5.下請けの子供たち

 家の中は安心だ。


「なんだか悪いことをしている気がしてくる」

「あなたは悪くはありません。悪いのは私」

「そうだけど」

「私が悪いんです。一緒のベッドで寝たから」

「それ、それ絶対外で言わないでよ」

「そうですね。ふふふ」


 しばらく一人で雑草の仕分けをする。

 別に雑草はほぼそのままでいいが、品質のいい上級雑草だけ抜いて分ける。

 昨日の非常用で少し使ったから補充しておかないといけない。


 姫様は俺の作業を目を丸くしてご見学している。


「お茶飲む? 雑草茶だけど」

「くださいな」


 そういうのでお湯を沸かして、ハーブを入れて雑草茶にする。


「はい雑草茶」

「ふふふ、いい匂い。なんだか優しくて私は好きです」


 好きという言葉にドキドキする。

 別に俺を好きという意味ではないのは明白だけど、目をまっすぐ見てきて「好き」と言われれば勘違いしてしまいそうだ。


 コップでお茶を少しずつすする。


「んっ、ほら、優しい味だわ。美味しい」

「そっか、それはよかった」

「はいっ」


 お茶を楽しく飲んだ。


「お茶会とは全く別物だけど、私は今日のお茶会のほうがいいわ。女の子のどろどろした視線は苦手なのです」

「そりゃあ王宮にくる女の子って貴族の子でしょう?」

「そうですね。みんな腹黒い思想と要求を隠して、お茶を飲むんです。おかしいでしょう?」

「ああ、怖い」

「ふふ、あなたとならば美味しいお茶が飲めるのに、なんでみんなには無理なのかしら」

「俺に言われても困る」

「そうですね。ふふっ」


 お茶を飲み終わったらまた仕分けを少しする。


 トントン。


「ごめんくださーい。ジェネ、ジェネいる?」

「おーいるぞ。今、開けるから。お客さんもいるんでびっくりしないでね」

「はーい」


 ドアを開ける。


「やあ、ジェネ」

「よっ、今日はトーマスか」

「おう」


 やってきたのはトーマス、八歳の男の子だ。

 浮浪児というのだろうか。親に捨てられてそれきり家もなくその辺を転々としている。

 今は王都城壁外のラフリス川、レンガ橋の下に仲間と住んでいるらしい。


 その仲間たちと唯一仕事をしているのが俺から下請けの「雑草取り」なのだ。


 橋の向こう側には平原が広がっていて、雑草が無限に生えている。

 それを種類まぜこぜで収穫して橋の下で陰干しをする。

 乾燥させたものを俺の家に定期的に持ってくるのが彼らの仕事だ。


「はい今日の雑草」

「おう、いつもありがとう」

「まいど」


 背負ってきた雑草を置いたのを確認して、お金を渡す。

 決して高くはないが、これで彼ら数人分一週間の食費をなんとか賄っている。


 当初は午後に自分で雑草取りをしていた。

 これで俺は雑草の収穫と乾燥作業を全て自分でやらなくて済んでいる。

 彼らとの出会いはたまたまなのだけど、お互いの利益になっているのでいい。


「それでそっちの女の子は誰なの? 俺はトーマス。レンガ橋の下に住んでる」


 姫様は別に正体を晒す必要はない。

 しかし律儀なのだろう。

 フードを取りトーマスに頭を丁寧に下げる。


「橋の下……。私はエスターシアです。ごめんなさい。私たちが本来なら支援するべきことなのに」

「え、何のことか分かんないけど別にお姉ちゃんのせいじゃないだろ」

「いえ。王都の諸問題は私たちに責任があるのです。王家の一員として、姫として」

「え、姫様なの? マジで?」

「はい。お困りでしたら、王宮をお尋ねください。エスターシア・アリア・アレクサンドラ・エルイドに用があるといえば、中に入れてくれます」

「えっ? ええと」

「エスターシア・アリア・アレクサンドラ・エルイドです。アレクサンドラを忘れないように。秘密の名前です」

「おい姫様、いいのか、そんな大事な名前言って」

「はい。私たちの責任なのですから」

「そ、そうか」


 姫様はトーマスの手を優しく取って軽く握る。

 トーマスは緊張しているのか、視線を泳がせていた。


「綺麗なピンクゴールドだな、すげえや」

「これが王家の証なのです。自慢のひとつですが、これが私を王家に縛りつけている鎖でもあります」

「へぇ、なんだか分かんないけど、俺、好きだよ」

「ありがとうございます。そういってもらえるとうれしいです」

「へへん」


 トーマスは嬉しそうに鼻の下を擦った。


「俺帰るから。じゃあまた」

「おお、じゃあまた来週、よろしく」

「ほいよ」


 トーマスがドアを開けて出ていった。


「よかったのか? 秘密の名前」

「はい。私たちの責任であるのは、本当ですから」

「そうか」

「あのような格好で、とても見過ごせるはずが」

「まあそうだな」


 トーマスはシャツとズボンではあったがボロボロで、一見しただけで浮浪児だと分かる。

 王都ではほとんどすべての人が無視して扱う。

 さすがにお金を払ったらパンくらいは買えるが、多くの店には入れもしない。

 姫様もさすがに理解したのだろう、そういう人が王都に現在でもいると。


 この王都は世界の中でも美しい都として有名だ。


『王都に光あり、そのピンクゴールドの輝きは神へと通ずる道しるべとならん』


 よくある詩だ。

 王都そのものの輝きと姫様を称えるという趣向だけど、そんな王都にも影はある。


「あのような子たちが出ないように孤児院があるというのに」

「孤児院、評判悪いんだよな」

「そうなのですか? なぜです? そんなこと誰も教えてくれませんでしたよ」

「そりゃそうだろう。姫様には聞かせられないさ。道端の子供たちを誘拐して洗脳してる怖いところだって、言われてる」

「そんな、まさか」

「本当。市民は自由に生きたいから、縛られるのはごめん被るという話だよ」

「……なるほど」


 姫様は難しそうな顔をして唸っていた。


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