第8話 万事お兄ちゃんに任せろ

 せめてスニーカーにしときゃ良かったと後悔しつつ、浅沓あさぐつで敷地内を走る。慶次郎、あいつどこにいるんだ。


「慶次郎――っ!」


 声の限りにそう叫ぶと、境内社けいだいしゃの陰から「ここだよ」と、慶次郎がひょこりと顔を出した。良かった。怪我などはしていないようである。


「歓太郎、随分色々持って来たんだね。成る程、破魔矢は良いかも」

「いまちょっと神様に聞いて来たんだけど、どうやら鬼じゃないらしい。悪霊の寄せ集めだとよ。成型肉みたいなもんだ」

「へぇ。さすがは神様。そんなことまでわかるんだね。頼もしいなぁ」

「うん……まぁ……頼もしい存在ではあるよな……通常は……」


 すまん慶次郎、そもそもの元凶がそいつなんだ! 焚き付けちまったのは俺だけど! いや、俺が頼んだわけではないんだけども!


「というわけで、だ。悪霊だっつぅんなら、俺にだって祓える。むしろ得意分野だ」

「歓太郎、得意分野なの?!」

「いまの俺は神主だからな。お祓いは俺の仕事だ」

「そうか。そうだった」


 それで、どうだった、と尋ねると、慶次郎は視線を素早くあちこちに這わせ、それがね、とため息混じりに言った。


「小さいのがぽつぽついるんだ。小さいって言っても、これくらいなんだけど」


 と、自分の膝辺りに手を置く。成る程、確かに小さい。


「それで、何か見た目も鬼っぽくなくてね。だから、歓太郎の言う『悪霊の寄せ集め』っていうのにすごく納得した」

「神様の話だとな、そいつらはある程度大きくなったら、いくつかに分裂するらしい。それがまたでっかくなって……の繰り返しなんだと」

「うわぁ。それ本当? それじゃ一刻も早く全部祓わないと」

「そうなんだよなぁ」

「だけどまぁ、正直厄介だよね。どこにいるかわからないし。一箇所に集まってくれたら楽なのに」


 なんてね、と言って、疲れたように笑う。そりゃそうだ。俺がのんきに鳥居の上でぐうぐう寝ていた時にも、こいつは鬼と(まぁ厳密には違うんだけど)戦っていたのだから。


 でも、そうか。一箇所か。集めりゃ良いんだ。

 それに、そうだな、せっかくだし、これを利用しない手はない。


「慶次郎、お前全然まだ動けるよな?」

「え? あぁ、うん、まぁ」

「よっしゃ。そんじゃもう少しこの辺回っててくれ。出来るだけ全力疾走でな。最後一発決められるだけの体力だけ残して、くったくたに疲れてこい。そんで、そうだな、十分経ったら、社務所の裏に……って、お前時計持ってる?」

「持ってない」

「クソ、仕方ねぇ。古き良き方法で行くか。用意が出来たら笛を吹くから、音が聞こえたら社務所の裏に来い。良いな」

「う、うん。わかったけど、何するの? 何の用意? 全力疾走とか、くたくたに疲れる意味って何?」


 恐らく、また俺が何か危ないことをするとでも思っているのだろう、眉を八の字に下げてソワソワしている。


「心配すんな。『悪霊ホイホイ』と、あとはちょっとした『』だ。良いか慶次郎、ここに戻ってきたら、俺が良いと言うまで絶対にしゃべるな。式神も我慢だ。絶対に出すな。つうかそもそも祓うのに式神はいらねぇもんな」

「『悪霊ホイホイ』に『仕掛け』……? それにしゃべるな、って……えぇ?」


 不安そうに首を傾げる我が弟の肩にポンと手を乗せ、ニヤリと笑って言ってやった。


「大丈夫、万事お兄ちゃんに任せろ」


 

 悪霊というのは、まぁ、だいたい想像がつくと思うが、穢れたところが大好きだ。ジメジメした場所とか、腐った物とか死体とか、あとはまぁ、シンプルに糞尿とか、そういうところに集まる。どれもこれも通常は神聖な場所――神社にはない。いや、居住スペースにはあるやつもあるけどな?


 だけれども、全く用意出来ないわけではない。

 いや、大丈夫。まさかこんなところで立ちションとかしないから。さすがの俺でも。さっきしちゃったし。もう出ません。


 手っ取り早く用意出来るのは、生ゴミの類である。良かった、ゴミの日が明日で。それを口を大きく開けたビニール袋の中に入れ、それから、ちょっと、いや、かなりもったいないが、本日の夕飯に出す予定だったメバルの腹を裂いてわざと腸をほじくってから中に入れる。切り身の魚を買わなかった俺、グッジョブ。いや、どうせ捌くの慶次郎だしなと思って、安かったのを買っただけなんだけど。平安ならたぶん鳥でもシメたんだろうが、さすがに無理だ。


 そんでそれを社務所の裏に置く。この時間、そこは陰になるから日が当たらない。


 本当に効果があるかは賭けではあるが、それでも、いまこの場所がこの敷地内で最も穢れているのは確かだ。神様が手を加えて自由に動き回れるようになったといってもここは文字通り、『神様のおやしろ』、神社なのだ。ましてや分裂を繰り返しているのなら、そのオリジナルの部分はどんどん薄くなっているはずである。ということは、少しでも自分達が楽になるところ、心地良いところに集まるはずだ。


 という俺の読みは当たり、ゆらゆらと、既に鬼とも呼べない悪霊の成型肉があちこちから集まってきた。人の形を保っているのがギリギリなんだろう、二本の足はあるが、長さも揃っていなくて、左右によたよたとぐらつきながら、懸命に『悪霊ホイホイ』を目指している。


 神様、アンタは戯れでやったんだろうがな、こいつらだってこんな姿は望んでねぇんじゃねぇのか。いや、どうだろうな。悪霊の気持ちなんてわかんねぇしな。どんな姿でもこの世に留まっていたいと思う方がこいつらの『普通』なのかもしれない。


 というか。


 慶次郎はこんなのが当たり前に見えるんだよな。


 まぁ、その辺にゴロゴロいるわけじゃないにしても、だ。あいつ、作りモンは怖がる癖にガチのやつは平気なんだよな。何でだよ。


 そう考えると、やっぱりあいつは、いざという時には出来るやつなのだ。その『いざ』にステータス全振りしてんだろうな、きっと。


「そんじゃまぁ、『いざ』に全振りした我が弟を呼びますかね」


 と呟いてこちらも常に携帯している竹笛を取り出す。これもまぁアレだ。神様の趣味だ。巫女姿の俺が吹く笛が好きなんだと。


 吹き口を当て、大きく息を吸う。それを細く吹き出そうとしたところで――、


「――がぁっ!!?」


 いつの間にか後ろを取られていたらしく、それなりの大きさに成長していた『鬼』に弾き飛ばされた。

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