ダンジョン攻略は計画的に

「市役所がやばいことになったらしい」


 ダリオは眉間に皺を寄せて言った。

 卓を囲んで座るパーティのメンバーが沈黙する中、セラが口を開いた。


「レヴィンの奴が何かしたの?」

「あいつは阿呆だが、自分がやばいことになっても役所をやばいことにはしねえよ」

 ダリオは机上の書類の山を見下ろした。


「今朝、役所から逃げてきた冒険者のひとりが中で魔物が暴れ出してたって通報したらしい。寝ぼけてんのかと相手にされなかったが、都の兵士が巡回に行ったら本当に役所が閉ざされて出入りできなくなってたとか。恐らくダンジョン化してやがる」


 クローネが白い頬を青くする。

「じゃあ、レヴィンは……」

「助けに行かないと。アイツなら並みの魔物くらいひとりで何とかなると思うけどね。ダンジョン化したなら別だ」

 腰を浮かせたセラをダリオが制した。


「落ち着け。行くに決まってる。ギルドから直々に討伐要請が来たからな。ロジェ、お前も来い」

「おれも行っていいんですか?」

 ロジェは座ったまま視線を泳がせた。

「当たり前だ。パーティのメンバーだろ。タダ飯食わす気はねえぞ」


 ダリオは電報の山からひとつを取り出し、クローネに投げた。

「お前宛の電報も来てる。辺境伯からだ。封は開けてないぞ」

「開けなくてもいいわ。わかるもの」

 クローネは緩く巻いた金髪を揺らして俯いた。


「婚約を受け入れるなら辺境伯家の私兵を貸すっていうのよ。私たちが大変な任務になると必ずそう」

 ロジェが首を傾げた。

「クローネさんは婚約を断ってるんですか?」

「ええ。私は勇者のパーティの仲間だもの。そんなことで離脱できないわ」

 彼女の空色の瞳はダリオの背を映していた。セラが軽くクローネの肩を叩く。

「お嬢様ってのも大変だね」

 クローネは力なく微笑んだ。


 ロジェは立ち上がり、剣を鞘から抜いて確かめるダリオの背後に回った。

「おれ、また変なこと言っちゃってたら悪いんですけど、クローネさんってダリオさんのこと……」

 ダリオは太い眉をひそめた。

「妙な気回してる暇があったら戦闘に使え。レヴィンは履歴書も阿呆だが、有事の注意力に関しては最高レベルだったぞ」

「すいません」


 身を竦めたロジェを見て、ダリオは溜息をついた。

「俺だってそのくらいわかってる。だが、貴族令嬢と孤児が釣り合う訳ねえよ。あいつの今後を考えたら辺境伯の嫁になる方がいいに決まってる」

「気持ちはわかります。おれもたまたま助けた女の子がある国のお姫様で、おれと結婚したいって言い出したり、止めに来た騎士の女性と結局三角関係になったり大変でしたから……」

