喜怒哀楽運智

古井論理

本文

「うんち」

 彼は唐突にそう言った。彼の豹変はあまりに突然で、それでいてシュールだった。

「何お前……ふっふふ……はははははは」

「うんち!」

 彼は「ふざけるな」或いは「察しろ」とでも言うようにそう叫ぶ。あまりの声の大きさに、背後の座席に座っていた高校生がこちらを振り返った。……声の大きさではなく内容で振り向いたのかもしれないが。

「まあとりあえずここ食堂だからそれやめようや」

「うんち……」

 彼はそう言ってうつむく。

「それよりこのラーメン旨いよな」

「うんち」

 彼は性懲りもなくそう発言した。私はさすがに怒って彼をにらみつける。

「ち、うん ち、うん、ち、うん、うん、ち、ち、ち」

 彼はそう言いながら指で机をトントンと叩く。

「……お前それしか喋れないのか?」

 私が聞くと、彼は頷きながら言った。

「うん……ち」

 なるほどそういうことか。これは彼がふざけて自らに課した縛りだ。

「しかしお前がそんなことするなんて珍しいな」

「うんちうんちうんち!うんちうんちう……!」

 彼は涙ながらに奇妙にしか感じられない弁明を続ける。さすがの私も不安になってきて、彼に言葉をかけようとした。

「おい、大丈夫か?」

 と、私の視界に窓に映る私の姿が入り込んだ。その私は、唇を三つの言葉をループ再生するように動かしている。

……?

……!?

 私は少し奇妙に思ってスマートフォンを取り出し、音声入力をオンにする。

「セアカゴケグモ」

 そう言ったはずなのに、画面に表示されたものはとぐろを巻いたうんちの絵文字であった。

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喜怒哀楽運智 古井論理 @Robot10ShoHei

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