2.二人の夜
「ふにゃぁ」
「おはよう」
「おはようございます。えっ、今、何時、ここ、どこ、あなたは」
完全に状況が理解できていない彼女が慌てふためいた。
「今は午後の六時。ここは俺ジェネの家、お姫様は俺の作った上級雑草ジュースを飲んで、寝て起きたところ」
「あ、はい、ありがとうございます……」
彼女が微笑む。
なんだこれ……整いすぎた綺麗な顔で笑いかけられると、こっちの心臓がおかしくなりそうだ。
――天使だ。
「理解できた?」
「記憶は、一応、あります。あっ、私に変なことしてないですよね?」
「してないよ。どこの誰だか分からんお姫様に手を出すほど、俺はアホじゃないんで」
「あ、助かりました。感謝はしています」
彼女がベッドから起きて、全身を触って変なことになっていないか、確認していた。
まったく何を疑っているんだか。
「あの熱が下がって……」
「ああ、でも一時的だから、ほら、もう一本、作ったから飲んでおいて」
「分かりました。ありがとうございます」
リンゴ上級雑草ジュースを渡す。
リンゴジュースはお気に入りで、あまり在庫がないから出したくないけれど、女の子に普通の上級雑草ジュースを出すほど無神経にはなれない。
雑草のエグみが絶妙に含まれていて、そのままだと不味いのだ。
「これ、リンゴ入りで、飲みやすいです」
「ああ、そうだよな」
ぐぅ~。
「あっ、ひゃんっ」
彼女がお腹を押さえる。
「お腹空いたか?」
「はい。聞こえました? 聞こえましたよね?」
「ああばっちり」
「ひどいです。女の子のお腹の音を聞くなんて」
「そうなの?」
「はい。私ったら、はしたないですよね、こんな女の子」
「いや、別に人間なら普通だと思うけど」
「そう、なんですか?」
「ああ」
ぐぅ~ぐぐぎゅるぅぎゅるぎゅる~。
今度はすごい音が鳴った。
「イヤぁ」
「あはは、これだけ鳴るのは、珍しいな」
「恥ずかしい……」
彼女が顔を赤くして抗議してくる。
そう、さっきから俺の後ろのキッチンでは麦粥が火に掛けられていたのだ。
それも二人分。
俺は一人暮らしだが極稀に友人が訪ねてくることもある。
それに万が一、彼女が出来たら、家に誘いたいだろう。
だから数人分の食器と椅子、テーブルはある。
実を言えば、親が置いていった置き土産なだけだけど、処分はしていない。
「んじゃ、食べていくだろ? というかもう夜なんだが」
「そうですね、お言葉に甘えて」
ちょっと複雑そうな顔をしたけど、笑いかけてくれる。
もうこの笑顔見れただけで、ご飯もおごっちゃう。プライスレス。
「はいどうぞ」
「いただきますっ」
「いただきます」
二人で麦粥だ。
粥には麦以外に塩で味付けしてあり、雑草の中で食べやすい草を選んで入れてある。
それからなけなしの肉、つまり謎肉の干肉。
「美味しい……草の風味も、なんだか優しくて」
「だろう、俺はこれがお気に入りで、最近のマイブーム」
「ふぅん」
麦粥を食べるのを一回やめて、上目遣いで俺を見つめてくる。
なんだかドキドキしてきた。
「それで……あの……私、お薬の代金、それからご飯代も」
「あぁ、別にいいよ、それともお金なさそうだけど払ってくれるの?」
「えっ……」
彼女が顔を赤くして、左右に目を動かす。
視線がベッドで止まった、目を大きく開けた。
俺とベッドの間を視線が三往復。
それから耳の先まで真っ赤になって、下を向いてプルプル震えている。
「わ、わ、私……お金、なくて、でもポーションの代金だなんて、払えない……です。でも、そんな」
彼女が両手で自分の体を抱きしめる。
「いや、何か勘違いしてるみたいだけど、体で払えとか言わないから」
彼女の腕を抱きしめる力が緩くなって、ホッとしたのが分かる。
目からは薄っすら涙まで浮かべて、目尻から一筋ツーと頬を流れ落ちた。
「すみません。ありがとうございます。こんなに優しくしてもらったこと、その、なくて」
「いや、別に大丈夫だから、さ、食べて」
「はい」
木のスプーンで、木の深皿から麦粥を掬って食べる。
「とっても、美味しいです。ただの麦粥なのに」
「草がね、ハーブとか選んで入れてあるから、レモンリーフとか」
「レモンリーフ?」
「そそ、レモンリーフ。柑橘系の匂いがする」
「あぁこの少しオレンジの果物みたいな、いい匂いがそうなんですね」
「そそ」
「すみません……お代わり、いただけますか?」
「いいよ」
二人分と言っても、ちょっと多く作ってあった。
彼女が食べないなら俺が食べるつもりだったけど、食欲があってよかった。
「ごちそうさまでした。お腹いっぱい。こんなに食べられたの、久しぶりで」
「そうか」
「あの、その、それから……」
「ああ」
「もう、暗くなっちゃいましたね」
「そうだな」
「女の子がこんな時間に出歩くなんて、おかしいですよね」
「そうだね」
「私、どうしたらいいか」
「泊まっていく? 別にかまわないけど」
「あ、ありがとうございます。お泊り……ですね」
ニコッと笑ってくれる。
笑顔がまぶしい。
でも、すぐに表情は崩れて、赤くなって視線をさ迷わせる。
「あの、ベッドひとつですよね」
「そうだね」
「はんぶんこ、はんぶんこにしましょう」
「いいのか?」
「だって、私のベッドではないですし、でも床で寝るのはちょっと」
「俺が床で寝ようか?」
「ご主人様が床だなんて、とんでもないです。はんぶんこです」
「そっか」
「はい」
二人でベッドを半分ずつにする。ベッドに並んで二人で横になった。
彼女と並ぶと顔が近い。俺は我慢できず、体ごと反対側を向いた。
すぐ近くの彼女のいい匂いが漂ってくる。
それにヒューマンの一人用ベッドだ。どうしても体が触れてしまう。
「ふふ、こうして見ると背中おおきいですね」
「そうか?」
「はい」
彼女が俺の背中を触ってくる。
撫でまわしたりして面白いのか、よく分からない。
「お父さんもこんなふうに、触らせてくれたら、きっとよかったんですけどね」
「お父さんか」
「ええ、厳しい人で」
「そっか」
彼女がモゾモゾ姿勢を変える音がする。
「おい」
「んっ、こうやって抱き着いて寝ると、気持ちいいです」
彼女が俺の背中に抱き着いてくる。
すごく彼女の体温が温かくて、それから柔らかい。
何なのかよく分からないけど、ふにゃんふにゃんと背中に感触が。
その感触がなんともいえない。
「すごくよく眠れそう。こんなのはじめて」
「そ、そうか」
「はい。おやすみなさい、ジェネさん」
「おやすみ、そういえば、名前」
「すーすー」
すでに寝ていた。
寝るのが早い。さっきまで寝ていただろうに。
もしかしてずっと体調不良で眠れなかったのだろうか。
まだ疲れが残っているのだろう。
しょうがない、そのまま俺たちは眠りについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます