約束
ヤン
第1話 約束
最近、月曜日の夜になると、
「はい」
「こんばんは、三上さん。そこ、窓ある? 空、見てごらんよ。結構星が見えるよ」
言われて外を見ると、確かに星が瞬いていた。きれいだ。
「見た? きれいだろ。でさ。明日、天の川見に行こうよ」
何言ってるんだろうと思ったが、つい、「いいよ」と言ってしまった。が、待ち合わせの時間は、普通に昼間だ。
「じゃあ、明日ね」
そう言って、伊藤は通話を切った。
火曜日は、伊藤が務めている美容院の定休日だ。普段は、仕事の後も勉強の為、何時間もそこにいるらしい。が、火曜日だけは一日完全に休んでいる。だから、月曜の夜に約束して、火曜日に会う。
待ち合わせ場所に行くと、珍しくまだ伊藤は来ていなかった。風景を、見るともなしに見ていると、手を振りながら走ってくる伊藤が目に入った。沙羅も軽く振り返した。
「ごめん。寝過ごした。時間がないんだ。こっち、来て」
「え? どこ?」
一人走り出す伊藤の背を追って、沙羅も走り出した。こんなに真剣に走ったのは、何年振りだろう、と考えていた。
「ここだよ。とにかく中に入ろう」
沙羅が頷くと、伊藤が手を伸ばし、沙羅の手を握った。が、すぐに引っ込めた。
「ごめん。つい」
「別にいいよ。気にしないで」
以前は、人に触れられるのが大嫌いだったが、今はそこまでひどくない。沙羅は、自分から伊藤の手を握った。
「行こう」
沙羅の言葉に、伊藤が驚いたように目を見開くと、「あ、うん」と言って、歩き出した。
そこは、何か月か前に建てられたプラネタリウムだった。入るのは初めてだ。
チケット売り場でチケットを買うと、「お急ぎください」と売り場の人に言われた。手をつなぎ直すと、早足で進み、中へ入った。席に着くとすぐにブザーが鳴った。暗転。そして、どこからか声がした。
星が映され、説明がされていく。天の川も映し出された。その、圧倒的な美しさ。沙羅は、ただただ感動していた。その後、まだいろいろな星の説明もされたが、耳に入っていない。
部屋が明るくなってもしばらく沙羅はぼーっとしていた。伊藤に肩を叩かれ、はっとした。伊藤は笑顔で、
「三上さん。すごく気に入ったみたいだね。よかった」
「だって、すごく、きれいだったから。こういうの、あまり見たことなかったし」
小学校の何かの行事で見に来たことがあったが、それ以来のことだ。
「そっか。オレも同じだよ。だけどさ、新しく出来たし、ちょっと来てみたいなって思ってさ」
「誘ってくれて、ありがとう。楽しかった」
「オレも、楽しかった。また、ここに来ようよ」
「いいよ」
沙羅は、ためらいなく答えた自分に驚いていた。
「三上さん」
「え? 何?」
「ずっと先でいいんだけどさ。いつか、本物の天の川見に行こうよ」
「本物の天の川? それ、どこに行ったら見られるの?」
見られるものなら見てみたい、と思った。が、伊藤は首を傾げて、「さあ」と言った。
「少なくとも、この辺では見られないよね。もっと、自然の多い所で、暗い所、かな」
考え考え言う伊藤をじっと見ていると、
「三上さん。約束してよ。いつか、オレと、天の川見に行くって」
真面目な顔になっていた。沙羅は小さく頷いて、「いいよ」と言った。胸がどきどきしていた。この辺りではない、少し遠い所に、二人きりで出かけるなんて出来るのだろうか、と考えてしまったが、そんなことはその時になってみないとわからないか、と思い直した。
「いいの? 三上さん。ありがとう。じゃ、本物がどこに行けば見られるか、とか、調べてみるよ。ま、いつになるかわからないから、当分はこのプラネタリウムで見ることになるかな」
「じゃ、天の川の火曜日だね」
思いついて言ってみると、伊藤は笑い、
「本当にそうだね。じゃ、とりあえず、来週も」
沙羅が頷くと、伊藤は、
「その次の週の火曜日も」
いつか本物の天の川が見られる日まで、天の川の火曜日は続きそうだ、と沙羅は思った。 (完)
約束 ヤン @382wt7434
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