「お前、すげえな……」

「すごいって運の悪さのことですよね?」

「そこでとぼけられるのは才能だよ」


 ダリオは口角を上げ、剣を腰に帯びた。

「馬鹿話してる暇はねえ。世話しなきゃいけない馬鹿が向こうにいるからな」



 ***



「レヴィンさん、気づきましたか!」

 ユズナが天井を睨んだ。揺れはすぐに収まったが、頭上のシャンデリアはまだ震えていた。


「流石に気づくよ。すごい揺れだったな」

 俺は五感を強化し、震源を探した。足を伝わる揺れから方向を探り、視覚と聴覚で確認する。普段はこれでだいたいわかるが、今回は違った。


「妙だな……」

「どうしたんですか?」

 ユズナが俺の視線の先を見上げ、背伸びした。背伸びしても震源が見える訳でもないのに。


「魔物が出たならどこか一点が集中して揺れるはずなのに、どこも均等に揺れてるんだ」

「同時に何体か出たのでしょうか?」

「それでも、いくつかの出現箇所に揺れが集中するはずだ。でも、今回は……」


「ダンジョン自体の仕掛けだろうな……」

 ザヴィエが口を挟んだ。

「この役所は魔王のダンジョンだ。魔物を封じてあるだけじゃなく、建物自体にも仕組みがある。例えば、定期的に道筋を変えて出られなくするとか……」

 ザヴィエは酒を煽って、壁に澱んだ視線を向けた。ユズナが眉をひそめる。


「では、閉じ込められる恐れもあるということですか?」

「充分にある。用が済んだならとっとと出よう……私もそろそろ酒が切れそうだ。補給しないと……」

「役所にお酒のストックなんかないですよ!」

「魔物のストックはあるくせに……」


「言い争ってる暇はないぞ。進もう」

 俺はユズナとザヴィエに声をかけ、戸籍課の扉を押した。



 五感を強化しておいたが、辺りは何の変哲もなく、魔物の気配もない。

 来たときに見た看板も変わっていなかった。


「何もなさすぎて逆に不気味だな」

「本当ですね。さっきのがただの地震ならいいのですが……」

 辺りを見回すユズナの顔色はさっきよりも良くなっていた。だが、無理はさせられない。

 俺は先頭に立って暗い廊下を進み始めた。


 無音の廊下に足音だけが反響する。

「クローネの話だが……」

 最後尾を歩くザヴィエが呟いた。

「婚約したのか、辺境伯と……」

「いや、断ってるらしい」

「だろうな」

 ザヴィエがくすりと笑う声が聞こえた。彼女の笑顔は想像できない。


「何でそう思うんだ?」

「家庭教師をしているとき、気になる男がいると言っていた。そいつを追いかけて勇者のパーティに志願したとか……」

「そうなのか?」

 だったら、それはダリオのことだ。仲がいいとは思っていたが、気づかなかった。


「鈍い男だな……」

「俺はそういうのはわからない。まあ、あのふたりなら似合ってるし、いいんじゃないか」

「よくないかもしれないぞ……お前、どうせ事務手続きは勇者に頼りっぱなしなんだろう。結婚したらお前の世話を焼いてくれなくなるかも……」

「ダリオとクローネなら変わらずに事務手続きをしてくれる」

「信頼してるんだな……」

「自立という選択肢はないのでしょうか!」


 ユズナが声を張り上げたと同時に、ガラスの破れた音がした。

 振り返ると、足元で粉砕された酒瓶が破片を散らしていた。


「役所にポイ捨てとは!」

 詰め寄るユズナをザヴィエが煩わしげにいなした。

「私じゃないぞ……瓶は持ってる……お前たちに会う前に飲んでたのは置いてきたがな……」

「捨ててるじゃないですか!」


 俺は視力を強化してガラス片を見た。酒のラベルはザヴィエが飲んでいるのと同じものだ。


「ザヴィエ、瓶を捨てたのはここか?」

「違う、入り口の左側だ。今はさっき来た方向と反対方向に歩いているだろう……」

「ダンジョンは定期的に道筋を変えると言ってたよな」

「扉の位置が変わる程度だ……生き物みたいに自在に動くのは無理だ……"城の臣下"が造ったダンジョンでもなければ……」

「城の臣下?」


 ユズナが勢いよく俺たちの会話に割り込んだ。

「魔王には五人の臣下がいるんですよ! 勇者科で習いました!」

「知らないな」

「一年生から出直せ……」

 ザヴィエは酒を煽ろうとして、不機嫌そうにやめた。空になったのかもしれない。


「教科書も一年ごとに変わりますからね。戦況はすぐに変化します! 勇者たるもの常に最新の情報を学ぶものですので、一番若い私が教えましょう!」

 ユズナが胸を張った。


「五体の臣下はそれぞれ役割があるんです。ひとを洗脳する"教の臣下"福音のシャマラ、動物を魔物に変える"騎の臣下"白蹄のフェデ、それから……」

「その内、"教"と"城"の二体は既に討伐されているがな。"城の臣下"はダンジョンの造築が役割だった。生きる要塞と言われ、確か名前は、蠢城の……」



 ザヴィエが言葉を区切った。

「どうした?」

 彼女の目は暗闇の先を凝視していた。あるのは看板だけだ。俺も一拍置いて違和感に気づいた。

「この看板、さっき見たよな?」

「でも、私たちは反対方向に歩いて……」


「お前たち、伏せろ」

 ザヴィエが鋭く言い、指先を噛んだ。

 血が滴る指で、彼女は素早く壁に奇怪な紋章を描く。ザヴィエの胸の刺青が赤く発光した。


 音と光の洪水が周囲を染めた。

 凄まじい轟音と煙の中、俺は咄嗟に五感の強化をやめ、ユズナの襟首を掴んで伏せさせる。

 遅れて細かい粉塵が降り注ぎ、背中を打った。


 紋章魔術で壁を爆破したザヴィエは鋭い視線で前方を睨んでいる。

 俺は視力を強化し、白煙の中で浮き上がるシルエットを捉えた。


 角張った巨大な人型のようなものが壁からずるりと姿を現す。突き出した四角形の造詣は粘土で作った人間の顔のように見えた。


「私のミスだ……あの震動は魔物の出現だった……いや、違うな。ダンジョン自体が魔物だ……」

 ザヴィエは苦々しく呟く。


「煉瓦や材木に命を与えて動かす魔術の産物。この階全体が生ける要塞、ゴーレムだ……」

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魔術師免許の更新を忘れて書類上勇者パーティ追放された俺が魔王のダンジョンを改装した役所で雇用保険課まで無限バトル 木古おうみ @kipplemaker

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