第7話 厄介な老害と、さらに厄介な神様

「それで、まだいんのか」


 鬼は、と、とりあえず護衛として慶次郎を後ろに控えさせた状態でトイレを済ませ(すっかり忘れていたが、なかなか限界だった)、もしもの場合に備えて神主装束くらいは着とくか、と自室に向かう。


「どうだろう。いるかもしれないし、いないかもしれない」


 これがゲームだったら、画面の下あたりに地図があって、鬼の位置が赤い点なんかで示されるものなんだが、残念なことに、ゲームではないのである。


「これで俺も多少は役に立つだろ」


 そう呟いて、御神木の札を懐に差す。これがあれば俺にだって低~中級程度の霊なら祓える。あやかしの類だって見えるようにはなっているはずだ。直接殴れるかはわからないが、見えるのと見えないのとではかなり違う。少なくともとんちんかんな方に逃げることはない。


 時刻はまだ五時半。今日の昼帰る予定のラスト老害こと田所たどころの爺もまだ寝てる。爺の癖に起きるのが遅いのだ。六時半に起こせと言われている。うるせぇ、自分で起きろ。ちなみにこいつが「式神くらいワシにだって出せるわ若造が」と頑張っている八十のボケ老人だ。けれど、その姿は本人にしか見えていないのである。だけど慶次郎には見えるはずだから、本当にボケているのか、はたまた虚言癖があるのかのどっちかだ。どちらにしても切ない。


 まぁそんな切ない爺ではあるのだが、残念なことに親族の中では本家筋がどうたらこうたらというので、こいつが一番力を持っている。そんで、力があるだけではなく、とにかくうるさいし、面倒くさい。

 時代も変わり、年号が変わっても、アップデートしない古いままの頭で、身体はしっかり老いているにもかかわらず口だけは年々達者になるようで、神事の執り仕切り方がなってないだの、そんな経営では成り立たんだのと横槍を入れて来るのだ。その他の親戚連中も本人がいないところでは陰口を叩いている癖に、全員参加の会合なんかでは「さすがは田所殿」「田所殿が言うのだから間違いない」と持ち上げまくるものだから、さらに調子に乗るという魔のループに陥ってるというわけである。


 神輿炎上事件の時、式神を出せぬ我々が無能に見えるからやめろと怒鳴ったのは、この爺ではない。何せ一応、側の人間だ。あくまでも自称だけど。だから、味方してくれんのかな、とほんのり期待した。恐らくは、慶次郎もそうだっただろう。けれど、爺は何も言わなかった。それどころか、最終的に禁止令を出したのはこの田所の爺だ。その後、酒の席で、調子に乗っている若造に灸を据えてやった、と笑っていたのを小耳に挟んだ時は、ほんとマジで毒でも仕込んでやろうかと思ったものだ。


「ちょっと本殿行ってくる。お前は敷地内パトロールよろしく」

「待って歓太郎、単独行動は危ない」

「大丈夫。俺にはこれがある」


 そう言って、懐に入れた御神木の札を指差す。


「インスタントでも何でも現役の神主舐めんな。これさえあれば俺だってお祓いくらい出来るんだからな」

「だけど」

「大丈夫、俺には強力な神様バックがついてる」


 ただまぁ、今回の元凶もそいつだけどな。と、そこは心の中に留めてそう言うと、慶次郎は安心したらしい。俺がウチの神様のお気に入りであるというのは、こいつもよくわかっている。


