第2話 チート?
《
「しかし、ちょっとイメージと違うなぁ。光の玉が浮かんだりするとおもったんだが。せめて一点から照らせるようになりたい。もうちょっと何とかならないものか。」
現状は体表全体を覆うようにうっすらと光るだけだ。……もしかして、自分で光る場所を制御するしかないのだろうか?
それから何度か試してみて、魔法発動の瞬間に起こるくすぐったい感覚と、俺の《彗心眼》に映る光の様子を観察して気づいた。
俺の体表を覆うように透明な膜があり、そこからうっすらと虹色の湯気のようなものが立ち上っていることに。
そして、この虹色の湯気のようなものが魔法発動とともに光に変わる。よくよく観察すると俺の《彗心眼》でのみ視える透明な膜のようなものが特殊なひかり方をした直後に虹の湯気が肉眼で見える“光”に変化しているように見えるのだ。
ということは、虹の湯気はばあちゃんが言っていた《魔力》なのだろう。
そして、さらに気づいたことがある。この体表から立ち上る湯気のような《魔力》が、ある程度動かせるということに。
ちょうど、体の表面を滑るように湯気が揺れ動くのだ。
ちょっと感覚のコツがいるが、それは《彗心眼》で見ながら行えばそれほど難しいものではなかった。ただ、この体表で発生した《魔力》は数秒で霧散してしまう。だから、今の俺では上半身の魔力を手に集めるのが精いっぱいだ。
少し練習した後、それを掌に集めて再度《
「おー!いい感じに手の平だけが光ってる!しかも、大分明るいな。」
思った通りだ。
この眼鏡のメニューには“魔法(オート)”と記載されている。オートとはつまり発動は自動でやってくれるということなのだろう。だが、細かい指定はできない。
それを感じて《彗心眼》で視て自分で制御して見せろということなのだろう。
さすがばあちゃん。よくわかってる。完全オートよりもこういった自分の工夫ができるほうが正直俺の性に合っている。
次に《
今度は一瞬俺の《魔力》が見えなくなったが、それだけだった。
特に変化はない。
……これも《魔力》を集めなければならないらしい。
同じように手のひらに集めて発動してみるが、魔力が見えなくなるだけで不発に終わった。
不発だが、おそらく魔法は発動しているような気がする。虹の湯気のような《魔力》が見えなくなったということは何かしらの反応があったということだろうから。
《雷》属性の《
だが、すぐにそれは少し大変だと気づいた。
《魔力》を体表を滑らせるように操作して手の平程度の大きさに集めるだけなら比較的容易なのだが、それ以上小さい領域に圧縮しようとすると急に難しくなるのだ。
何度も練習してみるが、そう簡単にはできそうにないので今は諦めて保留にする。
他にも色々と試したい魔法があるが、それと同じくらいxxxxxの表示が気になった。
そのAR表示をタップする。すると、“ダウンロードに失敗しました"という警告文が出た。
……失敗? もしかして、俺が転移したときに起こった不具合のせいで魔法発動のプログラムのダウンロードに失敗したということだろうか。
これらxxxxxの魔法はあの転送時の不具合でうまく機能しないのだろう。とても残念ではあるが、考えても仕方ない。今はここに表示されている以外の魔法も使える可能性があるということが分かっただけでも良しとしよう。
他にも確認すべき魔法はあるし、《魔力》操作の練習も必要だ。
ワクワクが止まらないが、空を見上げると空が茜色に染まり始めていることに気づいた。
そう言えば、少しお腹が減ってきたな。
ばあちゃんの言った通り、今回の夢では腹も空けばケガもするという事は本当だった。となると、きちんと腹ごしらえをして明日に備える必要がありそうだ。
それに最低限雨を防げるような簡単な拠点を設置しなければならないだろう。
拠点にはバックパックにあった防寒用のアルミシートが屋根代わりに使えそうだ。
そう思い、ひとまず検証を後にして拠点作りに取り掛かるのだった。
――――――
次の日。俺は拠点から少し離れた森を探索していた。
―――ピピッ!
