高校生とたばこ

死神王

本編

 何で1人で飛び出したのかと言えば、最近はずっと勉強をしていたし、よく眠れる日々はなかったし、母親との関係はよくなかったし。もしかしたら、どこか心が荒んでいたのかもしれない。それ以上は言葉にできないし、できたとしても口に出したくなかった。


 無心で玄関を飛び出し、そのまま駆けだした。後ろは何も見ないことにした。その後、スマートフォンと財布をポケットに突っ込んで、電車に乗ったならば、じわじわと自分の行っている事に実感が湧いてどきどきしてきた。だけど引き返すこともできなくて、仕方なくそのまま電車に乗っていた。時刻はちょうど22時くらいで、電車には色んな人が乗っていた。目にクマのできた、くたくたとした会社員や、無駄におしゃれな長身の女性、ボロボロのリュックサックを背負ったバックパッカーのような人。私がいつも高校に行く時の朝の電車で見る風景と違っていて、私は内心好奇心のような気持ちを抱いていた。


 電車にずっと乗っているわけにもいかないから、とりあえず適当に駅に降りた。降りた駅は偶然なのか必然なのか、人は誰もいなくて、閑散としていた。誰もいないのにやけに明るいホームがどこか不気味にも見えた。改札を抜けて、外をぶらぶらと歩いてみた。あまり大きい駅じゃなかったようで、まわりには完全にしまったシャッターやぼんやりと光る看板が散見された。ふと、1人になりたくて、人がいない方へ、人がいない方へと歩き始めた。どんどん歩いて、帰り道の事なんか何も考えないで、ゆっくりと前へ進んだ。来た事もない街だし、どこに何があるのかわからないのだけれど、私にとってどこか安心できるものがあった。


 前へ進み、駅から離れるにつれて、どんどん街灯も減っていって真っ暗になっていった。私はそれでも、満たされているような感じがした。暗闇の中を探り進んでいくと、少し奥に光が見えた。四角い光で、周りに何もないのも相まって、太陽みたいに眩しかった。目の前まで歩いて、やっと自動販売機だと気づいた。飲み物じゃなかった。たばこの自動販売機が私の前に立っていた。


 ふと、脳裏に父親の顔が浮かんだ。小学生の頃、父親はいつもたばこを吸っていて、それは確かに私の興味を惹いていたし、かっこいいとも思っていた。でも、中学生になって、父親が肺がんになったと聞くと、見方はがらりと変わった。それでも母親に隠れて、たばこを吸おうとする父親を見て、私は嫌気がさしたし、禁煙した方がいいとすすめた。けれども、「お前はまだ子供だから、気にしなくていいんだよ」と父親は答えていた。


 高校生の私にとって、勿論、人生でたばこなんて吸う事なんてなかったし、むしろあまり好きじゃない。保健体育の先生がたばこは健康に悪いと言っていたからおそらく吸う事はないんだろうと思っていた。でも、こうやって目の前にそのものがあると、何だか、今あるモヤモヤとした気持ちをどうにかしてくれるんじゃないかと思った。――だって、大人は吸ってるんでしょ――。


 自動販売機の表示には410円と書いてあった。財布から小銭を漁ると、ちょうど百円玉が5枚あった。1枚ずつ取り出して、ゆっくりと、入れていく。そして、たばこのボタンまで手を伸ばした。手を伸ばすにつれて、後ろからぞくぞくとした不快感が近づいてくるような気もした。でも、振り返ると、まだ私は戻ることができるような気がして、それが嫌で頑なに振り返らなかった。ふとしたときには、人差し指はボタンに届いていて、ガタンと無機質に落ちる音がした後、劣化した取り出し口からたばこが出てきた。手に持ってみると、たばこは思ったよりも軽くて、まるで発泡スチロールのようだった。外の梱包を剥がして、箱を開けてみると、白いたばこの棒がぎゅうぎゅうに押し詰められていた。


 試しにと、一本取ってみた辺りで、気づいてしまった。そういえば、火がない。周りを見渡しても、偶然ライターがあるということはなく、やるせない気持ちになった。でも、心のどこかでドキドキとしていた気持ちが、落ち着いてきて、少し冷静になれた気がした。何しているんだろう、私。手元には一本のたばこと、たばこの詰まった軽い箱があった。せっかく買ったのに何もないのは嫌で、とりあえずそのまま、口に咥えてみることにしてみた。唇に太い紙の質感が乗ってきて、なんだか思ったより、気持ち悪い感じがした。大人が何でこんなのを楽しそうに吸っているのか、私にはよくわからなかった。火をつけたら何か違うのだろうか。けれど、多分火をつけても私にはわからないんだろうと思った。そんな風に思索にふけていると、後ろの方から足音が聞こえてきた。よっぱらった男性達が、よちよちとこちらに近づいてきていたようだ。あれも、多分大人、なんだろうな。私はたばこを箱ごと、ゴミ箱に捨てて、さらに暗闇へ潜っていった。

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