第9話 桜吹雪の入れ墨も用意しとけば良かった

ってぇな、クソ。うっわ、笛が……!」


 衝撃で飛んでいってしまった竹笛は、あろうことか、『悪霊ホイホイ』にサクっとホールインワンである。さすがにあの中に入ってしまったやつはもう吹けない。吹けないというか、吹きたくない。触りたくもない。別にあれは何かすごく良いやつとかじゃないから、まぁ良いんだけど。


 ただ、いますぐ慶次郎を呼べないってだけで。


 さすがにあいつもあんまり遅くなればおかしいなって思って来てくれるだろうし、まぁ多少到着が遅れるくらいはなんてことない。と思いたい。え、やれるよな? 俺でも。うん、まぁ、出来れば早めに来てほしいところではある。


 でも、慶次郎だもんな。

 あいつのことだから律儀に笛を待つ気もするなぁ……。


 えぇ、どうする、叫ぶ? でもなぁ、それじゃあちょっと予定が狂うんだよなぁ。まだちょっと早い。


「仕方ない、やれるだけやるか。さすがに兄のピンチくらいわかんだろ」


 ぱっ、と膝を払って背負った矢筒から破魔矢を引き抜き、弓を構えて矢をつがえる。


 小さいやつらはまんまと『悪霊ホイホイ』に集まっている。あれはまぁ、一箇所に集めるためだけのもので、直接除霊する力はないから、やつらにしてみれば砂漠のオアシスみたいなものだろう。


 これに集まるのは、分裂を繰り返して神様の加工が薄くなっているやつらだ。つまりは、神社という神聖な場所で活動し続けるのが多少困難になってきている雑魚である。だから恐らく、ここで分裂を繰り返し身体を薄め続ければ、耐えられなくなってやがては消える。


 ただ、それにしても時間は掛かるし、参拝客が来れば、最後の力を振り絞って取り憑こうとするかもしれないから、悠長に自然消滅を待ってもいられない。除霊そのものは簡単だけど、一般人を巻き込みたくないのだ。悪評とか立つと厄介だしな。ただまぁ、そんなことでもなければ恐らくもうここから動かないだろうから、それはまぁ残しておくとして。


 問題は、このデカいやつだ。

 こいつは動きも早いし、悪霊ホイホイではなく俺に向かってきた。つまりは、まだ自由に動けるのである。恐らく、あの四体から早い段階で分裂したやつなのだ。こういうのは残しておくとまずい。こいつから増えるのはあっちの雑魚共よりもまだ強い。いまのうちに叩いておかねばならない。


 ぎり、と弦を引く。

 弓は得意だ。

 なぜって、毎年、年明けには『弓始神事ゆみはじめしんじ』がある。五穀豊穣と厄除けの祈願である。神主ってぇのは、ただただ大幣おおぬさを振ってかしこみかしこみ言ってりゃ良いってもんじゃない。とはいえ、あくまでも神事であるわけなので、戦用というか、鬼を射殺せるほどのレベルが求められているわけではないんだけど。


 それでも。

 練習はした。

 高校の時の彼女が弓道部だったから、デートがてら弓道場で練習させてもらったりして。まぁ、その子とは神様あの野郎の妨害によってあっという間に破局したわけだが、別れてからも、部長と一緒にやって来て「せめて部員にならない?」と誘われまくる程度の力はあった。ウチの弓道部、まぁそこそこ強かったんだけど、部員数少なかったからなぁ。


 ここ最近は本当に神事絡みでしか触ってないけど、この俺様を舐めるな、寄せ集めの成型肉風情がよ。

 

「くたばれ!」


 そう言ってから、神主的にこれは大丈夫なのか、と首を傾げる。ちょっとアレか。ふさわしくなかったか。悪霊退散とかの方が良かったのかな。それにアレか、せっかくだから破邪の御札も刺しておくんだった。絵的に。絵的にとか言うなよ。いや、ちまちま書いてる時間が惜しくてさ。


