第6話 ダックワーズ【dacquoise】
今は亡き、滅び去ったシンクフォイル公国。
多くの者が殺され尽くしたその国の、一人の姫君が生きることを許されました。
ただ一人の、侍女と共に。
誰もが目を見張る程、ビスクドールのように美しい
国を滅ぼされ、民を殺され、父と母と兄と姉とそれ以外の全ての者も、残らず全てを殺され尽くして、たった一人侍女と残されて、そして――……
この国は、姫君に残った王族としての矜持、その最後の一欠けらすらも、蹂躙し尽くしたのです。
『赦さない。絶対に、赦さない。決して、赦しはしない』
怨嗟の念が私を作りました。
そして、怨恨の声が私を動かすのです。
◆◇◆
砂糖菓子のように甘い日々。
蜜を練って固めたように甘いだけの日々。
そんな蕩けそうな、大げさに言って、そう悪くもない、そんな日々を幾日も繰り返し、私はクイン皇子殿下と結婚しました。
今夜は初夜と相成ります。
まあ、私とて乙女の端くれですもの。
少しぐらい、どきどきするんですよ。
こんな衣服としての用を成していない、どこも隠していない、どこも守れていない紐とレースで出来た夜着を用意してしまう程度には舞い上がっております。
「メア…………」
軽いノックをして部屋に入って来たクイン皇子殿下が私の姿を見て、固まってしまいました。
代わりに扉を閉めてあげましょう。
「……なんって、恰好をしてるんだ!」
「何って、初夜ですもの。お嫌いですか? こういうの」
「きっ……、じゃ、ない……」
いえ、全然聞き取れません。もうちょっと声張って貰えますか。
「まあいいです。さ、服を脱いでさっさと横になってくださいな」
「は?」
面倒なんで、顔を赤くして呆けているクイン皇子殿下をベッドへと引っ張っていき、押し倒し、馬乗りになりました。
よし。
「いや、待って。待て待て。おかしいでしょ」
「何がですか? 初夜ですよ」
「初夜って言えば全部許されるとでも思ってんのか! 雰囲気とか! いや、そもそも逆じゃないか!?」
「逆? とは?」
「なんでおれが押し倒されてるんだよ!」
「どちらでも結果は同じでは? どちらが上でどちらが下でも、入れて出せば終わりでしょう」
「入れて出すとか言うな!」
メンドクサイですね。
いいからさっさと子種をください。そのために、怪しい薬草とか、意味不明な
ぎし……、とベッドが音を立てました。
私が動いたからですね。
クイン皇子殿下に跨ったまま、仰向けの殿下に顔を近付けたから。
「もしかして照れてます?」
「ふ、ざけんなこのクソビッチ」
うるさいですよツンデレ腰抜けマゾ豚野郎。
でも、私は今日、大変良い気分なので何でもいいんです。
寛容な気持ちで、何だって許してあげましょう。
「そのお口以外は、素直なようですよ?」
「最低かよ!」
だから、私を孕ませてください。
クイン皇子殿下、あなたのその価値を、この私に示すのです。
侍女の子に過ぎないあなたが、正統なるシンクフォイルの後継者であるこの私に。
王女である私の母を差し置いて、皇帝に見初められたただの侍女風情。その息子に過ぎないあなたが、殿下と呼ばれるこの歪な現実を改める時が、すぐそこまで来ているのですよ。
銀糸のようなその髪と、ルビーのように美しいその紅玉の瞳。
それを私に寄こしてください。
国も家族も奪われ、最後に残された矜持すら砕かれて、黒髪黒目の
ああでも、それだけじゃないんですよ。
クイン皇子殿下、あなたが大好きです。あなたを愛してます。
この私が大好きだなんて、愛してるなんて、可笑しいですよね。
皇太子殿下のこと、全然笑えません。愚直に愛されることが、こんなにも、気持ちの良いものだなんて。知らなかったんです。
何が切っ掛けの心変わりかは知りませんが、あなたのその不器用な好意が、とても気持ちがいいんです。
愛しいんです。
クイン皇子殿下、あなたが。
その白銀の髪が。紅玉の瞳が。
でも、決めているんです。順番が、あるんですよ。
まずは、子を産まないといけません。
この国を継ぐ者。お母様の、シンクフォイル公国の血を受け継ぐ、後継者を。
その子がもし白銀の髪に紅玉の瞳をしていたら、きっとお母様は殊の外お喜びになってくれる筈です。
そうしたらまずは、諸悪の根源であるあなたの父君、陛下の中身を全てぶちまけます。
端から刻んで、開いて、すり潰して家畜の餌に致しましょう。流れ出たそれで、
次は皇太子殿下。ついでだから、あの田舎娘も一緒に。
引き摺り出した腸を結んで繋げてあげましょうか。可愛らしい、蝶々結びで。
私、結構綺麗に裂けるんですよ。ふふ、実はこれ結構自慢の特技なんです。
それ以外の、皇族の皆様も。
大丈夫、流行病なんて、よくある話でしょう。その辺は、
あの人、そういうの得意ですからね。日和見主義のクソ野郎ですが、流れに身を委ねて、誰よりもうまく尻拭いが出来るんですよ。
ですから、その後の国政も問題ありません。ただ頭がすげ変わるだけです。
だから安心してください。
安心して、お逝きなさい。
最後の最後に、クイン皇子殿下、ようやくあなたの番です。
いわばとっておきの、甘いデザートですから。一番最後のお楽しみです。
白銀の髪も、紅玉の瞳も、その美しい
蕩けるような甘い声も、甘ったれな野心も、ぶれぶれの決意も。
あなたの全てを、愛してあげましょう。
シンクフォイルのその美しい顔を、いつまでも部屋に飾らせてくださいね?
「愛してますよ」
ずっと、
皇太子に婚約破棄されて社交界から追放された公爵令嬢、腹黒第五皇子に求婚される ヨシコ @yoshiko-s
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ゆるゆる読書録/ヨシコ
★3 エッセイ・ノンフィクション 連載中 20話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます