第335話 晴景の最後
幕府による再平定が終わり、乱世が終わりを告げた。
幕府管領上杉晴景の指示で参勤交代が始まり、各大名は大阪城への出仕を命じられた。
敵対的だった大名達には、各大名の負担で河川改修・寺社修復・街道整備が行われるようになっていた。
それらが始まると同時に上杉晴景は、幕府管領職を辞して越後に帰り小さな草庵に住んでいた。
幕府管領職を辞する時は、将軍足利義輝から再三慰留されたが、自らの役目は終わったと言い幕府管領職を少し強引にやめて越後に帰ったのであった。
既に上杉家のことは弟の景虎に任せてあるため、日々陶芸に打ち込み茶の湯の茶碗を焼き、書を書く毎日を過ごしている。
晴景の焼く茶碗は多くの茶人から好まれ、多くの茶人が愛好していた。
そして多くの茶人から晴景の茶碗が求められるようになってきている。
求められるままに茶の湯の茶碗を焼き、ゆっくりとした時が流れていく。
そんな日々の中、晴景は少し体調を崩し最近寝込むことが多くなっていた。
よく晴れ渡ったある日、晴景のもとに弟である景虎が訪ねてきた。
「景虎か久しぶりだな」
「兄上もお元気そうで」
「ふっ・・儂はすっかり衰えたよ。何事も思うにいかんことばかりだ」
晴景は苦笑いを浮かべながら景虎と話している。
「顔色もよろしいですし、寝ていることが多いと聞いていましたが、今日は書を書いておられます。元気ではありませぬか」
「景虎くると聞いたら、今日はなぜか体に力が入る。本当に不思議なものだ。今日は久しぶりに碁を打つか」
「そうですね。久しぶりに兄上と碁で戦いましょう」
「今日は簡単には負けんぞ」
「その言葉はそのままお返しします」
草庵の隅に置かれていた碁盤と碁石を出してきた。
「この碁盤はまだ使っていたのですね」
景虎が懐かしむような目をしながら碁盤を見つめている。
「景虎が幼い頃、よくこの碁盤を使って二人して碁を指したものだ」
「そうでしたね。父上は私を放っておかれましたが、兄上はその分・・いやそれ以上に私に接してくれました。兄上はこの景虎にとって、兄であると同時に父でもあります」
「そうかそうか・・そう言ってくれると儂は嬉しいな」
二人は嬉しそうに碁を指し始める。
草庵に鳴り響く碁石を打つ音。
「本当に強くなったな。碁も戦も。もはや歯がたたんな」
「まだまだです。多くの者達を束ねて動かす。先々を考え事前に手を打つ。どれもまだまだ兄上には追いつけません」
「そんなことは無い。お前は立派な上杉家当主だ。景虎は儂の無いものをたくさん持っている」
その時、晴景の指から碁石が落ちた。
碁石が盤上で大きな音を立てて跳ね、晴景が倒れそうになる。
「兄上」
慌てて倒れかかった晴景の体を支える景虎。
「すまん」
「少し、休みましょう」
景虎は、晴景の体を支えた時、驚くほど軽くなった晴景の体に驚いた。
剣術の達人でもあった兄の体の軽さ。
普段は自ら戦うことはなくとも、いざとなれば太刀を振るい、数多くの戦場を駆けたその体が、信じられないほど軽くなっていたことに驚いていた。
その背中に触れた瞬間、景虎の心の中に幼い頃に自分を背負ってくれた兄の大きな背中が思い出される。その大きかった背中が、いまはとても小さく感じられた。
布団に横たわる晴景。
「景虎」
「はい、なんでしょう」
「親父殿は、お主を嫌っていた訳ではない。景虎の有り余る武を誰よりも感じていたはずだ。親父殿は敵討ちのために修羅の如き人生を送った。そんな親父殿であれば景虎の武の力を誰よりも分かったはずだ。だが、その有り余る武の力をどうしていいか迷い続けていた。ただ、それだけなのだ」
「それでも、この景虎にとっては兄上は父も同じ。迷った時はいつも道を示してくれました」
「そうか。本当ならもっと早く景虎に任せて隠居するつもりだったんだがな」
「まだ、まだ、隠居は早いです。もう一度京と大阪城に参りましょう。上様も会いたがっております」
「体力が戻ったら一緒に行こうか」
「はい、行きましょう。いつでも行けるようにしておきます」
「少し疲れた。休むよ」
「分かりました」
上杉景虎はそのまま晴景の横に座り見守り続けた
上杉晴景は、景虎に見守られながら眠るようにその生涯を終えた。
自らの運命と多くの人々の運命を変え、乱世を変えて走り抜けた人生であった。
完。
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長らくお読みいただきありがとうございました。
晴景東奔西走記はこれにて終了となります。
最後は色々考えましたが、穏やかに終わらせることにしました。
戦国ファンタジー小説の新作を2023年12月23日12時から投稿いたします。
タイトル:剣豪将軍奮闘記
投稿の間隔は少しゆっくりとしたものになります。
よろしくお願いします。
晴景東奔西走記 〜上杉謙信の兄に転生した男〜 大寿見真鳳 @o-masa
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