第11話 田所様の敵ではございませんよ(棒)

田所たどころ様! 起きてください!」

「ごわぁっ!? な、何じゃあ!?」


 客間に文字通り飛び込んで、アホ面と腹を出して寝ている田所の爺を叩き起こす。爺、腹は冷やすな。


「大変なんです!」

「た、大変って何じゃ。な、何時じゃ、いま!」

「六時半を過ぎたところです。いえ、それよりも、悪鬼が! 神社ウチに!」

「は、はぁぁ?! この神聖なる神社にどうしてまたそんなモンが……?」


 寝起きであることも相まって、完全に混乱している爺の布団を引っ剥がし、無理やり担ぎ上げて、外へ連れ出す。こいつは口うるさいだけで、身体はただの爺さんだ。俺でもひょいと担げてしまう。


「若輩者のわたくしにはさっぱり……。ですから、田所様のお力をお借りしたく……!」


 もちろん普段からこんな口調で接しているわけではないのだが、そこにすら気付かないようである。


「そ、そんなことを言われても……。そ、そうじゃ、慶次郎、慶次郎がおるじゃろ、あいつはどうした!」

「駄目です」

「は?」

「やられました」

「何じゃと?! そんなはずはない! 晴明殿以来の陰陽師じゃぞ?!」

「それが……」


 十代の体力と脚力を舐めるな、とばかりにあっという間に現場に到着し、「ご覧ください」と指をさす。そこにいたのは、こちらに背を向けて、ぐったりと倒れている陰陽師の姿である。たぶんいまごろ「歓太郎、何を騒いでいるんだろう。この声は田所様かな?」とかのんきに考えているはずだ。


「んな!? け、慶次郎!? そんな馬鹿な!」

「かなり健闘したのですが、多勢に無勢と見えて、あのように」

「むむむ……、こ、これはどうしたものか」

「わたくしも加勢したのですが、田所様が常日頃おっしゃるように、経験も浅く未熟なものですから」

「そ、そんなことはない。お前は若手の中でも、ぬ、抜きんでとると、ウン、ワシは、思うよ?」

「何をおっしゃいます! 弓の腕もいまいちですし、神事の執り仕切り方も、経営面についてもわかっていないような青二才にございます。ですので、ぜひとも田所様のお力を、と思いまして」

「ぐ、うう、ううむ。じゃが、ワシはもう八十だしの」

「またまた御謙遜を! いつもおっしゃるではありませんか、経験に勝るものはない、どんなに能力があろうとも、経験の浅い若造など半人前だ、と。この道で八十年でしたっけ? 生まれた時からあやかしも見えて、式神も使いこなしていらしたんですもんね? ウチの慶次郎なんて、式神を出せたのは五つの時分でしたから、田所様の足元にも及びませんよ!」

「う、ううう」

「ほら、あそこです! 見えますよね? 見えてますよね?! 悪鬼共が群がってるの」


 と、悪霊ホイホイを指差す。見えてるわけなどない。慶次郎が倒れているその先にあるんだから、見える人間なら倒れている陰陽師もそうだが、それよりも何かに群がる悪霊共(爺には悪鬼と言ったけど)に反応するはずなのだ。


「お、おる、か……? いや、最近ちょっと老眼が酷くての。枕元に置いとった眼鏡がないとどうにも……」


 馬鹿か! 老眼関係あるか! このクソ爺!


 いい加減そう叫びたかったが、我慢だ。


「そうでしたか、それは配慮が足りず申し訳ありません。では、もう少し近付きましょう」

「ほわぁぁっ!? よ、良い良い! 近付かんでも!」

「ですが、どのみち、祓うにはそれなりに近付きませんと。大丈夫、見たところ数が多いだけのようですし、田所様の敵ではございませんよ」


 あっはっは、と高らかに笑って、のしのしと近付きながら、気付かれないように爺の背中に御札を貼る。慶次郎特製、見えるようになる御札である。正式な名前は知らん。


 すると、急に視界に飛び込んで来たどろどろぐちゃぐちゃの『何か』に驚いたのだろう、爺は「ぎゃあ!」と悲鳴を上げた。


「おお、田所様、見えましたか。ね、たくさんいるでしょう? さ、いっちょお願いします。この辺でよろしいですかね。わたくしめは足手まといにならぬよう、離れたところで勉強させていただきますゆえ」