「でも、くれぐれも気を付けてね、歓太郎」

「おうよ」


 そう言って別れ、足早に本殿に向かう。

 あの馬鹿神、やりすぎだろ、どう考えても。鬼なんて、何体放ってんだよ。


 すぱん、と勢いよく戸を開く。

 そこに、神様はいた。

 いつものように、だらりと寝そべって。

 そんで、神主姿の俺を見て、あからさまにがっかりしている。


「歓太郎、ここに来る時には巫女の可愛い恰好してね、っていつも言ってるじゃないか」

「うるせぇわ。何だアレ」

「アレとは何だ」

「鬼だよ、鬼。つっても、俺はまだ見てないから、本当に鬼かどうかなんてわかんねぇけど、慶次郎がそう言ってた」

「ああ、アレか。その辺にうろついてる悪霊をね、寄せ集めてちょっと加工してみたんだ。神社ここは神聖な場所だし、多少手を加えてやらないと形を保ってられないんだよ。陰陽師にそう見えたんなら、良かった。私、工作はあんまり得意な方じゃなくてさ」


 工作が得意な神様って誰だよ、って思いかけたが、そうか、この世界を作った神様がそうなのかもな。いや、創造神と比較すんなよ。


「何体いるんだよ。いまのところ四体は慶次郎がどうにかしたけど」

「えーとね、大きいのを一体と、小さいのを……たぶん、うん、三体だったから、それで終わりだね」

「ほんとだな?! そんじゃもういないんだな?!」

「そうだね」


 そうとわかったら慶次郎にも知らせないと、とUターンすると、背後から聞こえてきたのは、


ね」


 という言葉である。

 

「は? どういうことだ」

「そのままの意味だよ。私が作ったのは四体。だけど、ああいうのは増えるから。周りの悪霊とか怨念とかを巻き込んでさ、ある程度大きくなったら、弾けていくつかに分裂するんだ。仲間を増やしたいんだろうね。神社で仲間を増やせるなんてなかなかないことだし、彼らも張り切ってると思う。だから、いまどうなってるかは、私にもわからない」

「何だと! おい、いくつかってどういうことだ!」

「そのままの意味だってば。三つ四つかもしれないし、六つや八つかもしれない。ガラスが割れたら派手に飛び散るだろ? あんな感じだよ。破片がいくつになるかなんてわからないじゃないか。大丈夫だよ。大きくなるのにもある程度時間はかかるんだしさ。四体どうにか出来たんなら、楽勝楽勝」

「楽勝楽勝じゃねぇよ! だいたい、元はといえばアンタが出したやつなんだから、責任持ってどうにかしろ!」


 どう考えても祀ってる神様に対する態度ではないのだが、そんなことは言ってられない。


「嫌だよ。私、もう疲れちゃった。歓太郎がお酌しながら夜通し癒しの神楽でも舞ってくれるって言うなら、明日にでもどうにかしてあげるけど。ね、本殿ここは私がいるから安全だよ。ここにいなよ」

「夜通しってまだ朝だぞふざけんな! それに明日じゃ駄目に決まってんだろ!」

「ああ、怖い怖い。男の歓太郎は、私、怖いから嫌い。じゃあね。頑張って」

「あっ、汚ねぇぞ!」


 これが漫画だったなら、たぶん、どろん、辺りの効果音付きで、神様は消えた。畜生、あの野郎。男の俺は怖いから嫌いだと?! 俺は常に男だっつぅの! だけどいまから巫女装束に着替えてご機嫌とれば――? いや、それも癪だ。


 落ち着いて考えるんだ。

 神様あのアホが作ったのが全部で四体。それはどうにかしたわけだが、慶次郎が見つける前に既に分裂している可能性ももちろんある。それも、一度に複数体に、だ。何だよクソ、一匹見たら十匹いると思えみたいな話じゃねぇか。


 けれども、あれが生粋の鬼ではないことがわかったのは朗報だ。ベースがこの辺をうろついてる程度の悪霊だっつぅんなら、俺にだって祓える。はずである。


「そうとわかれば!」


 ありったけの破魔矢をかき集めて矢筒にぶち込み、破魔弓とさらの御札を数枚ぐわっと引っ掴んで、「しばらく御神酒おみきっすいやつにすっからな!」と捨て台詞を吐いて俺は本殿を飛び出した。

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