9.大雨
「くそったれ」
王都は今、大雨が降っている。
ざんざんぶりだ。雨により川は水嵩が増して増水しかかっていた。
しばし時間を戻す。
俺は降り出しの時点で警戒をしていた。
「しゃあない、この雨だ、今回はヤバそうだ。行かないと」
「何がですか? 雨なら危ないので家にいたほうが」
「俺たちはいいんだ。あいつらがな」
「あいつら?」
「トーマスたちだ、覚えてるか?」
「孤児の……はい、はっきりと」
「そういうわけで、行ってくる」
「私も行きます」
こうして姫様たちを連れて急いで橋に向かった。
「よう、みんな、生きてるか」
「生きてるけど、どうしたこんなとこへ」
トーマスたち孤児の子たちが橋の下に入って雨宿りをしていた。
今日は当たり前だが薬草採取はできない。
「雨がひどいんで川がな。知らないと思って迎えに来た」
「迎えって、俺たちはここに住んでるんだけど」
「ここ増水すると川に沈むんだ」
「え、マジで?」
「ああ」
この子たちは前は町に住んでいたので、増水することを知らないのだ。
やはり子供は子供だ。
「あんちゃん、あんちゃん」
「ああ、そういうわけでここは危険だ。荷物持てるだけ持って俺んちこい」
「……わかった」
乾燥中の雑草もたくさんある。
手分けして持てるだけ積んで持っていく。
「くっそ、雨さえ降らなければ」
「まあそうだが、自然は怖い」
全部で五人。荷物なんてないに等しい。
リュックに雑草だけ入れて、俺の家に向かった。
姫様も持てるだけ雑草を持ってもらった。
「悪い」
「いえ、特別扱いのほうが嫌いですから」
「そう言ってもらえると助かる」
姫様もキリッとした顔をして雑草の束を運んでくれる。
乾燥させるとそこまで重くはない。
ただスプーンより重いものを持ったことがなさそうな姫様だけに、少し悪い気もする。
そうして門を通って王都内に戻り、俺の家に入った。
「ふぅ、なんとか家まで来たな」
「助かったよ、あんちゃん」
「ジェネ、さんきゅ」
トーマスも鼻の下を擦って礼を言ってくる。
「さすがに流されて死んだとか寝ざめが悪すぎるからな」
「そうだな、マジ助かった」
こうして俺はまた雑草の麦粥を人数分作るのだった。
なぜか家には食器など人数分あった。
トーマス達は碌にご飯も作らないので、まともに食器すら持っていないらしい。
普段はパンなどを買って食べているから、食器はいらないのだ。
なるほど、そういう生活もあるか。
俺は麦粥派だったので知らなかった。
確かにパンだけなら食器は不要だ。
「「「いただきます」」」
みんなでハーブを入れたいい匂いのする麦粥を食べる。
「うまっ」
「あんちゃん、おいちい」
「ああ、食えるだけ食っていいぞ。たくさんないけどな、あはは」
「ああ、ありがとう」
こうしてみんなで食卓を囲む。
なんだかこうしていると家族みたいだな。
俺がお父さん。姫様がお母さん。父さんも母さんもまだ若いけど。
そして、子供たち。
みんなでもぐもぐと麦粥を食べる。
貧しい食事。しかし不味くはない。これだって立派なご飯だ。
そうやって小さな幸せを噛みしめる毎日。
それはそれでなんだかすごく幸せな気がするな。
本当は王宮でふんぞり返って左団扇で暮らしたいけど。
姫様の紐になればそれも実際に可能とはいえ、俺自身のプライドだってないわけではない。
雑草マスターであるので、能力を生かした仕事はしたい。
ベッドは一つだけだ。
子供たちをベッドで寝させる。
「悪りいな、姫様。床で」
「いえ、いいんです。子供たち優先ですね。ふふふ、優しいお父さん」
「ああ、まあな。んじゃお休み」
子供たちがベッドで寝ている。
ぎゅうぎゅうで入らない子は、その辺で寝てるけど。
俺と姫様は顔を突き合わせてモーフをかぶった。
なんだかこういうのも悪くはない。
ピンクゴールドの髪が綺麗だ。
このフードを取った美しい髪を見れるのが俺たちだけだと思うと、すごい優越感がある。
なんだかそういう所有欲も俺にだってあるんだ、と再認識した。
もっと働いて稼いでどんどん裕福にはなりたいな。
そんでもって子供たちにも仕事をどんどん任せたい。
もっといい物食べさせてやりたい。
砂糖とかチョコレートとか食べられる日が来るだろうか。
どちらも渡来品でとても高い。
俺も匂いを嗅いだことすらない。
砂糖は白く、チョコが茶色いことを知っているのみだ。
チョコには独特の匂いと風味があり、とても美味しいと聞く。
ズルといえばズルだが、姫様にひとかけだけでもみんなに食べさせるように持ってきてもらおうかな。
俺もついでに一口だけ、一口だけもらおう。
『あーん。チョコですよ、うふふ』
頭の中に姫様がチョコを口に咥えて、口移しで食べさせようとしている風景が浮かんだ。
場所は王宮の庭っぽいイメージの所だ。
反対側にはメルシーちゃんも同じポーズで同じことをしている。
俺はどっちのチョコを食べようか、と二人の間を行ったり来たりしている。
優柔不断野郎だ。馬に蹴られてしまえ、というヤジが聞こえたところで目が覚めた。
目の前には相変わらず、ピンクゴールドの美少女が寝ている。
その唇もピンク色でつやつやしていて、さっきのチョコを咥えているところを思い出してしまう。
なんだかただの唇なのに艶めかしくて、俺は目をそらす。
姫様、エッチだな。素直にそう思った。
俺はもんもんとしつつ再び眠りについた。
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