 そんなのんきな思考とは裏腹に、俺の破魔矢は風を裂いて真っ直ぐに標的へと飛んでいく。相手は所詮霊の集まりだから、音なんて聞こえるはずがないのに、それでも、ドッ、という衝撃が伝わってくる。よっしゃ、当たった。といっても、情けないことに左肩だったが。


「クソ、やっぱりちょっと鈍ったな」


 俺は慶次郎アイツと違って天才ではないから、努力とか練習、研鑽なんていうものが必須なのである。この俺様に、汗とか、泥とか、そういうのははっきり言って似合わないのだが、こればかりはしょうがない。才能がないのなら、そこで補うしかないのだ。


 こうなると、札を刺して射らなかったことが悔やまれる。残念なことに破魔矢一本の力だけでは除霊にはいたらなかったようだ。この破魔矢が悪いのか、はたまた、認めたくはないが俺の力では足りなかったか、だ。物のせいにすんな。たぶん俺じゃ駄目だったんだ。御神木に支えられてるってだけのエセ神主の俺では。じゃあ、複数本撃てば良いだろう、という話になるわけだが、そう簡単でもない。


 というのも――、


「ちぃっ……!」


 相手が襲い掛かって来たからである。


 そりゃそうだ。

 攻撃されたら誰だって怒る。

 致命傷を与えたわけでもないし、動けるなら、やり返されたらやり返せの精神で向かってくる。いや、先に手を出したのお前の方な。

 これがあるから、悪霊というのはなるべく一発で仕留めないと面倒なのだ。


 そんで、弓というのは、接近戦には向かない。ごっつい洋弓アーチェリーならまだしも、和弓は細すぎて攻撃を受ける盾の代わりにもならないし、矢も、刺そうと思えば刺せるけど、かなり短く持って、真っ直ぐ刺さなくてはならない。力の方向がズレれば折れてしまって意味がないのだ。


 それでもないよりはマシと、こちらに向かって伸ばしてくる歪な腕を交わしてぐさりと刺してみる。が、これがもう悔しいくらいに効果がない。やっぱり頭か。頭を狙わないと駄目か。あるいは胸か。いや、こいつら心臓なんてないんだった。そうなるとやっぱり頭か。


 腕でも着物でも、掴まれたら厄介だな。


 なんてことを考えたら、もうお決まりのように掴まれてしまうものである。そんで、寄せ集め野郎の癖に馬鹿みてぇに力が強い。掴まれた袖を、ぐい、と引かれれば、どう踏ん張っても負けてしまう。引き寄せたところで頭から食らうつもりなんだろう、がぱ、と大口を開けている。


 ただまぁ、掴まれたのが袖で良かった。

 

 落としては大変だと、懐に挟んだ御神木を帯の間に移動させてから、するり、と腕を引き抜いて、腰を落とす。こいつの引く力に合わせて胴の辺りに飛び込めば、あっさりと後方に倒れ込んでくれる。何が悲しくてこんなやつを押し倒さなくちゃならんのだ。


「いつまで掴んでんだ、汚ねぇ手を放せや」


 そう吐き捨てて腕を踏みつける。さんざん引っ張られたせいで神主装束はぐちゃぐちゃだ。まぁ、片腕丸出しなのは俺がやったんだけど、桜吹雪でも描いとけば良かったかな。俺としたことが。


「こんな姿の俺を見られるとか、お前ラッキーだな。冥途の土産にしちゃあ高すぎるが、大サービスだ。何なら袴捲ってパンツも見せてやろうか?」


 桜吹雪の入れ墨こそ用意出来なかったが、こんな事態を想定して、俺の浅沓あさぐつは一部御神木が使われている。ぐりぐりと踏みつけた部分から、じゅわぁ、と白い煙が上がり始めた。


 ちなみにこの特注の浅沓だが、


「神聖な御神木を踏みつけるとは何事か!」


 と年寄り連中からもちろんしこたま怒られた。が、そんなものは右から左だ。

 だって神様が「良いよ良いよ、歓太郎の好きにしなさい」って言ったんだもんよ。まぁ、巫女姿で可愛くおねだりしたからかもしれねぇけど。

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