おまけ 事件後、本殿にて

「歓太郎、まだ怒ってるのかい?」

「怒ってるに決まってんだろ」


 巫女姿ではあるものの、コイツ好みの淑やかな横座りなどではなく、どっかと胡坐をかいて、蓋を開けただけの安いカップ酒を、でん、と供えると、本来であればこちらの方がびくびくと顔色を伺うべき存在であるはずの神様が、おろおろしながら俺の周りをふよふよと飛んでいる。酌なんかしねぇからな。


「そろそろ機嫌を直しておくれよ。私の可愛い歓太郎や」

「ああん? 俺のこと怖いから嫌いなんじゃなかったのかよ。そんなこと言ってたよな?」

「言ったけど。言ったけどさぁ。それは神主の方の歓太郎だもん。巫女の歓太郎は私の可愛い歓太郎だもん。大好きだよ。ねぇねぇ。それに歓太郎は一番安全なところに運んでおいてあげたじゃないか。勝手に降りるなんて本当にお転婆がすぎるんだからもう。でも、うん、確かにやりすぎたかも。反省してる、はい」


 ねぇ、お願い。私が悪かったってば、と、蛇のようにくねくねしながらまとわりついて来る。長い髪が首を滑ってくすぐったい。


「反省してんのか」

「したした。したとも」

「嘘くせぇ」

「そんな! 私は神様だよ? 嘘なんかつかないよ」

「どうだかな」


 つん、とそっぽを向くと、よよよ、と袖で目元を拭って「歓太郎が冷たい。ちょっと遊んだだけなのに」と嘘泣きまで始めた。一応俺だって引き際は心得ている。あまりにも突き放し過ぎると逆切れしたりするからな。そんで神様の逆切れっていうのは、シャレにならないレベルなのだ。しかも、向けれらるのは俺一人じゃないから質が悪い。


「まぁ、良いよ。反省してんなら許してやるわ」

「本当?! 本当に? それじゃあ、また私のために舞ってくれる?」

「仕方ねぇな」

「笛は? 歓太郎の笛、また聞きたい」

「あー、笛な。新しいの後で買ってくるから、そしたらな」

「ああ良かった。歓太郎に嫌われたらと思うと悲しすぎて悲しすぎてこの辺一帯をこの涙で沈めてしまうところだったよ」

「……それもう半ば脅しだろ」


 それが果たして神様ジョークなのか本気なのかはわからないが、とりあえず、この辺が沈むことはないらしいから、ご近所さんは安心してほしい。この街の平和はある意味俺が守っているようなものだ。


 神様を怒らせてはならない。

 けれども。


「マジで次はないからな」


 これくらいの釘は刺すべきだろう。


 そう言って、カップ酒を盃に注ぐ。神様はそれを床に寝そべった状態で「わかったわかった」と嬉しそうに言い、俺をまじまじと見つめて、ニッと笑った。


「お前の方が晴明に似ているな」

「は?」

「この私と対等に話せたのは晴明くらいだったんだ。喜衣子きいこですら、私には遠慮してた。だから」


 お前といると、晴明を思い出す。


 懐かしそうに目を細めて、神様は言った。


 俺は式神も出せねぇインスタント神主兼巫女だけれども、こいつがそう言うんなら、まぁそうなんだろう。


「俺も最近そう思ってたとこ」


 そう返し、懐に差していた扇子を抜いて立ち上がる。


「どれ、いっちょ舞ってやるよ。鼻の下伸ばして見てろ」


 眼前に突きつけたそれをばさりと広げ、にや、と笑えば、神様もまた不敵な笑みを返して――、


「本当に、晴明に似ている」


 と言った。

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千年ぶりに現れたとかいう安倍晴明レベルの陰陽師は俺がいないと何も出来ない!〜インスタント神主の兄は、自己評価がマリアナ海溝並のスーパー陰陽師を何とか陸に引っ張り上げたい〜 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa

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