その生き物を見つけてつぶやく。
「戦闘力……たったの5か……ゴミめ。」
いやぁ。言ってしまった。人生で一度は言ってみたいセリフを。
その俺の言葉に憤慨したのか、ホーンラビットが間髪入れずに突進してきた。
どうも魔獣というのは好戦的な生き物のようだ。もしかして俺がひどく弱く見えるのかもしれない。実際弱いのだけど。
魔物が俺を追ってきているのを確認して全力で逃げる。逃げ続ける。
「はぁ、はぁ! くそっ。夢なら疲れなくてもいいだろうに!忌々しい設定だ!」
そんな悪態をつきながらも、ス〇ウターの表示でホーンラビットの距離を測りつつ、一定距離に近づかれたタイミングで振り返る。
振り返ると、ちょうどホーンラビットが後ろ足を光らせて跳躍突進するところだった。
俺は《彗心眼》でその兆候を捉えることで、ウサギの跳躍するタイミングと方向を正確に予想し、その跳躍に合わせて横に飛ぶ。
「うおっ!?」
《彗心眼》で視えた予測に基づいてウサギの弾丸の様な突進を躱すのだが、相変わらず恐ろしい速さだ。おそよ前世の生物が出せる動きじゃない。それを何回か繰り返して、ウサギをおびき出す。
そう。あのセーフティーポイントまで。
セーフティーポイントまであと数メートルと言うところで、ホーンラビットの突撃が来る。俺は余裕をもって早めに躱そうとするが、生来の虚弱体質がたたって一瞬足に力がはいらずもたついた。
「っ!?いってぇ!?」
俺はなんとか体をよじって、脇ギリギリを掠めるようにそれを躱したのだが、脇に痛みが走った。ホーンラビットの角が脇を傷つけたのだ。
跳躍の勢いそのままに俺を通り過ぎたホーンラビットはそのまま光のドームに突っ込んだと同時、ぐったりと倒れこんだ。
やった!
俺は脇の痛みを一旦我慢してゆっくりと近づいていく。動きが極端に鈍くなったのを確認して一気に覆いかぶさるように飛びかかり首に腕を回して目いっぱい絞めつける。
腕が痛くなるほど締め付け、やがてホーンラビットは動かなくなった。
「はぁ、はぁっ。 ついに仕留めたぞ。」
昨日の夜、バックパックに有った携帯食料の量を確認して気づいたのだ。僅か数日分しかないことに。
生き残るためには自力で食料を確保しなければならず、今現在ホーンラビット狩りをしているというわけだ。
それにしても、いくら夢とはいえこれだけリアルな世界だと生き物を殺すという事にはやはり気分が滅入る。
ホーンラビットの絶命を確認して、脇の傷の具合を見る。
「あちゃぁ。結構いってるな。」
ホーンラビットの最後の突進で、脇腹に五センチ程度の傷ができていた。それほど深くはないが、放っておいても簡単に血が止まりそうにない。
そうだ。確かバックパックに消毒液とガーゼに包帯があったはずだ。
それを思い出しバックパックから簡易救急キットを探し出し、消毒用のアルコールガーゼを取り出す。
それを当てようと改めて傷口を見ると、なんとさっきまで血が出ていた傷がふさがりかけているのだ。
「あれ? なんで?」
ばあちゃんがイージー設定にしてくれたんだと片付けようかと一瞬思ったが、そう言う考えはなんだか思考放棄みたいで気持ち悪かったので、よく観察してみることにする。
今も現在進行形で傷口が元に戻り始めているのだ。動画を逆再生しているのとはちがっていて、どちらかと言うと人間の治癒過程を早回しで見ているような感じだ。かさぶたが一瞬で覆いすぐに固まって端からはがれ落ちて傷を治癒しているのだ。
よくよく《彗心眼》で見ると、けがをした部分がうっすらと青白く光っていることに気づいた。
……
自動回復など結構高度な魔法の様に思える。大抵ゲームでも中盤以降に取得できるイメージから勝手にそう思っているだけかもしれないが。
いずれにせよ、実際にそれが起こっているのだからすごいことだ。
そんな事を考えながらもその青白い光を《彗心眼》でさらによく観察する。ケガをした部分に体表を覆う《魔力》が意識せずに集まっていることが分かった。
そしてそのわずかな青白い光の動きを辿っていくと、左手の鬼憤の籠手から《魔力》が供給されていることに気づいた。
……この鬼憤の籠手が
相変わらずばあちゃんは芸が細かい。この籠手は単なる飾りや戦闘用にと言うだけではなく、魔法の自動発動と言う機能をも備えていたという事だ。
改めてこの籠手を観察する。見事なものだ。
鮮やかな緋色の漆喰で全体が塗られている。この色は金属と融合したようなやや鈍い緋色をしているからもしかしたら金属そのものの色なのかもしれない。
そして、手の甲から肘に掛けて、何枚もの板が屋根瓦の様に重なって並んでいて、ある程度柔軟に動かせつつも前からの攻撃に対して滑らかにいなすことができる様になっている。
籠手に見入っていると、ふとあることに気づいた。
この籠手。表面に虹色の《魔力》が見えるのだ。
籠手以外の服や靴、あるいはバックパックなどでもなんでもいいが、とにかくこの世界の《魔力》は人体以外すべてのものを透過するのだ。《魔力》が極限の不活性物質である《オリジン》と同じようなものであるなら、人体以外は反応せず素通りするのも頷けるのだが、この籠手だけはまるで人体の一部であるかのように魔力を通さないようだ。
そして、右手の宵闇の籠手も同様に籠手の表面を《魔力》が覆っているのだ。
こちらの宵闇の籠手も見事なつくりだ。そして鬼憤の籠手同様に驚くほど軽い。
手首から肘にかけて棒状の板の様な金属製の部材が縦に並べられていて、この部分は相当に頑丈に作られている。ここで武器を受け流すだけでなく、最悪受けることも出来るだろう。
そしてもう一つ。この籠手の握りの部分に鉄製の丁度メリケンサックの握り手の様なものがある。この部分を握れば殴りやすいと言えばそうだが、この拳部分にはナックルガードの様なものはついていない。
何に使うものかいまいちぴんとこないのだ。
この不自然な構造の正体を知るべく、籠手の表面を虹色の《魔力》をすべる様に移動させて色々と試行錯誤していた時、ふとこの握り手の部分に魔力を集めたその瞬間―
―ジャキン!!
