第12話 俺の居場所、弟の居場所

 結局。


 このクソ憎たらしい老害は、己の無力さを認めなかった。あくまでも、「ワシが見届けてやるから、お前の力を見せてみよ」とふんぞり返って、慶次郎に祓わせたのである。


 が、慶次郎の方でも俺の言った「派手に」をある程度は意識してくれたらしく、さすがに爆発までは(火薬の関係で)しなかったものの、小さな竜巻を起こして悪霊ホイホイの中身を四方八方に撒き散らせながら祓うという、後始末のことを無視すればまぁ九十点かな、ってくらいのパフォーマンスを披露してくれた。お前、後始末マジで大変だぞこれ。


 そんでもちろん、その最悪最凶の『中身』はこちらにも襲い掛かってくるわけなのだが――こういうところがマジで慶次郎だな、って感心したんだが、ちゃんと俺にはかからないように壁を作ってくれたのである。壁というか、壁のようにデカい式神というか。そんでまぁ、自分は派手に引っ被ってたけど。


 いや、俺には、というか、慶次郎の方ではちゃんと爺の分まで作っていたのだ。だけれども、自分よりも遥かに大きい人型の式神に何かされると思ったのだろう、爺はそれを避けたのである。つまり、何かされるような心当たりがある、ということだ。あーやだやだ、これだから疑うことしか知らない爺はさ。慶次郎だぞ? するわけねぇじゃん。俺じゃあるまいし。


 なので、ウチの台所事情がバレてしまいそうな生ゴミであるとか、本来は今夜煮付け辺りにでもして俺らの腹に収まるはずだったメバルが爺に直撃しちゃって、何ならメバルの腸が爺の禿頭にちょこんと乗っかったりもして、俺なんかはかなりすっきりしたんだけど、慶次郎はぶっ倒れそうなくらい青い顔をして謝罪してた。


 だけれども、爺はもう色々びっくりしたんだろうな、何かもう魂でも抜けたみたいになって、「ま、まぁ、その、なんじゃ、兄弟助け合って頑張れな」などともそもそ言って、メバルの腸をくっつけたまま、迎えの車に乗って帰っていったのである。ちなみに、そんな状態でもこいつの口からはとうとう『式神禁止処分』の撤回は出なかった。忘れてただけかもしれないけど。なので、慶次郎はその後もしばらくの間、律儀にそれを守っていた。いや、爺の目の前でも出したし、それに関して何も言わなかったんだから、もうその辺はオッケーじゃね?



「はー、疲れた疲れた」

「疲れたね、ほんと」


 風呂を沸かして汗やら何やらを流し、着替えを済ませる。もう疲れすぎて面倒だから朝食はトーストと目玉焼きだ。スープだってインスタントである。


 掃除も終え、何もかも終わった気でいる俺達である。

 終わった気も何も、終わったんだけど。いや、仕事はこれからなんだが。


「でも、本当にどうして神社ウチにあんなのが出たんだろうね。神様、どこかにお出掛けでもしてたのかな? 神無月でもないのに、珍しいよね」


 まさか自分の兄のせいだとは微塵も考えないのが、この弟である。まぁ、俺のせいでもないんだけどな。ちょっと相談しただけだしな?


「まぁ、そういうこともあるんじゃね? 神様だってたまには、っつうかさ」


 たまには、遊びたいんだろう。

 という部分はもちろん口には出さなかったが。

 だけれども、慶次郎は慶次郎なりに察したらしい。


「そうだよね。神様だって、たまにはここから出たいって思うこともあるよね。大丈夫、これくらいなら僕だって何とか出来るからさ。留守番くらい、なんてことないよ」


 そう言って、力なく笑ってから、俺を見る。


「君だってそうだよ、歓太郎」

「は? 何だよ」

「ここから出たいって思うだろ?」

「まーたその話かよ。だからもう良いんだって」

「良くないよ。僕がここにいるから、大丈夫」

「何言ってんだお前は」


 とん、と指先で、慶次郎の薄い胸を突く。


「あのな、今回の件でわかった」

「わかった? 何が?」

「お前にまるっと足りない部分は俺だ」

「え? どういうこと?」

「お前が――いや、一応俺もか、その敬愛する晴明殿はな、俺とお前を足したくらいでやっと届くんだ」

「僕と歓太郎を?」

「お前は、こと陰陽道に関していえば晴明殿レベルかもしれねぇけど、晴明殿のような狡猾さがない。メンタルも弱すぎるし、対人折衝能力もほぼ0だ」

「うぅ……。それは、そうだけど」


 そんな面と向かってはっきり言わなくてもぉ、と早速メンタル防御力0のボディに入ったらしい、背中を丸めて半べそである。


「俺はその逆だ。式神も出せねぇし、御神木がなけりゃ雑魚みてぇな霊すら見えねぇ。だけど、お前にないもの、たぶん全部持ってる」

「たぶんじゃないよ、絶対持ってる」

「この俺達二人分を一人でやってのけたんだから、やっぱすげぇんだわ、晴明殿は」


 だからな、と言って、ぐい、と肩を抱く。おわぁ、と情けない声を出して、ちょっと拗ねてしまっているらしい我が弟は、「何するんだ」と恨めしそうに横目で睨んでくる。全然怖くない。


「俺もここにいるって言ってんだよ。無理やり追い出そうとすんじゃねぇよ、俺、お前の兄ちゃんだぞ?」

「歓太郎が兄さんだっていうのは、ちゃんとわかってるよ」

「俺の居場所を奪うんじゃねぇよ、弟風情がよ」

「奪ったりしないってば」


 自分探しの場所として、どういうわけだか、インドを挙げる人が多い。何でも、それまでの価値観がひっくり返されたりだとか、人生観が変わる、みたいなことがあるらしい。成る程、そういうものかと俺も流されてインドに行ってみるか、と安易に考えたわけだが、別にそんなことをしなくても、『俺』はここにあった。価値観もひっくり返ってないし、人生観もたぶん変わってはいないと思う。ただ、見つけるべき『自分』ってやつは見つかったと思うのだ。


「お前にも何かあった方が良いな」

「何か? 何かって何?」

「うん? 自分が変わる場所っていうかな、きっかけみたいなさ。なんかさ、バイトでもしてみれば? 接客とかの」

「む、無理だよ! そんな!」

「……まぁ、提案しといてなんだけど、俺もいま無理だな、って思ったわ。いや、そうだな、人に使われるのが無理なんだな。――あ、じゃあ、お前が使う側になれば? 式神だって『使う側』なんだし、そっちなら得意だろ?」


 ぽん、と頭に浮かんだことをそのまま言ってみる。


「そんな、出来るかな、僕に」

「だぁーいじょうぶだって、俺がいるじゃん」

「本当? 歓太郎がいてくれるなら心強いよ」

「だろ? 何せ俺がいりゃあ百人力だからな」


 陰陽師は式神を使う側なのだから、人に使われるのではなく、使う側になれば良い。


 そんなかなり無理のあるこじつけで、石段を下り切ったところにあるウチ所有の物件を改築し、和カフェをオープンさせるのはそれから数年後の話である。さすがは晴明殿の頭脳ブレーンに該当する俺だ。その読みは当たり、時間はかかったが、慶次郎はそこで一回りも二回りも大きく――まぁ二回りは言い過ぎたけど、とにかくまぁ大きくなったし、たくさんのものを得ることとなるのだが、それはまた別の話である。


 な、だから言っただろ、万事俺に任せろって。

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