第5話 シャルロット【charlotte】

 この国は、他国を次々と攻め滅ぼし、領土ごと、その全てを喰らい尽くすことで大きくなってきました。

 国を滅ぼし、人を殺し尽くし、この大陸における唯一の国となるまで。


 最後に滅ぼされたのが、シンクフォイル公国。巨大で強大なこの国に比べれば、取るに足らない小さな国です。

 大陸を蹂躙し尽くしたこの国は、まるでコース料理の最後に出されたデザートのように、シンクフォイルを呑み込みました。

 それまでに滅ぼされた数多の国でそうされたように、殺されずに生き残った幾人かが、この国の有力者に無理やり嫁がされ、あるいは皇帝の妾という名の奴隷に身を落としました。


 五番目の皇子、クイン皇子殿下の、母君のように。



 ◆◇◆



 荒れ果てた部屋は、まるで嵐にでも遭ったかのようです。


 殺意をまき散らすクイン皇子殿下を、無理やり引きずってきて無理くり押し込んだのは、夜会に招待された客人が休憩するために用意されている客間の一室です。


 いえ、分かっています。

 夜会の途中で婚約中の男女が客間にしけ込むのがどういう意味か、どういう意味に取られるか、分かってますよ。

 でもしょうがないじゃないですか。

 いいんです。もうどうせ淫乱クソビッチですもの。はいはい淫ら淫ら。


 だってもう、放っておいたら皇太子を斬り殺しそうなぐらい殺意をまき散らすんですもの、この皇子。

 そんなことされたら、婚約者の私だってただでは済みませんよ。

 その場に居合わせたことで連帯と見做され有無を言わさず処刑され兼ねません。冗談じゃありませんよ、そんな一蓮托生。


「クイン皇子殿下」


 部屋の中心、ひとしきり暴れ切ったクイン皇子殿下は、引き裂かれて羽毛をまき散らすクッションだった物を片手に、肩で息をしています。


 八つ当たりなんて、美しくありません。

 それでも、クイン皇子殿下のそのかんばせは、一点の曇りもなく美しいまま。

 美しく微笑んだそのままで、抑えきれない怒りに身を任せて。


 私は殿下に近付いて、俯くその白磁の頬に両手を添えました。

 見上げるその顔は、やはり美しい。

 顔に陰を落とす白銀の髪も、暗い光を宿すその紅玉の瞳も。

 

「クイン皇子殿下」


「その汚らわしい声でおれを呼ぶなクソビッチ」


 まあ、ひどい。


「クイン皇子殿下」


「うるさい! メス犬め!」


 わん、とでも鳴きましょうか?


「愛していますよ」


 私の言葉に、クイン皇子殿下はゆったりと笑みを深めました。

 壊れた笑みを浮かべてなお、その顔は美しい。

 その身の内に巣食うものが、どれだけ歪んでいようとも。


「おれは、愛してない」


 知ってます。

 私だって、本当は愛してなんかいません。

 これはただのリップサービス。

 心を伴わない恋愛ごっこです。知っていますとも。分かっていますとも。


「私は愛しています」


 あなたが始めた恋愛ごっこでしょう?

 

 せめてどちらかが愛を囁いていなければ、破綻してしまうではないですか。


 それとも、破綻しても構いませんか?

 宰相の娘を娶りたかったのでしょう?

 足掛かりにしたかったのでしょう?

 あなたの野心は、その程度ですか?


 それで、どうします?

 兄君の足元に擦り寄って、靴の裏でも舐めて見せますか?

 もしかしたら、愛してくれるかもしれませんよ。あの方は、愚直に愛されることがお好きなようですし。


 あなたを無視して、軽んじて、全てを手に入れる無神経な皇太子に、取り入ればいんですよ。


 どちらでも、私は構いません。

 それとも、野心がありますか? まだ、ありますか?


 まだあるのなら、燻る炎が消えてはいないのなら、私に利用価値を見出したなら、ぜひそうしてください。


 ぜひ、私を大いに利用なさってくださいな。

 

 クイン皇子殿下、ぜひその価値を、私に示してくださいな。


 大丈夫、私は知っています。

 少しだけ、堪えられなかっただけです。こんなところで、終わるわけはないんです。


 大丈夫。涙に潤むそのルビーのような瞳は、変わらずに美しいのだから。


 クイン皇子殿下、あなたがこれまでに味わった屈辱、それを糧にして燃える野心は、こんなものではないはずです。


 だから、


「愛していますよ」


 その白銀の髪と、紅玉の瞳。

 今は亡き、シンクフォイル公国のその色。


 私が持たない、その美しい故国の色を。

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