「うお!?」
突然、手の甲の部分から前方に向かって刃渡り二十五センチくらいの両刃の仕込み刀が飛び出したのだ。
「これは……。」
もう一度手の平の握りての部分に魔力を込めてみると、仕込み刀がジャキンと勢いよく籠手に戻る。
何度もジャキ!ジャキ!と作動を確かめてみる。カッコいい。ちょっと癖になりそうだ。
「これは便利だな。」
俺は、無幻水心流と言う武術家の家に生まれた。体が弱かった俺は、それでも生まれた時からこの武術をずっとこの《彗心眼》で見て育ってきた。その上、死後夢の世界で何度も師範である父の、そして幼馴染である凛香との稽古を繰り返し体験してきているからこそわかる。
無幻水心流は基本的に無手で相手の力を受け流して利用し、姿勢を崩したり手や足を取って組み伏せたりして無力化することに主眼を置いた守りの武術だ。
だが、こういった魔物相手となると生きるために無力化した後にすぐに仕留める必要がある。そいう場面でいちいちナイフなどを取り出す必要が無いのだから、この仕込み刀は相当な武器になる。
もしかしたら、この仕込み刀付きのこの籠手は元から無幻水心流に合わせて作られたものなのかもしれない。
「それに、仕留めたこのウサギを解体するナイフが無かったから丁度いいしな。」
ちょっと先祖様には申し訳ないけど、万能ナイフ替わりに仕込み刀を使わせてもらうことにする。
「ふうっ。」
俺は人生で初めて生き物を捌くという不慣れで気持ちの悪い作業に悪戦苦闘した。そしてようやくそれを終わらせて、思わず額の汗を拭う。
三本の木の棒を組み立ててそこに逆さにしたウサギをつるして血抜きをする。これで一先ず食料はどうにかなりそうだ。
「それにしても、この仕込み刀、切れ味が良すぎないか?」
そうなのだ。最初血抜きをするためにウサギの首の動脈を切るべく仕込み刀で首を切ったのだが、切り込みを入れるつもりが何の抵抗も無く首をスパンと切り落としてしまったくらい異常な切れ味。
前世では、ばあちゃんが研究で不在がちで自分で自炊をする機会が多かったからわかる。どんなに切れ味が良い包丁でも、はやり切るときに抵抗はあるものだ。魚の骨ですら引っ掛かるのに、動物のしかも背骨など普通は簡単に切れるものじゃない。
それをまるで豆腐の様に抵抗なく切って見せたのだ。
控えめに言って異常だ。
そう思って、仕込み刀をよくよく観察する。
顔を近づけてその刃を観察していると、僅かに蚊の鳴くような音が聞こえた。
キーンと言う小さな高い音だ。まるで高周波騒音だ。
そう思って、もっと注意深く観察すると、この仕込み刀の刃の先が僅かにブレて視えることに気づいたのだ。
「……もしかして!?」
それに気づいた俺は、すぐに足元にあった枯れ枝を拾い、上に投げる。そしてそれを空中で切りつけた。
―――チュン!!
空中に放られた軽い枝に切りつけたとしても相当な達人でもない限り普通は切れる前に枝が飛んでいくはずだ。しかし、それほど強く振り抜いていないにもかかわらず枝は真っ二つになって落ちたのだ。
それを拾って切断面を見ると、恐ろしく滑らかなことに気づく。
少し思案して気づく。そうだ。魔法のメニューにあったではないか。
――――――――
《無》
・
――――――――
と言う発動の仕方が不明だった無属性魔法が。
……これは。“高周波振動ブレード”か!?
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