4.ガリードさんと姫様

「さて、お姫様。正体が判明したけどどうする? 先に帰えらなくていいの?」

「いえ、今頃探しているでしょうけど、どうせ怒られるならもう少し見ていきます」

「そうか」


 午前中に雑草ジュースを製作して少し製品を冷ますために寝かす。

 その間にお昼ご飯にする。


「今日のお昼は、そうだな、うーん。いつもなら昼も麦粥で済ますんだが」

「麦粥でいいですよ、私、あれ好きなので」

「そうか?」

「はい」


 ということで麦粥を二人で食べた。

 今日も雑草束から仕分けして取ったハーブを何種類か入れてあるので、薬草系のいい匂いがする。

 スイートハーブとレモンリーフそれから庭木のベルガモットも少しだけ入れた。


「ごちそうさまでした。美味しかったです」

「ああ」

「ふふふ、新婚さんみたいですよね」

「そうだな」


 俺は緊張しすぎて返事が生返事だが、しょうがないんだ。

 彼女が天使みたいに笑顔を浮かべているのが悪い。


 ご飯の片付けを軽く済ませる。


「んじゃ雑草ジュースも冷えていい感じだ。ガリード薬品店に納品に行くぞ」

「はい」


 明日は日曜日で俺は休みにしているので、今日はいつもより五割増しの納品だ。

 昨日も五割増しで納品して日曜日の分を調整している。


 薬ビン入れの専用のカゴを持って家を出る。


「行ってきます」

「はい、行っています」


 挨拶に返事をしてくれる人がいると、なんだか感慨深い。

 それがロングヘアのピンクゴールドで笑顔がかわいいお姫様だとか、世の中どうなっているんだか。


 二人で並んで道を歩く。

 ここは表の大通りから一本内側のため、人通りは多くない。

 彼女はフードをかぶり直しているので、一見ただの聖職者見習いみたいに見える。


 フェリアル教の巫女様は黒いフードなんだけど、見習いは白と決まっているのだ。

 それに倣って敬虔なただの信者の子も白いフードをかぶる子が多い。

 美少女が誘拐や暴行などの犯罪から身を守る手段としても、一定の効果があるらしく、多くの女の子は白いフードをかぶっている。

 ロングヘアを見せびらかして歩くのは、夜の仕事の子や、信仰心の弱い遊び歩いている子に多い。


 適当な世間話で盛り上がってあっという間にガリード薬品店に到着した。


「ガリードさん、お待たせ」

「おおジェネ君、こんにちは。って昨日のお嬢さんかい?」

「ああ結局、俺が助けたよ。今は回復して大丈夫。俺の仕事を見学したいんだと」

「ほーん」


 ガリードのおっさんも興味深げに彼女を見つめるが、フード越しだ。


「よくよく見ると、えらいべっぴんさんだな」

「だろ」


 俺は納品の受け渡しをしつつ答える。


「はい、引き換えの空ビン」

「ありがとう」


 ガリードさんから使用済みのリターナブルビンを受け取る。

 これは雑草ジュースの代金から引かれるものの、これがあるのとないのでは経費がまったく違うので助かっている。


 自分でビンを用意するのはなかなか大変だ。

 最初は勝手がわからず、市場で中古ビンを買い集めたりしてなんとかしていたが、作業も値段も無駄が多かった。

 それを全部ガリードさんが面倒を見てくれるようになって手間はゼロへ。

 値段もリターナブルだからかなり安い。


 雑草ジュースの購入者が可能な限り販売店へ戻してくれるからこういうことができる。

 空ビンを販売店に持ち込めば買い取ってくれる。

 ビンはもともとはそこそこ高価だ。


 そのせいで雑草ジュースも定価だとちょっとだけ値が張る。

 ビンを戻せば戻ってくるとは言え、格安で販売できない事情のひとつだ。


「じゃ、俺たち戻るから」

「おおジェネ。ところでずいぶん仲良さそうか、あれか、あれなの?」


 そういってガリードさんが小指を立てるしぐさをする。

 これは「彼女」を意味するジェスチャーだ。


「違うよ……あんまりそういうことすると不敬だぞ」

「なんだよそれ」


 ガリードさん渾身のギャグを真面目に否定すると、ガリードさんは呆れ顔になった。


 彼女、エスターシアお姫様が周りを見渡す。

 他に客はいない。通りも今は人が少ない。

 そっとフードを脱いだ。


「うおぃ、その髪色……」


 さすがガリードさん気が付くか。


「エスターシア・アリア・エルイドです。先日はご迷惑をおかけしました。おかげさまで回復しました。ありがとうございます」

「ご丁寧にどうも。まさか姫様とは」

「私事ですので、ここでのことは御内密でお願いします」

「あ、ああかまわないが」

「では、失礼します」

「お姫様、めせて、俺にも挨拶だけでも」

「分かりました」


 ガリードさんが姫様の右手を両手で取って片膝をつきそっと手の甲にキスを落とす。

 厳密にはキスは触れていない。チュッと唇で音を出すだけだ。

 本当にキスしたら不敬らしいので。


 俺、もしたほうがよかったのだろうか。


「ありがたき幸せです。このガリード姫様にご挨拶申し上げます」

「ガリードですね。覚えておきます」

「ありがとうございます」


 ガリードさんが立ち上がるが、めちゃくちゃガチガチだ。

 直立不動で動かなくなった。


「それじゃガリードさん」

「あ、ああ」

「失礼しますね。ガリードさん。またご縁がありましたら」

「は、はい。姫様」


 お店から出る。

 さて家に戻ろう。


 ガリード薬品店からの帰りに道で姫様の事情を聞いた。


「どうして姫様ともあろうお方があんな病気で薬を買いに?」

「少し前から一番仲のいいメイドの実家で武者修行をしていたんです」


 メイドさんとご両親はその日たまたま用事で王宮に呼び出されていたという。

 ひとりで留守番をしていた姫様だったが熱が出てしまい薬を買いにふらふらと出ていたと。

 でも姫様は自分で買い物なんてしないので、お金をほとんど持っていなかったと。


「それって、今頃大騒ぎなのでは」

「そうですね。さっきから私服の兵が何人も通っていきますが、みんなそうでしょう」

「っておい、それなら早く戻らないと」

「戻ったら……当分の間は自宅謹慎でしょう。今しか外を見ることができません」

「そっか、そうだな確かに」


 こうして家に戻ってきた。

 ドアを閉める。これで兵には見つからない。


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