、なんの前触れもなく、一人の青年が現れた。
「呼んだ?」
「あら、貴方が来たのね。この子、おかあさんの所に行きたいらしいの。」
「おかあさん? どっちの意味?」
「おかあさん!」
母に会いたい、母に会わせて、と、少女が向きを変えた時、ぐりん、と、首が回った。おっとっと、と、青年が落ちかけた首を支え、赤い管がちぎれるのを防ぐ。
「あー…。これはまた、可哀想に…。」
「どうなの?」
「移住する時、持ち物は限られてたからな…だから多くの子達は、「資源」として回収されて、持って行かれたんだけど…。どうやら持ち主は、やらなかったらしい。」
「どうしてかしら。」
「スクラップにして一緒に行くくらいなら、この地球型惑星で自然に朽ちていって欲しかったんじゃないかな。どちらも核が金属だから、いずれは星に還れるなんて、思ったのかも。」
「なんとかしてあげられないかしら。」
すると青年は、ニヤッと笑って、『母』に言った。
「貴女が
「おかぁさん?」
少女がもう一度、『母』の方を見ると、今度は眼球が回転し、裏表になった。黄色い管が顕になり危うく細く赤い管がちぎれそうになる。慌てて青年は眼球をころんと戻した。
「お、ヵアさ、んヴヴヴ…」
「お前はガイノロイドだ。神ではなく人の造ったモノ。それでも母に会いたいか? 全能の神に創られた、神の似姿なる―――お前の「記録」を軽んじ、最早この世から途絶えて久しい、お前の母とその種族に会いたいか?」
「おオオオオ…」
このガイノロイドは、「母を愛する」というプログラムに従って動いているだけだ。
人を模した、人ならざるモノ。生産性を間違えた、孤独な生命体の忘れ物。心だの感情だのは、このガイノロイドの持ち主が付加する価値であって、決してこのガイノロイドのブレーンに、アドレナリンやオキシトシン、あるいはそう言ったものの類似物質がある訳ではない。
喋る玩具で、永遠の幼女。食事はするが排泄はなく、懐きはするが泣きはしない。決して人間と対等な存在ではないし、命ではないのだから、草木に劣る。地面や星と同じ、人間を心地よく暮らさせるための舞台装置に過ぎない。
「ooo…。」
「そう意地悪しなくても、別にいいわよ。」
「あ、そう? こう、感動的な感情の発露とか、そういうの期待してない?」
「してないわ。だってそれは、道具なのだから。」
「そうだな。」
「だから、道具に、頼らざるを得なかった、寂しい霊のもとに、返してあげましょう。これは、間違いなくその霊の癒しだったのだし、だからこそ、こうしてボロボロに朽ちはてさせることを選んだのよ。」
「まあ、貴女がそう言うなら、あの方もおゆるしくださるだろう。」
青年は、ばらけかけたガイノロイドを抱き寄せて、人間の子供が眠っているように組み立てた。自分の声がちゃんと出ることを確認し、両手を広げて円を描いてから、掌を
「
これに名前をつけて、心を慰めていた者の元へ、走っていく脚を。
これに名前をつけて、心を通わせたかった者の心を、抱きしめるための腕を。
これに名前をつけて、心無き者の眼差しを見つめた者の瞳のために、ガラスは水晶に。ナノマシンはより小さな機微を感じ取り、鼓膜は網目ではなく、舌は濡れるように。
「
無機質な空間に、青年の渾身の呼び掛けが虚しく響く。『母』は、暫く青年が懇願する様子を見ていたが、何かを見届けて、小さく呟いた。
「お言葉通りになりますように。」
その瞬間だった。無機質なボタの仮初の宝石は粉々に吹き飛んだ。内側から、メキメキと草木が吹き出し、無機質は無機質でも、命を守る金属の建物に変わった。
「さあ、行っておいで。今のお前なら、どこに行くべきか―――。」
「おかあさん!!!」
礼の1つも言わず、創り変えられた者は、ビルに向かって走り出した。こちらからは、ビルに人がいるかどうかすら分からないが、少女には分かっているのだろう。
「あー、喉弾けるかと思った…。」
「ごめんなさいね、ちょっと貴方のボキャブラリーを見てみたかったの。」
『母』がそう笑うと、青年はアララ、と、笑った。
「俺、貴女のために色々称号作ったんだけどな? もっと褒めたたえて欲しかった?」
「いいええいいええ、私には過ぎたものよ。さあ、この新しい
「ひえー、人類が滅んで、
「大丈夫よ、私がとりなしてあげるから。」
青年は頭を書いて、『母』の手を取った。
「それじゃあ、新しい教会に行こうか、
「ええ、行きましょう。―――今やただ一つの、
還ろう。還ろう。
父なる砦たる神の身許へ。母なる愛たる神の身許へ。
我らは共に
Alleluia MOEluia BLuia! 〜スターバト・マーテル〜 PAULA0125 @paula0125
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