第10話 これは浮気にカウントすんな!
じゅわじゅわと溶ける成型肉……じゃなかった寄せ集めの悪霊は、最後の抵抗とばかりに暴れるが、さすがにそろそろ仕留めておかないと時間がヤバい。
「悪いな、ウチの
あいつが変な気を起こさなければ、こいつはウチの周りをただただふよふよしているだけの悪霊だったのだ。特に面倒でも起こさない限りは見逃してもらえたのである。そりゃあ悪霊なんていないに越したことはないのだが、この世から犯罪がなくならないのと同様、0にすることは難しい。祓っても祓っても湧いてくるのだ。いずれは俺達に見つかって祓われるとしても、少なくとも、こんな形ではなかった。もっとあっさり、恐らくは、そう大して苦しまずに召されたはずなのである。それがいまや、破魔矢を撃ち込まれ、御神木で踏みつけられ、ぐずぐずに溶けてんだもんな。
そう考えれば多少は可哀相にもなってくる。
けれども、同情している時間はない。さっさと札に破邪の呪を書いて、破魔矢と共にぷすり、とやらなくてはならないのだ。慶次郎なら札一枚でイケるんだろうが、俺には無理だ。
「クソ、暴れんな、字がブレんだろ……!」
まぁまぁ器用な方だと自負している俺だが、自分の身体よりデカい暴れる悪霊を踏んづけながら札を作る、というのはなかなか骨の折れる作業である。ああもう、慶次郎早く来ねぇかな。そろそろ何かおかしいって思ってこっち来ても良くね? ていうか、マジで俺の指示通り全力疾走であちこち走ってるんだとしたら、普通にぶっ倒れねぇかな?
その時、微かに、地面を蹴る振動が伝わってきた気がして、ちら、と後ろを見る。
遥か遠くに、もうもうと土埃を上げてこちらに向かってくる慶次郎の姿が見えた。よしよし、さすがは我が弟、やっぱり兄のピンチに来てくれたか。遅ぇわ。
そこで気が緩んだんだろう。
いい加減足が疲れて来たのもあるかもしれない。
悪霊が、がばりと起き上がったのだ。
「――うわっ?!」
たぶんこいつに発声器官があったなら、うおおおおとか叫んでるんだろうな。神様、そこまで気を利かせて作ってはくれねぇもんな。などと、どうしても俺はそういう余計なことを考えてしまう質らしい。形勢逆転とばかりに押し倒され、肩を押さえられる。札はあと一筆足りない。ぎりぎり帯にも手が届かない。慶次郎はまだ遥か後方だ。あいつ、飛び道具とかなんか持ってたかな。式神は出すなって言っちゃったもんなぁ。
生温い、饐えた臭いが鼻につく。クソ、汚ねぇ顔を近付けんじゃねぇ。口、開けんな開けんな。お前、死臭がすげぇんだわ。
まぁ普通に考えて、頭から食われたら終わりだ。
だら、と何由来かわからないどろりとした液体が垂れて来る。いやもう最悪だわ。何よこれ。
「……っ、お前なぁ、こんなところウチの神様に見られたら大変だぞ。他の男に組み敷かれるわ、何かしらの液体をかけられるわ、とかさぁ。っつぅか、お前、男であってる? いや、女なら女でそっちの方が妬きそうだな、アイツは」
俺の声が聞こえているのかいないのか、そんで、意味が伝わっているのかいないのか、その辺は定かではないものの、この語りかける作戦はある程度効果がある。悪霊ってのは、大抵が孤独で寂しがりの構ってちゃんなのだ。だから仲間を増やそうとするのだ。
「あのな、お前は知ったこっちゃねぇかもしれねぇけどな、いま見られてなくても、どうせ後々バレるんだよ、何せ相手は神様だから。何ならいまのもちゃっかりどっかで見てて『たまにはいい薬だ』とか『私に助けを求めたらその時は行ってあげようかな?』とか考えてる可能性もあるからな、あの野郎」
しゃべってたらだんだん腹が立ってきた。
「そんで何が厄介って、アイツ、こういうのも浮気にカウントしようとすんだよ! してねぇわ! いや、してねぇっつぅか、別に俺お前の女じゃねぇし! ていうか、女じゃねぇし! ついてっから、立派なやつがなぁぁぁ!」
怒りのパワーというのは、案外侮れないものである。押さえられていた肩をぐぐぐ、と持ち上げ、帯の中に手を突っ込んで御神木の札を取り出した。それで、べっちーん、とそいつの横っ面をひっぱたく。
「見てっか、神様コノヤロウ! あんな、俺だって一応弁えてっからな! しばらくの間はお前のモンなんだろ! さすがにもうわかってんだよ! だからめんどくせぇ焼きもちとか止めろやマジで!」
こんなのが浮気にカウントされたらたまったもんじゃない。高校に通ってた頃なんて、クラスメイトと学祭の買い出しに行ったってだけでしばらく拗ねてたからな。面倒くさい。ほんと面倒臭い。それでも学生のうちは反発して彼女とか作りまくってたけど、何でかあっという間に破局するし(それがアイツのせいだったってのはさっき知ったけど)、もういい加減疲れたんだわ。ああはいはい、わかりましたよ。認めたくねぇけど、しばらくはお前のモンでいてやるっつぅの。
そんなことを叫びながらべちべちと御神木で叩きまくっていると、悪霊はその度に削り取られるようにして小さくなっていった。ある程度小さくなったところで、最後は特注の
「悪霊退散だ、ど畜生が」
ぜえぜえと肩で息をして、空を見上げる。
左手の時計を見れば、時刻は六時半を少し過ぎたところだ。やべぇ。
と。
ざぁっ、という音と共に、慶次郎が到着した。俺以上に息を切らせて、汗まみれで、一目で限界と見える仕上がりである。こいつは加減ってもんを知らんのか。最後一発決められるだけの力は残しとけって言ったよな?
「ご苦労さん。こっちは準備出来た。あとは、俺が良いって言うまで、その辺で転がってろ」
「!?」
しゃべるな、という指示を忠実に守って、顔だけで「何で?」と返してくる。
「良いから。俺に任せろ、悪いようにゃしねぇから」
そう言うと、完全に納得はしていないのだろう、頭の上にいくつものクエスチョンマークを浮かべた状態でその場にごろりと転がった。
「そうそう、そんな感じ。ちょっと着物もそれっぽく汚しとくか」
足でざっざと土をかけて着物を汚す。顔は何でかもう汚れてるからこのままで良いや。
「!!……!?……?!?」
「大丈夫大丈夫、ちゃんとクリーニングに出すって。よっしゃ、これで良いな。しばらくそこで体力回復させとけ。良いか、俺が良いって言うまで絶対に動くなよ」
そう声をかけると、こく、と頷いた。
ほんと素直なやつだ。
今回はこの性格がまぁまぁありがたかったりするけど、お兄ちゃんはマジで心配だよ。お前、訪問販売のセールスとか絶対に一人で対応すんなよ。
「――あ、そうだ忘れてた。なぁ、ちょっと一枚御札作ってくれ。破邪のじゃなくて、見えるようになるやつ。人間に干渉するのは俺には無理だからさ」
と、札と筆を渡すと、やはり素直にこくりと頷くと、器用にも寝転がったままさらさらと書き上げた。それを受け取って、「そんじゃちょっと行ってくるわ」と立ち上がった。
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