バイクとハート

朝吹

バイクとハート

 

 死んだ日のことを何故、命日と書くのだろう

 こんな世の中終わっちまえと今までにも何度か想ってきたけれど

 本気でないことは自ら命を絶たないことで明白なんだからやってられない


 バイクで日本一周をやってから夜のダムに飛び込んだ君のことを

 職場でここ数日ずっと考えている

 Twitterにお別れの挨拶を遺して

 すぐに駈けつけた人もいたのに、君ときたらすでに水の底だった

 享年二十二

 ほんとうに偶然、ぼくは君の最後の投稿を眼にしていた

 また構ってちゃんが死ぬ死ぬ詐欺をやっていると決めつけて

 軽蔑しながら見ていたらあれよあれよとRTが増えていってどうやらバイクを現場において本当にダムに飛び込んだのだと知った

 とても高いところから真っ逆さま

 バイク乗りだから速度には慣れていたかも知れないけれど

 夜道を疾走するのと同じだったのかも知れないけれど

 瀑布の轟きに向かって投げ出された君の軌跡に胸を引っ掻かれてしまったぼくは多分、君から見たら恵まれている倖せなやつ


 日々をやりこなす能力は高いほうなんだ、だけど

 美しい景色を見て美味しいものを食べて大勢の仲間とふれあっている間もずっと

 もうしんどい

 もう死にたい

 そう願いながらクラッチを切っていた君の器用さには敵わない

 日本一周したら死ぬんだ! そう心に決めて

 野宿の闇に、明日見えるであろう雄大な景色と流れる雲を想い描いていた君の生きる理由の寂しさの

 ささやかな覚悟の切れ味には何ひとつ届かない


 小学生の頃に君と似た障害でいじめられていた男の子がいたんだ

 背の高い子でね

 獲物をいたぶる悦びに顔を赤くした上級生の猿たちに罵られて揶揄われて、校庭の鉄棒のところで泣いていた

 声をかける方が残酷だと想って、彼のランドセルをそばに置いて下校したけど

 ずっと忘れていないんだ

 ストレスのあまり顔が歪んできた彼を、それが面白いといって猿たちが執拗に狙っていたんだ何か月も

 或る日やりすぎだと想って止めようとしたら、学年で一番おとなしい女の子がぼくより先に飛び出して行って

 ハートの刺繍のついた白いコートを振り回して、男子を追い払おうとして逆にコートを奪い取られた

 放課後の教室には床に伏せて大泣きしている男の子と、白いコートを踏みにじられてぐしゃぐしゃにされた女の子が残されて、ぼくたちが先生を呼びに行っている間に猿たちはもう帰っていなかった

 汚い上履きで散々に踏まれて灰色に変わってしまった女の子のコート

 その色と、大きな身体を二つに折って泣いていた男の子の姿を

 ずっと忘れていないんだ

 大人になってからぼくも、「惨めな負け犬の遠吠えをしている」とそんな猿の一匹から嘲り笑われたことがあったんだけど

 脳裏には教室の床に落ちていたハートの刺繍のコートが浮かんでた


 「少しの間一緒に走った。ちょっと変わった子だった。とても気をつかって周囲に自分を適応させようとしていたようだ」


 障害があったんだってね

 切符が残されているのは卒業後数年の期間限定で

 三十代からは「経験は?」でクローズド

 四十になっても五十になっても、少ない時給で、懸命に前向きさと真面目さをアピールして即日採用の劣悪な職場に再就職を繰り返してそのうちバイトもなくなって

 若い連中が君にむかって「曇った眼をひらいて掃除しろ」とゴミを落として通り過ぎていく

 自己啓発本の中のきれいな言葉を云い聞かせ、云い聞かせ、「曇った眼をひらいて掃除しろ」と投げられたゴミを拾うんだ

 見放された人生にこの先、上がりはなく擦り切れていくだけなのが

 君にはもう見えていたんだろう


 君の人生はバイクで事故るのと変わらない

 生まれた時から君はきっと事故り続けていて、誰にも理由が分からない

 云いたいんだ、それはぼくも同じなんだって

 君もぼくを嗤ってくれよ、満身創痍で骨もない

 君の仲間は大勢いてね、生きづらさを抱えているらしいんだ

 生きづらさを抱えていない奴だけが勝ち組なんだ、教室のあの悩みのない猿たちが

 違うんだ君は、あの猿たちと

 「惨めな負け犬の遠吠えをしている」そんな人間に生まれたぼくたちはもがくことすら許されず、ぐにゃぐにゃの身体で電車に乗って

 生きながら脳死しているような気分でルーティンをこなし

 帰宅したら安い発泡酒をあけて、AVをちょっと観て寝るのさ


 バイクで事故るのと変わらない

 高い処からダムに落ちるのは、バイクで事故るのと変わらない

 君やぼくが生きることはバイクで事故り続けるのと変わらない

 生き残っているぼくもたまには美しい景色を観て美味しいものを食べて

 いつか必ず死ぬんだ! そう心に決めて

 いじましい命を夜道に繋いでいるだけなんだ


 だから最後に伝えたい、君の命日の現場写真を見てしまったものだから

 無敵の人にもなれなかったことが分かるんだ

 いい子だね

 君は相棒のバイクを道連れにはしなかった



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

バイクとハート 朝吹 @asabuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