 爺の返答も待たずにその場に下ろし、では、と歩き始める。


 と。


 袴の裾を、ぐい、と引っ張られる。


「ま、ままままま待て待て」

「いかがなされました」

「わ、ワシ、丸腰じゃぞ? 札も何も持っとらんのじゃが?」

「何をおっしゃいますか。田所様には式神がいるではありませんか」

「そ――、それにしても、式札が、じゃなぁ」

「あぁ、それなら、式札ではありませんけど、さらの札があります。これをお使いください。ささ、遠慮なさらず」

「ぐ。ぐぬぅ……」


 出来るわけがないのだ。

 そんなことはわかっている。

 この爺だって、己の力をわかっているはずだ。

 幸いなことに、現代には、鬼もあやかしもいない。悪霊くらいはいるけれども、都すべてを覆いつくすような大物はまずいないだろう。つまりは、ことコッチ方面に関しては、まぁまぁ平和なのである。だから、いくらでもデカい口が叩けるのだ。


 この爺は、式神など所詮は客寄せのパフォーマンスだとガチで思っているのだ。確かにそういった側面もあるのだろう。現に、引退したとはいえ、この爺のいる神社はかなり儲かっていると聞く。だけどウチの親は式神をそういう道具にしたくないから、大っぴらに公表していないだけだ。


 ほらほら、お膳立てはしてやったぞ。

 どうせあいつらは悪霊ホイホイあそこからは動かない。こいつだって隠居している身とはいえ一応は元神職者だし、あんな雑魚に取り憑かれるようなタマではない。デカいのをどうにかしてやっただけ、感謝してほしい。

 

 やってみろよ、ほら。


 そこからはまぁ根比べだ。

 田所の爺は、ゆっくりと増え続ける雑魚達を見て「お、おい、何か増えたぞ」とビビり散らかしている。


「え~? あぁ、はい、そうなんですよぉ。なんかほっとくと増えるみたいでぇ。厄介でーすよねぇー」


 三メートルくらい離れたところでしゃがみ、適当に返事をする。この待ち時間、ほんと無駄だな。


「ちょ、ちょっと、もう、ワシ、その……」

「え~、どうしましたぁ? 田所様ぁ、ちゃちゃっとお願いしますよぉ」

「わ、わかっとるが、その、ちょっと今日は、その、調子が」

「えぇ~? 何ですかぁ? 体調に左右されるのは二流ってこともおっしゃってましたよねぇ〜? 慶次郎が貧血で倒れた時にぃ~」

「ぬ! ぬ、ぬぬぅ……! そ、それはそうなんじゃが……!」


 いやもう、あんまり時間ないから。

 あんまり時間かけちゃうと、あっちが自然消滅しちゃうから。


 っていう理由と、あとはもうシンプルに面倒臭くなった。もういよいよ我慢ならん。


「ごちゃごちゃ御託並べてねぇでとっとと祓えや、この口だけ爺がぁっ!」


 ついそう叫んでしまったが、俺は悪くないはずだ。


「ひぃぃっ!? な、なんじゃ、貴様! このワシに向かって!」

「このワシもどのワシもねぇわ! やれるならとっととやれ! 出来ねぇんだろ!? 知ってんだよ、ンなのこっちはよぉ!」

「んなっ、何を、この無礼者が!」

「無礼でも何でも結構。口だけの老いぼれは引っ込んでろ。おい、慶次郎、もう良いぞ」

「は……? も、もう良いとは……?」


 目を丸くしている爺の前で、何だか申し訳なさそうに起き上がった慶次郎は、「田所様、おはようございます」と丁寧に手をついて挨拶をした。良いって良いって、こんな爺に頭下げんな。


「ええと、歓太郎、もう良いの?」

「良い良い。どうやらこの爺さん、言うほど何も出来ねぇってわかったからさ。ちゃっちゃっと祓っちまえ。量だけは多いから、派手に一発頼むわ」

「は、派手に!? 派手にやんなきゃ駄目なの?」

「そうだなぁ。理想を言えば、こう、ドカーンってさ」

「ドカーンとか言われても……」


 休んだおかげでだいぶ回復したらしい慶次郎がまごまごしていると、その代わりにと、元気を取り戻したのは爺である。


「は、ははは! そうじゃろそうじゃろ、出来んじゃろ! な! じゃからお前はまだまだなんじゃ! ワシが若い頃はな! それくらいのこと朝飯前じゃったわ」


 いや、よくもまぁこの状況で言えたな、そんなこと。しかも、だぞ?


「そうなんですね! あっ、いままさに朝食前です田所様! 勉強させていただきますので、ぜひ!」

「え?」


 僕、そういうの見たことなくて、と妙にウキウキしながら爺をひょいと持ち上げ、とことこと悪霊共に近付く。


「はい、お願いします! どうぞ!」


 土埃まみれでもはっきりと美男とわかるその顔で極上の笑みと共にそうリクエストされ、爺は「いや、その……」と沈黙した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る